　　　第四十九章　シンハの告白

　真夜中に国務大臣のサクセーナ大臣をはじめとする五大臣が阿吽（あうん）の会議室に集められた。錠（じょう）は兵士たちによって壊され、新しいものが取り付けてあった。

　五人の大臣たちがついた時にはすでにハルシャ王子、ルハーニ、クールマ、シェーシャ、アニル、ソミン指揮官、スバル医薬長、プータマリ司書長、そして縛り上げられたシンハが中にいた。ナリニーは負傷したラーケーシュを西の棟（とう）に運ぶのを手伝ってその場にいなかった。

　「お入りください、大臣の皆様。」

　扉のところでもたもたしている大臣たちにアニルが声をかけた。サクセーナ大臣を先頭（せんとう）に外務大臣、財務大臣、農務大臣、庶務大臣が中に入った。五人が中に入ると兵士に扉を閉めた。

　「こんな時間に我々を呼び出して一体何があったのです？」

　外務大臣が眠そうな顔をして不機嫌（ふきげん）そうに言った。

　「それはこれからお話しますが、見ればだいたいはお分かりになるでしょう。」

　アニルは外務大臣を馬鹿（ばか）にするつもりはなかったが、外務大臣にはそう聞こえた。外務大臣は顔を赤くした。

　「なぜシンハ殿が縛られているのです？」

　農務大臣がソミンの隣で手を後ろ手に縛（しば）られているシンハを見て非難（ひなん）するように言った。祭司を縛るなどとんでもないと思っているようだった。

　「裏切り者だからです。」

　アニルが冷（ひや）ややかに言った。

　「裏切り者！？」

　財務大臣が喚（わめ）くように声を上げた。

　「今日、命からがら帰って来たクリパールと一緒にいたジェイ警備隊長（けいびたいちょう）と彼の部下（ぶか）に術をかけ監禁（かんきん）しました。」

　アニルが言った。

　「何ですと！」

　財務大臣はヒステリックに叫んだ。

　「シンハ殿が白状なされたので、クリパール殿とジェイ警備隊長（けいびたいちょう）、及び彼の部下（ぶか）チャカは先ほど無事に保護されました。」

　シンハの横に立っているソミンがすばやく付け加えた。けれど五人の大臣は大して興味を示さなかった。それよりもシンハがそんな行為（こうい）に及（およ）んだことに関心を寄せていた。

　「一体なぜそんなことを！？」

　年寄りの庶務大臣が胸（むね）を押さえながら言った。

　「シンハはカルナスヴァルナ王と通じていたのです。」

　アニルが抑揚（よくよう）のない声でそう告げると、庶務大臣は心臓が止まったかのように苦しそうに胸を掻き毟（むし）った。他の四人の大臣たちは騒然（そうぜん）とした。

　「シンハ、五人の大臣たちに自分の罪を告白したらどうですか？」

　アニルはシンハの方を見もせずに冷たく言った。全員が縛られてうつむいているシンハを見た。シンハはアニルに促（うな）されると、覇気（はき）のない弱弱しい声で話し出した。

　「私は裏切りました。アジタ祭司長（さいしちょう）、ラージャ王、そして仲間の祭司と旅に同行した兵スターネーシヴァラ兵や文官をカルナスヴァルナ王の罠（わな）に誘（さそ）い込み死に至（いた）らしめました。すべては己の身勝手（みがって）な思い上がりと野心（やしん）のために…。」

　シンハは奥歯（おくば）を噛（か）み締（し）め、自分への怒りと深い後悔（こうかい）でわなわなと震（ふる）えた。

　「私は許せなかったのです。アジタ祭司長がアニルを自分の後継者に選んだことが。私は幼い頃から誰よりも努力をし、ひたすら修練（しゅうれん）に励（はげ）んできました。どんなに辛くとも周囲の期待に応えようと必死に歯を食いしばって耐（た）えてきました。それなのに私は選ばれなかった。選ばれたのは素性（すじょう）の知れぬ、怪（あや）しい術を使うアニルだった！到底（とうてい）納得（なっとく）などできなかった！」

　シンハは自分の中の膿（う）みを吐き出すように激しい口調（くちょう）で言った。

　「私はサチンとアビジートの二人をそそのかし、アニルを追い出すのに協力させました。二人は以前私と一緒に研究塔（けんきゅうとう）でアニルが魔方陣（まほうじん）を書いているのを目撃していたので、『アニルは魔術師だから城に置いといては危険だ』と言ったら、喜んで協力しました。まるでそれが使命（しめい）であるかのように。」

