第71話 そんなの知ったこっちゃねえ

 まずはファルガ。


「はあああああああ!」

「ふむ、やはりおぬしか。まあ、おぬしぐらいだからのう。まだまともにワシと戦えるのはな」


 再びファルガの槍との攻防戦。

 だが、さすがにさっきの攻防でファルガの槍を見せすぎたのか、既にほぼ見切られている。


「おーすごいすごい。しかし、ワシにとっては腹六分目といったところだのう!」


 掠りもしない。

 だが、それは想定内だ。

 問題なのは…………


「どれ、反撃じゃ!」


 反撃されたとき。

 ファルガは瞬間的に体を捻り、回避したが、靡かせているファルガのマントが突き破られた。


「ほほ、惜しいのう」


 いや、


「いや、クソ狙い通りだ」

「なに?」


 それでいい。破かれたマントは、イーサムの手にまとわりつく。その布を俺は操る。


「ふわふわ拘束!」

「ぬっ! な、なに! マントが、絡みつき、お、おおおおお!」


 マントで全身を無理やり押さえつけ、拘束できる時間は? 一秒で限界。

 だが、十分。


「死ねや、コラァ!」

「覚悟!」

「いくでござる!」


 その一秒の間にファルガ、ウラ、ムサシが三人がかりで飛びかかる。

 だが、


「ぬうう、小賢しいわい!」


 イーサムの全身に絡みついたマントを力づくでブチ破られる。


「ガーハッハッハッ! 結局さっきと同じ展開ではないか、つまらぬ! つまらぬ! そのまま塵となれ!」


 ああ、さっきと同じ展開だ。

 さっきと同じ展開だからこそ、お前はさっきと同じ行動を取る。

 その行動が分かっているからこそ、俺たちは対策を立てられる。



「ミヤモトケンドー・天空夜光飛天皇龍斬魔剣!」

 


 剣とか言ってるけど、所詮はただの地面にパンチだろ?

 いいぜ、地面を見て思いっきりパンチして、度肝を抜かれな。


「な、なぬ!?」


 初めて、見せたな。イーサムが戦いの中で驚いた声を。

 まあ、無理もねえだろ。


「くらいやがれ! カウンター!」


 地面にパンチしようとして真下を見た瞬間、肘から先の俺の左腕が、アッパーを打つような形でイーサムの眼前にあったんだからよ。



「ふわふわロケットパンチクロスカウンター!」


 

 天空なんたらの威力をカウンターにして、テメエにそのまま返してやる!


「へぐ!?」


 顎に直撃。砕けたかもしれねえな。俺の左腕の骨。

 だが、見返りはデケえ!


「今だ!」

「おお!」

「この勝機を逃すわけにはゆかぬでござる!」


 いくら最強クラスでも油断して、意識の外から来たカウンターパンチだ。


「こ、こやつ…………小僧」


 効いているはずだ。

 そこに、今度こそ俺たち全員で叩き込む。


「朝倉くん、なんてことを………イーサムからこの隙を生み出させるために……斬られた腕を武器に変えたと!」


 正解だ、宮本。俺の魔法は生物を浮かすことはできねえ。

 ただし、斬り落とした腕ならば、物として動かすことができる。

 ファルガがマントを破り、俺がイーサムを拘束し、イーサムがマントを破り、飛びかかった俺たちを対処しようとする瞬間までの間に、切断された左手だけをこっそり近づけさせた。

 まさか、切断された腕がコッソリ接近していたなんて、想像もしてなかっただろ?



「ドタマカチ割れろ! 百キロ警棒!」



 俺は余った右手で、百キロ警棒をイーサムのドタマに。



「魔極神空手・魔神空カカト堕とし!」



 続いてウラがカカト落としを、やっぱりイーサムのドタマに。



「ミヤモトケンドー・紅蓮破壊面!」


 

 そして、ムサシがトドメにやっぱり、ドタマにぶち込んだ。

 叩きは潰せなかった。

 だが、叩き割ることはできた!


「おっ、おお…………」


 噴水のように真っ赤な血が、イーサムの頭から飛び出した。

 そして、イケる!


「ぬっ、や、やめろ、貴様ら!」

「きょ、局長!」

「あ、朝倉くん!」


 止まれるかよ。千載一遇の超チャンスだ。

 今度はファルガも混じって、今ここで反撃すらさせずに、一気に……



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 野獣の雄叫びが俺たち全員を彼方へと吹き飛ばした。

 激しく飛ばされて荒れた大地の上を転がる俺たち。

 そして、見た。

 

「未熟者どもが……」


手負いの獣が見せる圧倒的な殺意を。


「ちっ! こ、こいつ」

「ば、バケモノ…………」

「クソが」

「こ、これほど、とは…………」


 ああ、まるで餌にでもなった気分だ。



「まさか、まさか、おぬしたちは……たかがワシの頭蓋を少し割った程度の手応えで……どうにかなるとでも……よもや、一瞬でもこのワシに、広大な亜人大陸の頂点に君臨する四獅天亜人の一人であるこのワシに、一瞬でも勝てると思ったわけではあるまいな!」



