第3話 思いは揺れて

 二週間後の週末。

 佐喜から、部屋に来ないかと誘われた。

 先日は、自分の片思いの話を打ち明けた。今度は、佐喜の片思いの話を聞いてあげないと。

 雨の午後、室内は、ちょっと暗い。

 佐喜は、緊張しているように見えた。


「シュウ、高二の時、女子とつきあってただろ」

 いきなり、佐喜に問われ、

「うん」

 同じクラスのコに誘われ、映画を見たり、二、三度デートらしきものをしたけど、それり。姉が婚約者、つまり後に義兄となる勇策を連れてきたから。以来、女子には全く興味がなくなった。

「良く覚えてるな、そんなの」

 意外だった。

「一緒に歩いてるのを見て、へこんだ」

 ぼそっと、佐喜が言う。


「はあ」

 女子と、自分が歩いてるのを見て、へこむ。

 あの子が、好きだったのか。

「僕、京都の大学に行きたかったんだ。でも、片思いのコと離れるのが、つらくて」

「うん」

 好きな相手が、こっちにいるなら、確かに京都に行くのは、チャンスも減るし、寂しいよなあ。しかし、何が言いたいのか。


「あの。僕、シュウが、好き、なんだ」

 佐喜の口から出た言葉を、しばらく、秀人は理解できなかった。

 沈黙が流れる。

「高一で、同じクラスになった時から、好きだったんだ」

 でも、もともと口下手で、普通にシュウと話すのも勇気がいって。

 大体、男子を好きになるのもはじめてで、自分の感情を持て余すっていうか。シュウだって、男に好かれても、キモイだけだよなって。


 そんなことを離して、佐喜は、

「こないだ、シュウが失恋したって聞いて。相手が男の人だって。それで」

 俯いたまま話す佐喜に目をやり、秀人は、ぼんやり考える。

 それで、告白してくれたんだ。


 サキが、僕を好き。

 どう対処していいのか、正直、わからない。

 嬉しいのは嬉しい、嫌われるよりはずっといい、サキは、いいやつだし。

 だけど、なんつーか、思考停止。

 義兄さんにオナッてる現場を見られたとき、みたいな。

 秀人も、下を向いてしまった。

「ごめん、忘れて」

 佐喜の声がした。

「迷惑だよね、ごめん」

「ンなこと」

 とは言ったが、やはり、気まずい。

 また来る、と言って、秀人は帰ってきてしまった。


 悪い事っなあ。

 帰り道、秀人は反省した。

 高一の時ら好きだって、そんなに。

 こんな、いいかげんな僕を、好きでいてくれた。

 京都の大学に行くのも、あきらめたのか、僕のために。


 正直、重い。

 佐喜の思いを、すんなり受け止めることが、できない。

 あの感じだと、佐喜も、童貞。

 好きになってくれてありがとう、してベッドイン、なんて無理。

 ほんと、気持ちは嬉しいんだけど。


 友達から恋人には、ちょっと考えられない。

 もっと、可愛いとか、マッチョだったりしたら、その気になるのかな。

 勝手だな、ルックスで人を判断するなんて。

 自分だって、たいしてイケてないくせに。


 佐喜を、ふったつもりは、ない。

 でも、忘れて、と言われた。

 少し待って、と言えばよかったのかな。

 これから、どうなってしまうんだろう。



 数日後、シンから連絡があった。先日はカフェで話しただけだが、今度は飲みに行こうという。ゲイ友達も連れていく、というので、秀人は、期待と不安に揺れた。


 待ち合わせの店に行くと、いちばん奥の席にシンはいた。四人掛けのテーブルで、向かいにはシンの友達が、ふたり座っていた。

 通路側には、ジャニ系の可愛いコ。隣の男に、秀人はハッとした。

 義兄さんに似てる。


 勇策と同じ三十歳くらいだろうか。けっこうなマッチョがいた。やや吊り目だが、イケメンの部類だろう。小麦色の肌に、肩や胸の筋肉がまぶしい。

 シュウです、と告げると、男は、

「俺、カイジ」

 白い歯を見せて笑った。

「ナオでーす」

 ジャニ系のコが、だるそうに名乗った。秀人が、カイジに熱視線を送っているのに気づいているようだ。


「ねえ、カイジさん」

 ナオが、カイジにしなだれかかる。

 秀人の反応を楽しんでいるように見える。この男は渡さないよ、といわんばかりに、肩や胸をさわったり、腕に手を回したり。ついに手をカイジの股間に伸ばしたようだ。

「おい、よせよ」

 カイジが笑いながら、一応、制止しているが、ナオの、なすがままだ。


 通路をはさんで、同じ四人掛けのテーブルがある。今は空いてるけど、もし客が来たら。それまでの間、と居直っているのかも。

 ナオは明らかに、カイジの下着の中に手を入れて、まさぐっている。

「大きくなってきたあ、早くやりたぁい」

 ナオが濡れた瞳をカイジに向け、熱いキスをした。


 秀人は、たまらなくなって、席を立った。

「ごめん、急用が」

 見え透いた嘘だが、もうここにはいられない。

「待てよ」

 シンが追いかけてきたが、振り払って駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る