第4話 好きって言われたから
どうにかシンを振り切って、駅までたどり着いて、秀人は自己嫌悪に陥った。
バカだった、無防備に、知らないゲイと会うなんて。
ゲイとして、仲間と、いろいろ話ができたら。そんな気持ちで、シンの誘いに応じたのに。いきなり、テーブルの向かいで、いちゃつき始めた二人。
秀人は、ショックを受けていた。
気軽に、ネットで知り合った人と会ったのが間違いだった、のかもしれない。でも、リアルに仲間と出会うチャンスなんて、現実には、そうないのだ。
ナオという、ちょっと可愛いコは、明らかに自分を敵視していた。
僕が、あのカイジさん、だっけ。彼に惹かれているのを見破っていた。確かにカイジさんは、義兄さんに似てたし、がっちりした体つきだし。あんな人に抱かれたい、と思ったのは否定できない。
佐喜。
こんないい加減な僕を、好きだと言ってくれた。
高一のときから、ずっと思っててくれたって。
佐喜に、会いたかった。会って話を聞いてほしかった。ゲイ以外の人にはわかってもらえないだろうし、話せない。
夜になっていたが、秀人は佐喜に電話した。
これから行ってもいいか、と尋ねると、佐喜は、いいけど、と、ちょっと驚いた様子だ。
「どうしたの」
秀人を部屋に招き入れたときも、佐喜は、とまどっていた。先日の告白への返事は、ノーだと思い込んでいたらしい。
「もうダメだって、思ってた」
シュウが帰ったのは、僕の告白が負担だったんだろう、と佐喜は思い込んでいたのだ。
「そうじゃなくて。急には、応えられなくて、ごめん」
その言葉だけで、佐喜は元気いになったようだ。
「気持ちは、とっても嬉しかった。でも、友達としか思ってなかったからさ」
「そうだよね」
急がないよ、と、佐喜は、微笑んだ。
秀人は、正直に話した、シンや、あの二人と会った事も。
「ショックだね、目の前で、そんな」
佐喜は、そう言ってくれた。
ナオがカイジの股間を、直に触っていたらしいことも、秀人は告げた。
「ただ話が盛り上がればいいなって、思ったんだよね」
膝を抱えて、秀人が続ける。
「悩んで、落ち込んでばっかじゃ、息が詰まるよ」
「そうだよね」
佐喜が、秀人の顔を覗き込む。
いつの間にか、体温が伝わるほどに、ふたりは至近距離にいた。
「僕は、シュウがいてくれて、よかった」
君のために、同じM大学に決めた、と聞いて、びっくりした。
「偶然じゃなかったんだ」
「高三の十二月かな、シュウに廊下で聞いた、どこ受けるのって」
秀人には、覚えがなかった。佐喜によれば、三つほど希望校を言われ、M大受験を決めたそうだ。
「M大だけだから、国文科があるのは。受かって、もしシュウと会えたら、告白しようって決めた」
「へえ」
「嬉しかった、キャンパスでシュウに会ったときは。でも、なかなか本心が言えなくて」
入学時と言えば、一年半、もっと前か。当時は、義兄に夢中だったし、佐喜の思いを受け止められなかった、と秀人は思う。
「本当は、京都の大学も受けたんだ。一コ受かったけど、やっぱり、あっちに行っちゃうとさ」
シュウと、おしまいになるのがつらくて、と佐喜は続けた。
「京都、はじめて行ったんだ。受験は東京でもできたけど、せっかくだから。京都御所が街中にドカンとあって、有名なお寺がたくさん。住んでみたかったなあ」
「僕も、京都は行ったことない。修学旅行は東北とか、だったし」
「そうだったね。あれはあれで愉しかったけど」
佐喜は、秀人に向かって、
「今度、いっしょに京都に行かない?」
「うん。いいね」
佐喜と、京都。
家族や学校行事以外で、旅行なんてしたことがない。
好きな人と、旅に出る。いいなあ。
でも、僕。佐喜を、好きなの。
思われるのはいいけど、好き、なのか?
好き、って言われたから、そんな気になってる、盛り上がろうとしてるんじゃね?
試して、みるか。
はっきり、そう思ったわけじゃない。
でも、気づいたら、秀人は。佐喜の、唇に、唇を重ねていた。
抵抗は、なかった。
義兄とのキスは、こんな穏やかなものじゃなかった。すぐ舌が入ってきて、口の中をべろべろ舐められ、舌と舌を絡めて、何が何だかわからぬまま、奔流に巻き込まれて、そして。
唇を離すと、佐喜は、目を閉じていた。それを秀人は、はっきり見た。意外に長いまつげが、ふるえているような。
そっか、サキは初めてなんだ。キスしたこと、なかったんだ。
自分も、つい先日までそうだったのに、何か余裕を感じて秀人は、もう一度、佐喜にキスした。
佐喜の息が、荒くなる。
やっちゃおうか。
はっきり、そう思ったのかどうか、もう覚えていない。
とにかく、秀人は、細い佐喜の体を、丸めた布団の上押し付け、何度も何度もキスを繰り返した。
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