 押しつぶすような威圧感。

 心臓を鷲掴みにされ、今すぐにでも握りつぶされそうな恐怖。



「よいか、おぬしら! 四獅天亜人、光の十勇者、そして七大魔王! 熱き思いを胸に秘めた全世界の天才・異才・怪物・超人・英雄たちが! 万の魂と血肉を喰らい、それこそ死力と魂を振り絞り戦い抜いた者だけが辿り着く境地に至ったこのワシに! 一瞬でも勝てるとでも思ったか!」



 ああ、この感覚は、あれだ。

 ギャンザと戦った時に感じた、虎の尾を踏んだ感覚。



「ワシを侮りすぎだぞ、未熟者どもめ!」



 いや、あの時以上の圧倒的な怒り。

 どうやら、一瞬でも俺たちが勝てるかもしれないと思ったことが、よっぽど腹立たしかったわけか。

 まったく、本当に怖い奴らばかりだよ、この世界はな。


「ちっ、うるせーよ。ぐだぐだ言ってんじゃねえ」

 

 だからこそ、思う。

 油断したのは本当だが、別にナメちゃいねー。

 だから、


「うるせーな……それがそんなに偉いのかよ」

「なんじゃと?」


 スゲーやつだってのは、十分わかったよ。

 でもな、それでゴチャゴチャ俺に説教垂れるのは筋違いだよ。


「俺たちはよ、ただの喧嘩してんだよ。相手を敬おうがバカにしようが、戦っている以上、何の関係もねえ」

「なに?」

「どっちがツエーか。どんな手を使ってでも勝つか、これはもっとシンプルなもんなんだよ!」


 そうだ。ケンカに肩書何か持ち込むな。

そんなもん、戦っちまえば関係ねえ。



「だいたいよ、少なくとも俺には戦争がどんだけとか、テメェの歩んできた武勇伝を語られても、あんま胸に響くことはねえ。なんでか分かるか?」


「……」


「平和ボケした日本から、平和なエルファーシア王国で生まれ変わった俺には、『戦争』って発想自体がねえ。どんなに相手が憎くてぶっ殺したいと思っても、実際に誰かを殺したことすらねーんだよ。ただの一度もな!」



 だから、俺たちは元々、違う道を歩んでいるんだ。


「殺したことが……ないじゃと?」


 その時、圧倒的な威圧感が息を潜め、一瞬で場の空気が和らいだような気がした。


「ダメ小僧、ヴェルトと言ったな」

「あ、ああ。って、ダメ小僧ってまだ言うか!」

「ワシの質問に答えよ」


 そして、殺意を潜めたイーサムが、俺に問いかけてきた。



「殺しをしたことはないと。それほど反抗的な目をしながら、亜人も魔族も殺したことはないと。それは、これからもそうだと言えるか?」


「はあ? 何なんだよ、その質問は。あなたは将来、人を殺しますかって聞かれて、はい殺しますとか答えるバカがどこに居るんだよ」


「大切な者を理不尽に奪われても、それと同じことが言えるか? 相手を殺さぬと」


「知るか! ってか、実際に俺の親父とおふくろは亜人に殺されたし、いつかその亜人をぶっ殺してやるとは思ってるよ。まあ、結局は相手が泣くまで殴ってボコボコにしてやるぐらいしか、思いつかねーけどな」


「それで気は済むのか?」


「済むかどうかなんて俺が知るかよ。殴っても気が済まねえなら蹴って踏み潰し。それはそれでカタはつけるさ。そいつが後悔して罪を感じるまでな」



 何なんだ、この問答は? 俺は今、何を聞かれてるんだ?

 いや、それどころか、何だ? 

 まるで、時が止まったかのように、誰もが俺を見てきやがる。

 宮本も、シンセン組も、ファルガも、ウラも、ムサシもだ。



「最後に聞きたい。おぬしは、両親を殺した亜人だけを罰して満足か? 亜人という種族全体に復讐しようとは思わぬか? この世界を変えようとも思わんのか?」



 だから、何なんだよ、この質問は。



「はあ? 意味分かんねえ。自分の敵を罰するだけで満足? 自分の敵こそ倒すべき本当の敵じゃねえかよ! 何でそれ以外の奴まで相手にしなきゃいけねーんだよ!」 



 自分以外の敵を罰したけりゃ裁判官かケーサツにでもなるんだな。

 つーか、マジで何が起こった?

 

「そうか……」


 その時、イーサムはどこか火の消えた老人のような目で俺たちを見ていた。

 


「なるほどのう。ワシらが見ることの出来なかった光景をどうしておぬしがアッサリと作り出せたのか……少し分かった気がするわい」



 その一言だけつぶやき、次の瞬間イーサムは天地が裂けるほどの巨大な声を上げた。



「全軍に告ぐ! これまでじゃあ! 国へ帰るぞ!」


 

 それは、大気を揺るがすほどの雄叫びだが、その瞬間、国を覆っていた阿鼻叫喚が一瞬で消え去った。



「この戦はもう、ここまでじゃ!」



 その迫力は、イキった俺や、これを目的としていたムサシが思わず腰を抜かして座り込んでしまうほどの衝撃だった。


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