第70話 シビレさせてやる
宮本が何かを呟いていたが、よく聞き取れなかった。
「どうしてじゃ、どうしてじゃ、朝倉くん。どうして、君は、もっと早く現れて、この光景を見せてくれなかった。ワシらの誰もが作り出せなかったこの光景を……」
話は後で聞いてやる。
今はただ、この怪物ジジイをぶっ飛ばしてからだ。
「ふわふわ…………あっ!」
さて、俺はここでマズイことに気づいた。
俺の戦法「ふわふわ
五年間一日も欠かさずに日常生活で常に使い続けたことによって、練度や速度も段違いに上がった。
しかし、大前提があるものは変えられない。浮遊という魔法の大前提。
それは、生物を操ることはできないことだ。
つまり、俺は敵を浮かせたり振り回したりするときは、相手の衣類や武器などに魔法をかけてやりたい放題する。
だから、この状況は初めてだった。
「やべ、相手が完全な素っ裸で武器無しだと、攻撃のしようがねえ」
そういうことだ。イーサムも狙ったわけではなく、たまたま雌とホニャララしていて服を着ていなかったのだが、それが俺にとっては最悪の展開。
「チッ、なら、これだ! ふわふわどんでん返し!」
「ん? おお!」
素っ裸のイーサムをどうにかできないなら、周りをどうにかする。
イーサムの立っている地面。その一部を無理やり浮かせる。
「なんと、大地が浮きおった!」
地面の一部を壊してでも無理やり浮かせる。これは、物を単純に浮かせるより、かなり力を使う。
だが、少なくとも態勢は崩した。
「やれ!」
そこに飛びかかるのは、戦争に出てれば間違いなく世界に名を轟かせていた三人だ。
「エルファーシア流槍術・レインストーム!」
正面から、荒々しい乱突き。
いつものように、洗練されたキレのある美しい槍ではなく、相手をズタズタにせんとする暴力的な槍。
「ほ~、ほほおお!」
だが、イーサムは避ける、捌く、見切る。
体を捻り、手で槍の横腹を払い、眼前で槍の軌道を確かに見ながら流す。
本当にジジイかよ、こいつは。
だが、ファルガも避けられているだけではない。
荒々しさとともにスピードまで上がっていく。
その速度はやがて、イーサムの皮膚の薄皮を剥いでいく。
「クソ死ね」
「ほ~」
だが、イーサムは驚くどころか、むしろ感心していた。
「ふむ、先ほどよりキレが良い。驚いたわい」
「クソうるせえ。黙って死んでろ!」
「これまで出会った槍使いの中でも、群を抜いておる」
余裕? いや、違う。素直にそう思っているんだろう。
最初は余裕で見ていたシンセン組の連中も、ファルガの動きに度肝を抜かれている。
「ムサシ、小技は無用だぞ」
「うむ、長期戦は不利でござる。短期決戦で決める」
だが、余裕かましている場合じゃねえだろう? これはタイマンじゃねえ。
左右から、世界クラスのじゃじゃ馬娘たちが飛び込んできている。
「魔極真空手・魔正拳!」
「ミヤモトケンドー・燕返し!」
いや、ムサシ。お前、せっかく良い名前なんだから、その技名はねーだろうが。ムサシじゃなくてコジロウだろうが。
と、ツッコミ入れてえところだが、イーサムは躱せねえ。
討ち取ったか!
