第69話 世界史上初の光景

 痛みが限界超えたのか、俺の頭が徐々にものを考えられるようになった。

 しかしよ……調子に乗ったガキへのお仕置き。それで腕を切り落とすか?

 いや、そういう世界なんだ。俺がずっと遠ざけていた世界は。


「アストラル・ボルテックス!」

「ガーハッハッハッハ! おお、いい突きじゃ!」

「なっ! 俺のアストラル・ボルテックスを素手で!」

「想像以上に良かったぞ、若造。これほどの槍使いに出会ったのは久方ぶりじゃ。それゆえに惜しい! お主も譲れぬ信念ができたら、また会いに来るが良い!」


 侍じゃなかったのか? 人類最強クラスと言われたファルガが、全裸のジジイに蹴り一つでぶっとばされる。

 魔王の娘であるウラは既に一撃で気絶させられて、勝敗は一瞬で決した。 



「どうじゃ、青二才ども。まいったか?」



 ウラとファルガの二人がかりでも、勝負にすらならなかった。

 激痛にのたうち回った俺の横に膝を下ろし、俺の手当をしながら宮本が呟いた。


「四獅天亜人は、三大勲章の中でも最強の称号。光の十勇者でも徒党を組んでようやく相手になるかどうかじゃ」

 

 これが現実。エルファーシア王国近郊では敵なしだった俺たちがまるで歯が立たない。 

 ドラゴンすら葬り去る人類最強ハンターも。魔王の血を引くサラブレッドも。



「千の戦を乗り越えて、万の敵を葬り、背負った業は数知れず。その名を世界の全種族に轟かせた、強者の中の強者。君たちが相手にしたのは、そんな男なのじゃ」


「み…………や…………もと…………」


「ここは日本ではない。いつまでも高校生気分のままでは、命がいくつあっても足りぬぞい」



 宮本、そんな諭したように言わなくても、俺は十分に分かってるよ。

 そんなもん、五年前から理解している。

 今のはただ、俺自身の力が足りなかったってだけだ。



「さーて、ソルシー! 愛の時間じゃ! 癒しの足りぬ同胞をワシの寝所に連れてこい!」



 俺たちに背を向けるイーサム。

 トドメを刺さない。いや、その価値すら俺たちにはないと言いたいのか?

 奴はさっき言っていた。俺に興味が湧かないと。

 殺しても殺さなくても、自分にとってはどうでもいい。

 ああ、そうか…………俺たちは…………雑魚かよ!


「くっ、局長! 局長! ッ、再考を! 是非に再考をお願い申し上げます!」


 そんなイーサムの前で片膝つくムサシ。


「なーんじゃ、ムサシ。小僧どもをイジメたもんだから怒ったか?」

「それは、いいぇ、その、今は、今は一刻も早くこの街の蹂躙行為をお止めください! 局長の一言さえあれば、暴走した隊も止まるでしょう」


 俺たちに気遣いながらも、シンセン組の暴走を止めるべく、必死に頭を下げるムサシ。

 でもな、ムサシ。さすがに俺でも分かるぞ。

 このジジイは、頭を下げられて意見を変えるような奴じゃない。



「ふ~、ムサシよ。シンセン組はバルが創設し、おぬしの両親が支えた誇り高き組織。それが汚されることがどれほどの苦痛か……よく分かっておるわい」


「ッ、で、でしたら!」


「むろん、誇りが汚れるのはワシもつらい。しかしじゃ、理解せよ。もっとも苦しんでいるのはバルだということを。己の誇りを汚してでも、何をなすべきか、それ以外に心を引っ張られ、取り返しのつかぬ事になるようなことはあってはならぬ……今、手を緩めるわけにはいかぬ!」



 そうか。

 たとえ誇りに泥が付くことになっても、二度とこの街での奴隷のような悲劇を起こさせない。

 イーサムと宮本は、誇りと同胞の未来を天秤にかけて……仲間の未来を選んだんだ。


「馬鹿な! サムライにとって、誇りこそ命より重きもの! 父の、そして母の愛したシンセン組が汚されるなど、我慢できませぬ! 大ジジ! 大ジジ!」


 ムサシは宮本にすがりついた。

 誇りよりも、同胞の未来を選ぶ。

 間違ってねえよ。宮本。お前の選択は何も間違ってねえ。

 だから、そんなつらそうな顔をするんじゃねえよ。


「これでは、これでは拙者たちが忌み嫌った人間と……何も変わらんではござらぬか! 大ジジ!」

「そうだ、ワシらは『そう』なってでも、戦わねばならぬと悟ったのじゃ。これまでの積み重ねと、今のこの国を見てのう」

「そ、そんな……」


 孫娘にまで絶望されたような表情を見せられ、本当にツレーだろうな。

 お前だって、本当はこんな真似はしたくねーんだろ。人間を虐殺するなんてよ。

 でも、もう止めることができない。

 後戻りができないところまで来ちまった。

 そういうことだろ?

