第142話 天地友好者

「ヴェルト様、こちらへいらしてください。姉さまが皆さんの前で、ヴェルト様に感謝の言葉を伝えたいと」

「きゃ~う、きゃ~う!」

「あっ、こら、コスモス! ヴェルト様にイタズラしない」


 ご機嫌で活発なコスモスが手を伸ばして俺の髪を引っ張ったり、鼻を摘んだり……

 しかし、生まれたばかりだと思いきや、普通の出産とは違うからなのか、もう髪の毛も少し生え揃っている気がする。

 エルジェラと同じ金色の髪で、何だかニコニコニコニコさっきから俺に手を伸ばしてくる。


「うう、うわあああああああああああああん」


 そして、それを見て、ウラが更に泣いた。


「う、ううう」

「ウラ…………」

「しかも、しかも……可愛すぎてズルい! エルジェラ、私にも抱っこさせてくれ!」


 ああ、その気持ちはよく分かる。

 だって、魔王が認めるほどの可愛さだもんな。

 生まれたばかりの赤ん坊なんて猿? とんでもねえ。

 ハナビが生まれた時もそうだった。

 どんな最強魔法や剣技でも、アレには勝てないと認めてしまえるほどの強力さだ。


「はい、ウラさん」

「きゃお。きゃお」

「あう、あ、ううううう、可愛いい」


 さすが、ウラ。俺と一緒に赤ん坊だったハナビを一緒に面倒見ていたからな。扱いに慣れている。

 すっかり、コスモスもウラに心を許して、気持ちよさそうに笑ってる。


「ヴェルト…………」

「………ま、まあ……あれだ。機会があったらな」

「ッ、まだ何も言ってないぞ!」

「言わなくてもわかるっつーの」

「うそだ。ヴェルトはイジワルだから分かってない!」

「じゃあ、試しに言ってみろ」

「私も欲しい! 頼む、契ってくれ!」

「そこは抱いてくれじゃねえのかよ」


 やっぱりか。



「今までは、お口でアソコを……までに留めていたが……もう我慢できない! お前の子供を私も産みたいぃ! というか、まずは私の純潔貰ってさっさとまぐわって欲しい! チュー以上のことをしたいんだ! っていうか、もう襲うからな! 私は襲うからな!」


「ま、待て、それは落ち着け……」



 勘弁してくれと、俺はウラの頭にチョップしてやった。


 子供ね~、まあ、コスモスを俺の子供と見ていいのかどうかは微妙なところだ。

 だが、どっちにしろ、もうこれで会うことはないだろうな。


 だって、そうだろう? ここは天空世界。

 本来なら、俺たちも来るはずのなかった世界。

 そして、天空族はよほどのことがない限り、地上と干渉しない。


 ここは、確かに存在する場所ではあるが、俺たちが掘り起こす場所でもねえ。

 夢のような場所は夢のような場所のまま、俺たちの心の中にだけ留めて、爽やかに別れを告げることになるだろう…………? 

 

 多分…………………………………………………………



「おやおや、随分とハシャイでいるではないか」


「おうおう、オレにもコスモス抱かせてくれよ~。つか、エルジェラはオレよりも早く分裂しやがって。オレも早くしてーな~」



 俺たちが行くまでもなく、ロアーラとレンザの二人がワザワザ俺の前までやってきた。

 遅かった俺を迎えに来たのか? だが、それでもどこか機嫌よさそうだ。

 そして、何やら仰々しくロアーラが声を張り上げて叫んだ。



「ヴェルト・ジーハ様」


「お、おお!」



 あっ、カッコ悪。思わず気をつけをしてしまった。

 チンチンチンチン言ってたけど、公式な場だからか、ロアーラの貫禄的なものに、畏まっちまった。



「この度は、なんとお礼を申し上げて良いか。我らが魔王の力を侮っていたことで、どれほどの被害になっていたか想像もつかない。しかし、そなたの活躍により、この世界は救われた。心より礼を言わせて戴きたい」


「いや、まあ、うん。なんか流れとノリでやっただけだから」


「しかし、そのおかげで我らの世界は今日も明日も変わらぬ日を過ごせることだろう」



 う~わ~、なんか苦手だ。そうだ、あの帝国での勲章授与式の時から感じた、持ち上げられ感。

 やっぱり俺の性には合わねえ。

 天使たちもみんなキラキラした視線を俺に送るが、よしてくれ。



「先ほど、今回の事実を他の天空世界に散らばる我らが母を含めた皇女たちの間で、テレパシーを使った緊急会議による決定を伝えよう」


「ん? なんだ? いつの間にそんなことやってたのか?」


「今、この時より……、ヴェルト・ジーハ様、あなたを天空族と地上人の『天地友好者』として迎えさせていただきたい」



 なんだ? みんな、「おおお」とか、いきなり歓声を上げだしたぞ?

