四
赤ちゃんを拾った。
大久保通りから折れた角のマンションの自転車置き場で、建って五年になるけれど、ずっと一階のテナントが空いていた賃貸だ。大家のスズキさん、元々はこのあたりの地主さんだったけど、借金払えたのかなあ。スズキさんのおばあちゃんは、いいひとだった。南地区の夏祭りには、いつも大きなスイカとか、夏蜜柑とか配ってくれた。代がわりしてからの息子さんは、ほとんどよく知らない。古い家がマンションになって、道と建物の間の三十センチ幅の緑地帯には、エゴノキが植えらた。五年目でようやくぼうぼうに枝を伸ばして、今年白い花が咲いた。今年、初めての、あふれるほどの花。
「待て」
シュンが指差す先に、電動のママチャリがあった。北側の自転車置き場だ。そこにただ一台。よくある、チャイルドシートを前後につけた自転車が置かれている。たぶん二十四インチ。ちょいかわいい。一度、姉ちゃんの借りたことがあったけど、ママチャリはすごく重い。あれで子供二人乗せて爆走するのだから、ほんとに「親は強し」。
シュンは自転車置き場へどんどん入って行って、それからこちらへ来るよう手招いた。
いつもは二十台近く置いてあるのに、今日はこのママチャリだけ。
「見ろよ」
思わず叫びそうになった。
後ろのチャイルドシートに、赤ちゃんがいたんだ。どれぐらいだろう。生後半年? それがシートベルトをして、小さい青いヘルメットをかぶって、シートに全身を預けてすやすやと眠っている。ピンクの袖なしのロンパースに水色の短パンをはいて、お腹に白いふわふわしたタオルを掛けていた。ヘルメットの下からは、おでこで茶色い巻毛がくるくる見えていて、長いまつ毛とふ ふっくらしたほっぺと、小さな富士山のような口もとは、半開きで気持ちよさそうに眠っていた。
「親はどこだ」
こんな小さな子を放って、どこへ行ったのだろう。出かける時、忘れものでも取りに行ったのか、それにしても不用心だ。だから、念のため見張り番をしながら、そこに座っていた。
一時間たった。
二時間たった。
幸い、赤ちゃんは目を覚さない。
シュンは、バリバリと食パンを開けて、指でジャムを塗りたくると、両手で潰して一センチにして、本当に嬉しそうに口へと押し込んだ。
それで、パンくずを胸元から振り払って、
「捨て子だな」
あっけなく。
その途端だ。スイッチが入ったように泣き出した。ぎゃーともわーともいえないような声で、ものすごい声量だ。
それでも、誰も出て来ない。単身者用のマンションに、チャイルドシートのママチャリ。つまり、そういうこと。
「だな」
捨て子、確定。
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