　スバル医薬長が『アニルが魔方陣（まほうじん）を書いていた』というのを聞いて顔を顰（しか）めた。けれど当のアニルは表情一つ変えなかった。

　「私がアニルの部屋から指輪（ゆびわ）を盗み出し、サチンに保管庫（ほかんこ）から眠り薬を盗ませました。我々三人はアリバイ作りのために図書館へ行き、出るところをプータマリ司書長に確認させました。案（あん）の定（じょう）、祭司裁判（さいしさいばん）でプータマリ司書長は我々三人が一緒に図書館を出たことを証言（しょうげん）し、我々の嘘の証言（しょうげん）に花を添（そ）えてくれました。」

　プータマリ司書長は気まずそうに顔を伏（ふ）せた。

　「図書館から西の棟（とう）に戻ると、三人でアビジートの部屋に行きました。アビジートは笛（ふえ）を使って蛇（へび）を操（あやつ）ることができました。

　笛の音で操って、盗んだ指輪と眠り薬の入った小袋を咥（くわ）えさせた蛇を宝物庫に向かわせました。

　蛇はアビジートの笛の合図（あいず）で眠り薬の入った小袋を見張りの兵士の足元で破裂（はれつ）させ、兵士たちを眠らせました。そして扉の隙間（すきま）からアニルの指輪を咥（くわ）えて入り込み、まるでアニルが忍び込んだかのように見せかけました。

　蛇が再び部屋に戻って来ると、それぞれ何食わぬ顔で自分の部屋に戻りました。そして最後の仕上げに祭司裁判（さいしさいばん）で、宝物庫の方へ向かうアニルを見かけたと嘘（うそ）の証言（しょうげん）をしました。けれど本当に宝物が盗まれていたというのは予想外（よそうがい）でした。」

　シンハは宝物庫の一見の真相（しんそう）を告白（こくはく）した。

　「蛇（へび）を操（あやつ）っていたアビジート殿が宝物を盗（ぬす）んだ真犯人（しんはんにん）ということか。」

　外務大臣が独り言のようにつぶやいた。

　「そうではないだろう。」

　聞き慣れない若い男の声がした。気位（きぐらい）が高そうな声だった。外務大臣はキョロキョロとあたりを見回した。

　「あの紐（ひも）には蛇の性質（せいしつ）が組み込まれている。そのせいでアビジートの笛の音に反応（はんのう）し、勝手（かって）に動き出てしまったのだろう。」

　シェーシャがルハーニの肩（かた）から言った。外務大臣を含め、五人の大臣は目を丸くしたが、シンハは五人の大臣たちがシェーシャに気を取られていることを気に留めず、続きを話した。

　「アニルを追い出しただけでは私の怒りは納まりませんでした。私は使者（ししゃ）という立場を利用してカルナスヴァルナ国のシャシャーンカ王にラージャ王暗殺（あんさつ）の計画を持ちかけました。アジタ祭司長が一番大切に思っていらっしゃるラージャ王を奪（うば）ってやろうと思ったのです。」

　ハルシャ王子がシンハを睨（にら）みつけた。ルハーニがそんなハルシャ王子の横顔をうかがっていた。

　「前々からラージャ王を亡き者にしたいと考えていたシャシャーンカ王は計画を聞いて大変お喜びになられました。計画が成功した暁（あかつき）には私をカルナスヴァルナ国の祭司長として迎（むか）えるとまで約束してくださいました。計画は簡単なものでした。それらしい文書を取り交わし、ラージャ王をカルナスヴァルナ城に呼び出して暗殺する。さらにスターネーシヴァラ城に刺客（しかく）を送り込んでハルシャ王子も亡き者にする。そうすればスターネーシヴァラ国は大騒（おおさわ）ぎになる。そこへ数万のカルナスヴァルナ軍を送り込んで一気に攻（せ）め落とす。そういう計画でした。」

　ハルシャ王子が拳を握（にぎ）り締（し）めた。

　「私は計画通り、カルナスヴァルナ国に出発する前に五人の刺客（しかく）をこの阿吽（あうん）の会議室に隠しました。私が扉に術をかけ、無理矢理入ろうとする者に呪いをかける役目だったので簡単なことでした。五人をこっそり忍び込ませて、術をかけた振りをして鍵を返しました。」

　シンハがそう語ると、ソミン指揮官はチャカが扉を開けようとしても何ともなかったことに合点（がてん）が行った。

　「計画はラージャ王に毒の杯を飲ませるところまでうまく行きました。けれどその後、アジタ祭司長とサチン、アビジート、クリパールの四人を罠（わな）に掛けるのに失敗しました。

　四人を罠に掛けるのは私の役目でした。カルナスヴァルナ城には無数（むすう）の罠（わな）が仕掛けられていて、その一つに四人を陥（おとしい）れるはずでした。

　使者として城を訪れた際、罠への道順（みちじゅん）を教わっていた私は逃げ道を案内する振りをして四人をその場所へ連れて行きました。そしてアジタ祭司長とサチン、アビジートを罠（わな）に陥（おとしい）れました。」

