第2話 女はやっぱりコワイ
土曜の午後、佐喜が、遊びに来た。秀人が一人暮らしを始めて、最初のお客。
「これ、引っ越し祝い」
六缶入りのビール。カールスバーグ、飲んだことのないヤツだ。
「ありがとう。あとで飲もう」
佐喜は、室内を見回し、
「いい部屋だね」
「そうかな」
各停駅から歩いて十分。築年数は、古め。この条件だと、家賃はそれほど高くない。
前の部屋と同じで狭い。居室が五畳ほどのフローリング、トイレ別の狭いバスルーム、ままごとみたいなキッチン。
布団を丸めたのにもたれかかって、プルトップを引っ張る。
「引っ越し、おめでとう」
「ありがとう」
喉を鳴らしてカールスバーグを流し込む。冷凍庫で冷やしたが、まだ冷やし足りなかった。それでも、飲みやすくておいしい。
「サキは、どうしてサキなの」
前から気になっていたことを尋ねた。
「とうさんが、サキって小説家が好きでさ」
「知らないなあ」
「家に短編集があって、読んでみたけど、何にも覚えてないなあ。シュウは、どうして秀人なの」
「おやじがサッカー好きでさ。シュートを決めろ、ってことらしいけど」
「そう」
「でも、サッカーの才能ないね、すぐやめちゃった。剣道も、姉さんは三段までいったのに」
スポーツはダメだな、とつぶやく。といって、他に何か特技があるわけではない。
「みんなそうだよ、僕も特技はないなあ」
ふと、話が途切れた。
何か言わなくちゃ。
沈黙に耐えられないタイプなのだ。もっと親しくなれば、黙っていても平気でいられるのかもしれないが。
「サキは、好きな人、いるの」
いきなり、訊いてしまった。
「うん。片思いだけど」
佐喜は、即答した。
「そっか。僕もなんだ」
といっても、秀人の場合は、失恋済、それに気づいて、
「ごめん。片思いだったけど、失恋した、の間違いでした」
「失恋、しちゃったの」
佐喜が、心配そうな顔になる。
「うん。でも、いいんだ。好きになっちゃ、いけない人だし」
苦しい。もう言ってしまいたい。
「義理の、兄さんなんだ。姉さんのダンナ」
「えっ」
さすがに、驚く佐喜。
「キモイだろ、男を好きなんて」
「ううん、そんなこと」
ドン引きを覚悟したが、佐喜は、まじめに聞いてくれた。
「三年も、ずっと好きだったんだ。
でも、いけないことだよね、姉の大事な人だもん。赤ちゃんが生まれて、それまでの約束だったし。それで引っ越したんだ」
一夜の関係のことは内緒にした。
「片思い、つらいよね」
「うん。きっぱり忘れて、と思っても。なかなか」
「だよね」
なんとなく、気まずいムードになり、佐喜は夕方には帰ってしまった。
佐喜と恋バナをするとは思わなかった。一方的に話を聞いてもらっただけだが。佐喜の片思いの相手って、どんなコだろ。次は、ちゃんと話を聞こう。
ゲイであることを、あっさり受け入れてもらえて、安心したせいか、秀人は前向きな気持ちになった。
思い切って、「ゲイ友達」アプリで、友達を探してみた。
二十歳の学生、とにかく話がしたい。
シンという二十歳の学生と会うことになった。
特徴といえば眉毛が濃いだけの、平凡な感じ。
秀人は、酔った勢いで、同性と、ある程度のことはした、とだけ告げた。
シンは、大学に入るまでは、自分が女性好きだと思っていたという。
「新歓コンパで、帰りに、二コ上の女のセンパイといい感じになって」
「へえ」
「センパイの部屋に行ったらさ。『お尻を叩かせて』って言われた」
「えっ」
どういう展開なんだ。
その後で筆おろししかと思ってさ。テーブルに手をついて。パンツごとズボン下ろして」
するとセンパイは、平手で、容赦なく、シンの尻を叩き続けた、という。
どう反応していいのか、戸惑う秀人。
「ケツ、きっと真っ赤だったよ、痛くて痛くて、もう」
センパイは、爪を立てて、赤くなったお尻をつねった。
そして、
「あたしが男だったら、犯してやるのに」
「えーっ」
秀人の背筋が凍りつく。
「そ、それで」
シンは、情けない顔になり、
「犯されたよ」
ア×ルバイブを、お尻にっ込まれたのだ。
「普通のよりは細いけど。中でクネクネしてヘンな気分になるし。とにかく怖かった」
なんだか、SMの女王様みたい。
そして、反射的に思い出すのは、姉のことだ。やっぱり、やっぱり女は怖い。
シンは、すっかり女性恐怖症になり、バイブの刺激が忘れられなくて、男に走り、そこそこの数の男と、経験済らしい。
「バックって、痛いの」
「はじめはね。慣れると気持ちよくて、病みつきになるよ」
「そうなんだ」
どきどきする。
やっぱり、義兄さんと、してみたかった、そこまで。
結局、秀人の妄想は、そこに行きついてしまうのだった。
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