 なら、


「宮本……」

「朝倉くん?」

「テメエはもう止まれねえ。だが、俺は違う。亜人の未来がどうとかなんてどーでもいいんだよ。だから俺が……止めてやるよ」

「朝倉くん!」

「お前がもう止まることができないなら、俺が止めてやるよ」

 

 その結果、亜人がどんな悲惨な命運になろうが、俺の知ったことかよ。


「ムサシ、そのへんにしておけ!」

「ッ、ヴェルト殿!」


 だから、俺は立つ。亜人? 人間? 未来? 知ったことか。 

 テメェらが先の先ばっか考える奴なら、俺はまったく後先考えない奴だからだ。


「ほほう、激痛で立つこともできぬとは思っておったが、そこそこ根性だけはあるようじゃな」


 イーサムが振り向いて俺を見下ろす。


「うるせえよ、盛りのついたジジイが」

「むっ」


 ああ、また生意気なことを言っちまったな。

 でもな、後悔してねーぞ。

 言いたいことを言ってやった。

 そして、今度はやりたいことをやってやる。


「おい、ムサシ。テメエがいくら言葉で願っても、頭を下げても、こいつらの考えは変わらねえ。テメェのジジイやこのクソジジイも、半端に出した答えじゃねえからだ」

「ヴェルト殿、しかし!」

「でもな! この街の蹂躙行為を止めたけりゃ、方法は他にもあるんだぜ?」


 そうだ、俺は止めてやるよ、宮本。

 テメエが苦しんで、無理にでも選ぼうとした未来なんて、ぶっ壊してやる。


「止める方法? ヴェルト殿、それは一体!」

「ああ、冷静に考えな。まず一つ、街で暴れてるやつらを一人残らずぶっとばす。だが、これは現実的じゃねえ」

「う、うむ」

「次は、イーサムにやめさせるように言ってもらう。だが、これはもう無理だった」

「そうでござる! だから、それ以外に何があると……」

「あるじゃねえかよ。もう一つだけ」

「な、なんと?」


 そうだ、ある意味で最も実現不可能に近いが、俺が選ぶのはこの選択だ。



「ふわふわ世界!」



 浮け!


「ほう」


 全部、浮け!


「ヴェルト殿!」

「朝倉くん」

「これは、どんな呪文を!」


 銅像も、壊れた建築物の瓦礫も残骸も、家すらも、今俺の目に映るすべての物質。

 世界まるごと浮いちまえ!

 浮いたら、世界丸ごとイーサムをぶっとばせ!


