自動増殖の家の救助隊

ちびまるフォイ

自動増殖の救助隊

「どうです、広いでしょう」


不動産屋は部屋のひとつを見せた。


「ええ広いですね。こんなのがいくつもあるんですか」


「はい。でも今は何部屋あるのかわかりません。なにせ毎日自動増殖するので」


「そこが心配なんですよね……迷ったりしませんか?」


「安心してください。ここは童話の世界ではなく、現実です。

 道に置いたパンくずを鳥に食べられることもないでしょう」


「じゃあここに住みます」


「ご契約ありがとうございました。なにか見つけましたらご連絡ください」


自動増殖する家に入居を決めた。

特殊な環境であるために安かったのも魅力のひとつだった。


なぜか引っ越し業者は家に踏み込みたがらないので、

しかたなく自分で家具や生活家電を入り口からもっとも近い部屋に運び込む。


全部揃うころにはすっかり日も暮れていた。


「よし、この部屋を拠点にしよう」


ひと部屋でもひとり暮らしには十分すぎる広さがある。

風呂もトイレもあるので不便もない。


「自動増殖以外は普通の家じゃないか」


毎日部屋数が自動増殖するようだが、今住んでいる部屋がどうこうなるわけではない。

住むぶんには何ら普通の物件と変わらない。


それに自動増殖のいいところは部屋を好き勝手変えられるところ。


「……そろそろ部屋を移ろうかな」


部屋のレイアウトに飽きたら部屋を移ればいい。

掃除なんかせずに汚れたらまた新品の部屋に移動することもできる。

部屋のひとつを物置にすることだって。


いくら贅沢に部屋を使っても毎日自動増殖するから、困ることなど無い。


「自動増殖って最高!!」


すっかり普通の物件では得られない快適性に味をしめた。


住み始めてから数ヶ月が経った。

自動増殖の家にも慣れてくると、この家がどこまで広がっているのか気になってきた。


「……ちょっと探検してみようかな」


退屈しのぎに部屋から出ると、軽く部屋数を数えながら歩いていった。

50を過ぎたところで数えるのをやめた。


「この先まだまだあるな。これは1日2日じゃ終わらないぞ……」


なんの準備もしていなかったので慌てて引き返した。

なぜか行きよりも距離を感じる帰り道だった。


次の日、食べ物や飲み物をリュックぱんぱんに詰め込んで部屋を出た。


道に迷わないように定期的に壁にマスキングテープを貼って道しるべを残す。

歩いて疲れたら近くの部屋に入って眠り、また先へと進む。

それを繰り返し続けた。


数日歩いても果ては見えなかった。


「はぁっ……はぁっ……ずいぶん遠くまで来たけど……この先もまだあるのか……」


道標のマスキングテープもそこをついたので壁に傷をつけながら歩いていた。

食べ物も水も半分ほど消費したのでそろそろ引き返そうと思った。


そのとき、手入れがされていないことでゆるんだ床板を踏み抜いた。


「うわっ!?」


バキッと音がなり落ちかけたが、でかいかばんがつっかえてセーフ。

宙ぶらりんの状態でひっかかった。


「あ、危ねぇ……」


なんとか穴から体を引き出して、床に開いた大穴を見る。

床の下にも部屋があるのが見えた。


自動増殖の家は部屋が横に増えるだけでなく上下にも階層を増やしているのかと変に納得した。

よく見ると下の部屋には誰かが倒れている。


「あ、あの! 大丈夫ですか!?」


「あ……う……」


弱った男は天井に開いた穴を見上げる。

うつろだった目に光がともった。


下の部屋にいる男はげっそりと痩せていて今にも死にそう。

リュックの食料を下に投げ入れると野生動物のようにかっ食らった。


落ち着くまで時間がかかったが、やっと力を取り戻した男はなんとか上の階へ登った。


「あなたはいったい……?」


「……お前、この家の居住者か」


「え、ええ……」


「俺もだ」

「はい?」


「俺は前の居住者。そしてこれらが、さらに前の居住者だ」


男は下げていたかばんに入っていた髪の毛の束を見せた。


「なんでこんなものを持ち歩いてるんですか!? 気持ち悪いですよ!?」


「そう思うか。この家では探検に出て自動増殖の家に囚われた居住者が何人もいる。