 テンチユウコウシャ? 表彰ではないみたいだが……



「天地友好者とは、心より信頼の置ける他種族の者に天空世界全土から与えられる伝説の称号だ。その称号を、是非に受けていただきたい」


「素晴らしいですわ、ヴェルト様! これまでその称号が与えられたのは、五百年ほど前に疫病が広がった天空世界を見つけ、そして救った地上世界の探検家の方のみ。それ以降、誰一人としてその称号は与えられませんでした」



 だって、その前にこの世界に誰も地上人来てねーんだろ?

 伝説と言われてもピンとこねーし…………

 つか、その称号もらったら、なんか意味あんのか?



―――ヒソヒソヒソヒソヒソ


―――チラチラチラチラチラ


―――によによによによによ


―――にまにまにまにまにま


―――ニヤニヤニヤニヤニヤ



 ……なんだ……この、帝都でフォルナとデートしていた時に感じたような、生暖かい冷やかすような視線は!

 あ、なんか、嫌な予感が……



「では、その天地友好者の証として、我ら天空世界の天空族より一名、ヴェルト様に付き従わせましょう」


 ――――――――あっ!



 俺はこの瞬間、これが何を意味するのかが瞬間的に分かった。

 後ろを振り返ると、クレランとドラが大爆笑しながら合掌し、ファルガは頭を抱えて黙り込んでいた。

 そして、ウラは……コスモスを抱っこしながら、落ち込みまくっていた。



「エルジェラ。その役目をお前に果たしていただきたい。今後、ヴェルト様に付き従い、共に地上世界へ行くのだ」


「……はい、光栄です!」



 やっぱりかァ!

 ああ、そんなこったろうと思ったよォ!



「あのさ、その称号だけどさ! やっぱ、俺はいらな―――」


「さあこれでもはや我らはヴェルト様と家族同然。ヴェルト様を天地友好者として迎え入れよう。ん? 待てよ。よくよく考えればまだコスモスが生まれたばかり。しかしエルジェラはヴェルト様に付き従い今後地上世界へ向かう。生まれたばかりの母と子を引き離すのはあまりにも……」


「いや、だから、俺はいらな……つーか、なんだよその棒読みは!」


「よし仕方ないこれは特例だ。エルジェラの旅立ちにコスモスの同行を許そう!」


「だから、なんだ! そのワザとらしい一人芝居は! テメェ、さては最初からそのつもりで!」



 やられた……天空の乙女たちが、地上の野次馬のようにはやし立てたり、ガッツポーズで声援送ってくる。


「ひゅーひゅー! ロアーラ様、ナイス!」

「なんて寛大なお心!」

「ヴェルト様! 姫様とコスモス様をお願いしますね! おとーさん♥」

「しっかりですよ、パーパ♪」


 ああ、なんか俺の意見が全部かき消されてるんだが。


「ヴェルト様」

「…………お~……」

「不束者ですが、末永くよろしくお願いします。どうか、私とコスモスをいつまでもお傍においてください」


 よろしくされちゃったよ………

 おい、そんな顔を赤らめて、嫁入り前の女みたいな……

 てか、ファルガとか、何を「アホらしい」みたいな顔して、何のヘルプもねーんだよ!

 これってつまり、アレだぞ?

 今後、俺たちの旅に、エルジェラとコスモスが付いてくるってことだぞ!


「うう、ヴェルトのアホー! 私とフォルナだけでなく、帝国王女に続いて天空皇女とかどういうことだ!」


 ですよね~、ウラさん。


「殿! 殿のご息女は拙者にお任せあれ! 拙者が命に代えても………えへへへ、コスモスちゃん……かわいいにゃ~……拙者、お姉ちゃんと呼ばれてしまうでござるか?」


 くそ、可愛いな、ムサシ!


「うう~、あの子は美味しそうだけど食べちゃダメ食べちゃダメ食べちゃダメ」


 食べんなよ、クレラン。


「任せてくださいっす、兄さん! オイラ、オモチャのガラガラに変身できるっす!」


 おお、任せたぞ、ドラ。


「……とりあえず、クソ親父には………愚弟の側室は三人ぐらいになると手紙を書いておくか」


 マジでやめてください、お兄様。



「きゃふう、きゃふ。ぱー! だぶ! だぶ!」



 そして俺は、コスモスを抱っこした。

 ああ……くそ、可愛い……反則……

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