第7話 偽りのクリスマス

 二日後、秀人は、やっと佐喜に連絡した。

 ウソをついて、カイジとホテルに行った、その後ろめたさ。

 佐喜は、秀人の体調を気遣い、裏切られているなんて、これっぽっちも頭にないようだ。

 一緒に行くはずだった伝統工芸展は、結局、見なかった。ひとりで行っても、つまらないからと。それに、

「シュウが具合悪いときに、楽しめるはずないもん」

 そんなことを言われて、ますます罪悪感が募る。


 義務を果たすため、それだけみたいな気持ちで、秀人は、佐喜の部屋に行った。

 会えば当然、セックスをする。まだ、最後まではいってないけど。

 これが、カイジさんだったら。

 佐喜を抱きしめながら、秀人は、つい、そう思ってしまう。


 初体験は、圧倒的だった。

 スムーズな挿入は、もちろん無理だ。入り口に固いものを押し付けていたカイジは、いきなり体勢を変え、秀人のそこに、舌を這わせた。

「ダメ、汚い」

 身をよじって逃れようとしたが。カイジは、

「ちゃんと洗ったじゃん。石鹸の匂いしかしないよ」


 お構いなしに、舐め続けた。次第に、ふっくらと、ほぐれいていく。

 その恥ずかしさ、未知の快感を思い出すと、秀人は、今も顔から火が出そうだ。

 ほころんできたのを確認し、改めて、カイジが押し入ってきた。痛かった、けれど、むしろ、痛みの中に不思議な感覚があって、もう、カイジと離れられないと思った。


 あれ以来、カイジの部屋に入り浸っている。その合間に、佐喜と会う、それが現実。

 こうまでして、佐喜と、つきあう必要があるのか。

 終わりにしよう。好きな人が、できたんだ。

 そう言ってしまおうか。

 もめるのが面倒くさいけど、その方がすっきりする。

 とりあえず、クリスマスを一緒に過ごす約束をしたから、それだけは実行しないと、と、秀人は思った。



 クリスマス・イブ。

 秀人は、プレゼントを持って、佐喜の部屋に行った。

 テーブルの上に、ミニツリー。

 ささやかな演出だが、初めて、恋人と迎えるクリスマスを楽しみにしていたのが、よくわかる。

「これ」

 秀人からのプレゼントを受け取ると、佐喜は、目を輝かせた。

「ありがとう!」

 京都の写真集。何がいいか、わからなくて、本屋で思いついて、包んでもらったが、意外なほど、佐喜は、喜んでくれた。


 佐喜からは、赤系のタータンチェックのシャツ。

「サンキュ」

 さっそく、着て見せた。

 佐喜は、目を細め、

「似合うよ。シュウはさ。Tシャツなんかの丸襟より、シャツが似合う。高校の時から、そう思ってた」

「へえ」

 自分では、さっぱりわからない。


「シュウ、元気ないね」

 心配そうに、佐喜が声をかける。

 まさか、カイジのことを考えていた、とは言えず、とっさに、

「うん。来年はもう、三年だな、と思って」

「そうだね」

 就職を、考えなければいけない時期だ。特に勉強したいこともなく、無難に商学部を選んだが、どこかの会社に、もぐりこめるだろうか。


「四月になれば、すぐトシとっちゃうしさ」

 二十一に、なってしまうのだ。なんだか憂鬱。しかし、佐喜は、

「一緒にお祝いできるの、僕は楽しみ」

 無邪気に微笑む。

 僕は八月だからね、と、付け加えた。


 佐喜は、またプレゼントの写真集をめくり、

「ねえ。三年になる前に、京都に行かない?」

 と誘った。

「三月の末、どうかな」

「うん」

 はっきり決めよう、そのうち、なんて言ってると、就活が本格的に始まる、と佐喜に言われ、それもそうだ、という気になった。


「じゃ、三月に」

「約束だよ!」

 佐喜が、うれしそうに抱きついてきた。

 ケーキにチキン、恋人とのプレゼント交換。来年の、旅の約束。

 最高に楽しい、理想的なクリスマス、なのだろう。

 しかし、佐喜は知らない。

 その、大好きな恋人が何を考えているか。


 年内に、あと何度、カイジに会えるか。何度、気持ちいいことしてもらえるか。そればかりが頭の中を占めているなんて。

 こんなクリスマス、嘘っぱちだ。

 佐喜のこと、うっとうしくなってきてるのに会い続けてる。自分は、偽善者だ。

 気まずくなるのが嫌で、言い出せない、だけなんた。




 大晦日。

 秀人は、久々に実家に帰った。

 正月二日には、姉夫婦も、顔を出した。三か月にも満たない、姪の愛らしさ。じいじ、ばあばになり立ての両親は、もうメロメロだ。

「おじいちゃんたち、大喜びだね」

 姉に話しかけると、

「ほんと。あ。シュウも。八菜と会うの初めてだったよね」

「うん。行けなくてごめん」

 結局、同じ都内に住みながら、引っ越し以来、姉夫婦とは会っていなかった。義兄とのことへの罪悪感があって。


 義兄の勇策は、秀人を見ても、顔色ひとつ変えなかった。義弟との一夜は、完全に過去。

 秀人も、もう苦しくはなかった。今はカイジがいるから。罪の意識を感じずに、思い切り、みだらな行為にふけることができるから。


 早く帰って、カイジさんと。

 そんなことばかり考える秀人だった。

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