「なっ! ふ、浮遊したモノが全て、局長に!」

「お逃げください、局長!」

「この、人間のガキ、何を!」


 手当たり次第に、俺は瓦礫でも何でもイーサムに向けて飛ばしてやった。

 まあ、そんな簡単に倒せるほど甘くはないが。

 イーサムは手刀だけで全てを打ち落としていく。

 だが、その表情は、さっきまでと同じではない。


「小僧…………」


 俺の突然の行動に、「何が起こった?」そんな顔をしてやがる。


「ムサシ! 分かったか?」

「ヴェルト殿……」

「イーサムにやめさせるように言ってもらうんじゃねえ……力づくで言わせるんだよ」

「なっ!」

「こいつを泣くまでボコって、力づくで言うことを聞かせる。一番手っ取り早い方法じゃねえか」


 そうだ。俺はそういう奴だ。

 弁論大会をしにきたわけじゃねえ。

 自分の意見は、相手をボコってでも押し通す。


「ムサシ! テメェも侍なら、言葉じゃなくて刀で語りな! 切腹することになっても貫き通してえってモンが、覚悟だろうが!」

「ッ!」

「俺も、覚悟を決めるぜ!」


 負けてたまるかよ。この世界に。



「遊びではなく、ワシと本気でやり合う気か? バルの友は殺さぬとでも思っておるのか? 死ぬぞ?」


「一度も死んだことのねえ野郎が、俺に死を語るんじゃねえよ!」



 俺は、切断されたままの左腕の激痛に耐えながら、右腕を前に突き出し、中指を立てて叫ぶ。


「いいか、テメエが何本俺の腕を斬ろうとも、俺の心は一つも折れちゃいねーんだよ!」


 今の俺の気持ちを表す、この世界では誰も意味の分からぬ動作、ファックユー。


「ムサシ、俺は暴れる。テメエはどうする?」

「いっ!」


 クハハハハ、さすがにここで振るのは可愛そうか。スゲー顔でうろたえてやがる。

 だが、別に構わねえ。

 俺一人でも……



「ッ、ま、待て……ヴェルトの敵は……神でも悪魔でも私の敵だ……」



 いや、一人じゃなかった。

 二人共、どうやら目を覚ましたようだ。



「クソが……久しぶりだ……ここまで誰かをぶっ倒したくなったのは」



 ウラ、ファルガ、まだまだこいつらの心は微塵も折れてねえ。



「なぜ……なぜでござる! おぬしたちでは、局長に敵うわけがないでござる! なぜ、そのような愚かなことを!」



 そうさ、それが俺たちだ。侍のお前らには理解できねえ生き様かもしれねえがな。


「まったくじゃ。愚かなガキどもじゃ。あくまで反逆するか? 」

「そうさ、人間、亜人、魔族、この世界には色んな種族がいるようだが、俺はその中でも最も愚かでバカな種族、不良だ! 覚えておきな!」

「ほう」


 だから、今もツッパリ通す。人が馬鹿だと思うような選択肢を、俺は選ぶ。

 宮本。お前は変わっちまったよ。

 俺も、この世界で変わりたいと思っていた。

 両親が死んだとき、二度と後悔したくなくて、自分を変えたいと思った。

 でもな、やっぱり俺は根っこだけは変わらねえ。

 これが今も昔も変わらねえ、俺だ。


「ふ~む、反抗的な目から……反逆者の目に。なるほどのう。確かに、少しは危険だのう……ここで、生かしておくのはな」


 空気が変わりやがった。

 この感じ、鮫島やギャンザより凶暴だ。



「ぬう、ぬうううう! ううううううううううううううううう!」



 その時、ムサシが苦悩に満ちた奇声を上げた。

 頭を抱え、悶え、ついには地に膝をつけて額を地面に叩きつけた。


「ムサシ?」


 壊れたか? ムサシの奇行に驚いた俺たちだったが、ムサシは……



「大ジジ! 組長! そして、局長! 申し訳、ございませぬ! 拙者は……拙者は自分の気持ちに嘘はつけませぬ!」



 額が割るほど頭を叩きつけて、血まみれになったムサシだったが、その瞳は一つの答えを出したかのように、澄んでいた。

 どうやら、テメェも今の自分の答えを見つけたようだな。



「たとえ反逆罪に問われようとも、シンセン組が汚れるのを見過ごすわけにはいかぬでござる!」



 ムサシは、二本の木刀を抜き、そして、俺たちの横に並んだ。

 言葉を交わさなくても分かる。俺たちは互いに頷きあった。



「なんと! こ、これは!」



 共闘だ。



「よっしゃ、いくぞテメェら! 敵はシンセン組局長・四獅天亜人のイーサムだ!」


「「「オオオッ!!!」」」



 ムサシの行動だけは予想外だったのか、イーサムは目を見開いている。

 そうさ、それぐらい驚いてくれよな。



「朝倉くん、君はなんということを……なんということを……」



 すまねえな、宮本。ドサクサに紛れてお前の孫を巻き込んじまったよ。

 


「君は分かっていない。分かっていないぞ、今、君はとてつもないことをしている。まさか、こんな光景を見ることになるとは……」



 知るかよ! 後先考えず、今はこのジジイをぶっ倒す!


「いくぞコラァ!」

「ヴェルト、援護する!」

「正面から俺が攻める。クソ亜人、横から攪乱しろ」

「承知した!」


 四方八方から攻める俺たちに対し、イーサムはピクリとも動かない。

 ムサシが裏切ったことを驚いているのか?

 そっちが隙だらけなら、容赦なくぶっ潰す。



「長年、世界を舞台に暴れ、色々なものを見てきたが……これほどワシをシビレさせる光景は初めてじゃ」



 俺たちの手は止まらない。

 だが、それを気にする様子もなく、イーサムはどこか感激したような言葉を発していた。

 その言葉とともに、イーサムは正面から俺たち四人の攻撃を受け止めやがった。



「おそらく世界史上初……人間、魔族、亜人……異なる種族が力を合わせる光景は」



 宮本のそんな呟きが聞こえた気がした。

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