外に出ると、いつものように静かだった。

 昭和のベッドタウンだったこの辺りは高齢化が著しくて、ひとり、またひとりと人の姿が消えていった。死んだのか、施設に入ったのかわからないけれど、空き家が増えた分、電気が点かない分、いきものの気配は薄くなっていった。だから、どうということでもなくて、家はアパートへ代わり、アパートやマンションの住人は仮住まいであって、ここに住み着こうというのではないから、皆ルールを守らないし、互いに警戒して、面倒を避けたくて、無口になる──のだろう。

 昭和歌謡は「東京は冷たい」と歌い上げるけれど、冷たいのは上京した同士だろうって。異郷に来て構えているのか、「都会はこうだろう」と思い込んでいるのか、もしくは、かりそめの暮らしに「ただ、狂え」なのかな。

 むかし、隣りのヨシノリちゃんが言っていたけど、そういや、彼はどうしているのだろう。おじさん、おばさんはとっくに亡くなったけど、家はそのままだ。お姉ちゃんのアキちゃんは、結婚して遠くにいるらしい。その隣りのヤスダさんちは蔓草がからまって、瓜みたいな実が成っている。時々、お巡りさんが来て呼んでいるけれど、タマエちゃんは行方不明だ。あそこの家のおじさんはちょっと変わっていて、でも、おばさんが亡くなるまでは、たまに大音量でクラシックを流すぐらいで大したことなかったのに。その向かいの、すてきな古い邸宅が分解されて五つの建売になって、びっくりする値段なのに最後に越して来た、銀行員か官僚か、真面目なキツい雰囲気のご夫婦のひとり息子は、いつも暴れていて、怒鳴り散らすか、大声で歌っているか。その歌声が消えた時、誰も何も言わなかったけれど、どこかへ行ってくれてほっとした。そうだ。家の中から窓際にうずくまるクロネコがいて、その首の鈴は金色、ベルトは赤だった。

 そんなこんなで、ぼんやりコンビニの外を眺めていると、ものすごいスピードで、ミニバンが左から右へ。環七の方へ走って行った。

 衝突音。

 うわ、大変だ。

 そのまましばらく立ち尽くしていたが、違和感。原因が、パトカーも救急車も来ないからだと気づいて、現実へ戻る。

 シュンは、コンビニの棚から、残っている食パンの塊と、ソントンのいちごジャムを取った。あれ、嫌いだ。

 そうだ。増えたのはコンビニだった。スーパーの数は変わらないけれど、コンビニは増えた。シェアレジを通って、両手につかんだ食パンといちごジャムを見せてくれた。

「行くぞ」

 どこへ。

「うちだ」

 うん。うちだ。

 うちへ帰ろう。





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