 その中で遭難して命を落としたやつも多い。

 だからこうしてせめて形見を持ち帰っているんだ」


「それじゃ早く帰りましょう。道標はあるので戻れますよ」


「そんなものに何の意味もない!」


「はぁ!? 何言ってるんですか。

 僕の前の居住者が遭難したのは準備不足だったからでしょう。

 見てください。ちゃんと道がわかるように印つけてたんです」


「お前、この家のことをちゃんと聞いていたのか。

 ここは自動増殖する家だぞ」


「知ってますよそれくらい」


「スタート地点に戻れたとしても、自動増殖で家の出口が遠ざかるんだよ」


「え……?」


「家の玄関近くの部屋に住んでいれば、増殖で遠ざかってもすぐわかるが。

 お前はこんなにも遠くに来すぎてしまった。

 もう玄関がどこにあるのかわからない」


「まだわからないじゃないですか、とにかく戻ればなんとかなります!」


慌てて来た道を引き返した。

頼みの綱であったマスキングテープも傷もすぐに見失ってしまった。


「なんで!? 一定の間隔で印つけていたのに!!」


「俺も同じことをしたさ。床にマークをつけていたんだ。

 部屋の自動増殖は外側だけでなく、内側の部屋も増殖するってことに気づいたんだ」


「どういう意味ですか」


「部屋が挿入されるから道標なんてあてにならないってことだよ」


まっすぐ進んできたはずなのに、部屋は左右や上下に増えてしまう。

部屋が勝手に増えることで道標にそって進んでしまうと、本来の道からそれてしまう。


迷わないようにしたことが帰って迷宮入りさせてしまっていた。


「もう終わりだよ。もしも俺が死んだら、他の居住者の髪も含めて持っていってくれ……」


「なに諦めてるんですか! 自宅で遭難なんてまっぴらですよ!!」


リュックから携帯電話を取り出した。

もしものときのために一度も電源をいれていなかった。


「よし、電波通じてる!」


真っ先に警察や救急に電話をかけたが相手にされなかった。

自動増殖するということも信じてもらえず、家で遭難などと笑われてしまった。


中には信じてくれる人もいたがすぐに尻込みする。


『自動増殖する家に入るなんて……こっちまで帰ってこれなくなりそう。私にも家族がいるから……』


「じゃあ僕たちは死んでもいいってことですか」


『探検なんてはじめたあなたの自業自得でしょう』


誰も力になってくれなかった。

最後の頼みで不動産屋へ電話をつなげた。


「もしもし!? お願いです、助けてください!」


『いったいどうされたんですか』


「家で遭難してしまったんです。この家のことはあなたが一番知ってるでしょう! 助けてください!」


『うちは不動産であって、レスキュー隊ではないんですよ』


「そのレスキュー隊が助けに来てくれないから頼んでるんです!

 ブルドーザーで外から壁を壊すなりすれば迷うこともないでしょう!」


『それはできません』

「なんで!!」


『壁を壊している間にも自動増殖で出られなくなる可能性がある。

 だから工事する人も家には近づきたがらないんですよ』


「だったら、この携帯の電池が切れるまで

 あんたらが命を見捨てたってことを外の世界に訴え続けてやる!!」


『なにもしないとは、言ってませんよ?』


「ほ、本当か!?」


『下手に動かずに待っていてください。探してくれる人を家に派遣します』


その言葉にどれだけ心が救われたかわからない。


「わかりました! 待っています!」


不動産屋との電話を切った。





その頃、不動産屋はまた新しい入居者に家を案内していた。


「広いでしょう。自動増殖するのでどんなに部屋をぜいたくに使っても困らないですよ」


「いいですね。私すぐ部屋をいっぱいにしちゃうから助かります」


「気に入ってもらえてなによりです」


「私、ここに住みます」


「ありがとうございます。ひとつお伝えし忘れていることがありました」


不動産屋は新しい入居者に笑顔で伝えた。



「もし、"なにか"見つけましたらご連絡ください」

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