いや、
「ッ、マジい!」
それは直感だった。
「ふわふわ回収!」
何かが起こる。そう思った瞬間、俺は反射的に三人を魔法で俺の所まで引き寄せていた。
いや、それだけじゃねえ。俺自身も含めて、誰もがとにかく距離を取ろうと無我夢中でイーサムから離れた。
「ぬぬ!」
「ちょっ、局長! 俺たちも居るっす!」
「総員退避!」
そして、
「ミヤモトケンドー・天空夜光飛天皇龍斬魔剣!」
次の瞬間、とにかく何かスゲーことが起こった。
ただ、真下の地面にパンチを振り下ろしただけだ。
「ふむ、まあまあかのう。味方を巻き込み過ぎぬよう、多少手加減はしたが」
火山の噴火を思わせるほどの凄まじい爆発が起こり、巨大な煙が広場上空に舞い上がった。
「なっ……」
「いい!?」
「クソが……」
「お、おい、ネーミングはともかく、マジかよ」
俺たちは、目を疑った。
土煙が晴れる頃には、広場には何も無くなっていた。
それは、破壊ではない。
完全にこの世から消え去って、発展した城下町のど真ん中だけ荒野と巨大なクレーターが出来上がっていた。
「まったく、そんな技……宮本剣道には存在せぬぞ」
俺たちと同じように離脱していた宮本が呟く中、荒野のど真ん中に立つイーサムは高笑いしていた。
「ガーハッハッハッハ! ワシが独自で編み出した技じゃ。なんかカッコよさそうな単語を並べてみた」
侍が、剣を持たずにこの規格外の怪物ぶり。
ああ、そうだよ。これが、俺たちが喧嘩を売った世界最強クラスの化物か。
「た、助かった……ヴェルト、すまない」
「ちっ、クソバケモンが」
「ムサシ、お前、アレできる?」
「不可能でござる!」
四人がかりなら勝てるかも? そんな甘い考えをチリ一つ残さぬほど消し飛ばされた。
「さあ、どうした? もう心が折れたわけではあるまいな。もっとワシをシビレさせぬか!」
ったく、ガキがハシャいでいるように目を輝かせやがって。
「なんだよ! 俺たちには何の興味も沸かねーんじゃなかったのか?」
「ガーハッハッハッハ! そんな昔のことは忘れたわい! 昨日まで何とも思っていなかった奴を急に好きになる。恋愛と同じじゃろう」
「テメエに惚れられるのはゴメン被りたいね。失恋のショックで倒れてくれたらなお嬉しいぜ」
「何を言うか! ワシは惚れた相手のためならば、どんな手を使ってでも振り向かせるわい!」
お願いだから全裸でそんなことを言うなよ。
広場から離れた建物の屋根の上から、俺たちは背中の汗が止まらなかった。
「それで、どうする? 作戦がねーなら、俺が一人であのクソジジイを始末するが」
「迂闊に飛び込むな、ファルガ。四人の力を合わせねば、この死地は乗り越えられんだろう」
「ウラ殿の言う通りだ。ヴェルト殿、何か妙案は?」
何で俺に聞くんだよ。と言いたいが、言いだしっぺも俺だし、どうにかするしかねえ。
どんな手を使ってでも、このジジイを倒す。
幸い、シンセン組連中が街全体を廃墟みてえにしたおかげで、攻撃に使えそうな瓦礫の山が腐るほどある。
あらゆる物を浮かせて奴にぶつけまくって、生じた隙を逃さずぶん殴る。
ってことをしてやりてーが……瓦礫を投げつけたぐらいで、あいつが隙を見せるかどうか。
いや、見せねーだろうな。倒壊した家を丸ごとぶん投げたって無理だろう。
もっと別の、奴の想像を超えるような攻撃を繰り出すしかねえ。
想像を超えるような……
「……あっ」
そのとき、俺の視界の隅に、奴に切断されて転がっている俺の左腕が映った。
奴のメチャクチャなパンチの爆風で吹き飛ばされたのか?
そして俺はそれを見て、あることを思いついた。
「よし、だったら……あのジジイが味わったことのねえパンチでも食らわせてやるか」
成功するか分からない。だが、やるしかねえ。
待っていろよ、ジジイ。
お望み通りシビレさせてやっからよ。
俺は三人に考えを伝える。
「なんじゃ? 仲良く作戦会議か? 面白い。存分に仲良く作戦を練るが良い。そして見せてみろ。全ての種族が手を組んだとき、何が生まれるのかをな!」
何で、そんなワクワクした目で待っているのか知らねえが、上等だ。
「いいぜ、面白いついでに後悔させてやるよ!」
俺たち四人は屋根から飛び降りて、再びイーサムに向かっていく。
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