　スバル医薬長とプータマリ司書長がアジタ祭司長と二人の優秀な祭司の死を惜（お）しんだ。

　「しかし、クリパールだけは罠に掛かかりませんでした。生きてカルナスヴァルナ城から抜け出したことは誤算（ごさん）でした。それからラージャ王が消えたことも。」

　シンハがそう言うと、全員が不思議（ふしぎ）な顔をした。

　「ラージャ王が消えた？」

　サクセーナ大臣が反芻（はんすう）するようにそうつぶやいた。

　「そうです。ベッドの上に横たわっていたはずのラージャ王の遺体（いたい）が消えたのです。

　私がこのスターネーシヴァラ城に再び戻ってきたのはこの阿吽（あうん）の会議室に隠れさせていた五人の刺客（しかく）にクリパールを始末（しまつ）させ、ラージャ王の生死を確認するためでした。

　シャシャーンカ王はアジタ祭司長がラージャ王を蘇生（そせい）させ、クリパールがラージャ王を連れて逃げたのではないかと疑っておられました。」

　ルハーニはラージャ王が生きているかもしれないと聞いて、期待を込めてハルシャ王子を見た。けれどハルシャ王子の顔は曇（くも）っていた。ハルシャ王子は真相（しんそう）を知っていた。

　「クリパール殿はラージャ王を連れて帰ってきたのか！？」

　外務大臣がソミンに尋ねた。

　「いいえ、お一人でした。」

　ソミンが困惑（こんわく）しながらもそうはっきり答えた。

　「では、ラージャ王は一体…！？」

　外務大臣がそう言いかけた時、アニルが口を開いた。

　「ラージャ王のご遺体（いたい）はこのスターネーシヴァラ城にあります。」

　全員がアニルの方を見た。

　「どういうことだ？」

　スバル医薬長が尋ねた。

　「ラージャ王のシーツにまじないをかけていた者がいたのです。そのおかげてご遺体（いたい）は城に戻ってきました。それ以上のことは言えません。」

　ナリニーの正体を知ったスバル医薬長たちはピンと来た。スバル医薬長はそれ以上何も尋ねなかった。けれど何も知らない大臣たちは不満そうな顔をしていた。

　「一体誰がまじないをかけていたのです？」

　財務大臣が尋ねた。

　「言ったはずです。これ以上のことは言えませんと。」

　アニルが突き放すように言った。

　「ラージャ王のご遺体（いたい）は今どこに？」

　農務大臣が尋ねた。

　「葬儀（そうぎ）の間です。式は国民（こくみん）に伏（ふ）せて行います。」

　アニルが言った。

　「アニル殿、勝手に決められては困ります。そもそもあなたにそこまでの権限（けんげん）はありませぬぞ。」

　庶務大臣がオロオロして言った。

　「もちろんそれは承知しています。けれどこれはラージャ王の唯一の肉親ハルシャ王子の同意の上でのこと。それに、この国を守るには考えればそうするのが一番だとご理解いただけるはずです。」

　アニルはそう言うと大臣たちを見回した。大臣たちも今ラージャ王が死んだことを公表すればどうなるか分かったようだった。

　「分かりました。ラージャ王の葬儀（そうぎ）は内密（ないみつ）に行いましょう。」

　庶務大臣が年老いて節（ふし）くれだった肩（かた）を落として言った。庶務大臣は孫のように若いラージャ王を慕（した）っていた。

　「それで、これからどうするのです？あなたは条件さえ飲めばカルナスヴァルナ国から送られてくるであろう数万のカルナスヴァルナ軍を何とかすると仰（おっしゃ）った。一体どのような策（さく）があるというのです？」

　外務大臣が尋ねた。

　「カルナスヴァルナ国に不可侵協定（ふかしんきょうてい）を申し込みます。秘密裏（ひみつり）にラージャ王を暗殺（あんさつ）し、不意打（ふいうち）ちを食らわせようとしたことを考えると、シャシャーンカ王は全兵力を傾（かたむ）けた全面戦争（ぜんめんせんそう）を避（さ）けたいのでしょう。こちらの申し出は受け入れられるはずです。」

　アニルが答えた。

　「王を殺した奴に不可侵協定（ふかしんきょうてい）を申し込むですと！？」

　財務大臣が喚（わめ）いた。

　「わしも賛成しかねる！我々はシャシャーンカ王に一矢（いっし）報（むく）いるべきだ！」

　農務大臣も言った。

　「まだ九歳の子供に戦陣（せんじん）に立てと言うのですか？」

　アニルが冷（つめ）たい声で言った。

　「なにもハルシャ王子が戦陣（せんじん）に立つ必要はありません。兵だけを送れば良いではありませんか！？」

　外務大臣が言った。

　「それでは兵士たちに示しがつきません。このスターネーシヴァラ国では代々、王が戦陣（せんじん）に立って来ました。その慣（なら）わしを破（やぶ）ればハルシャ王子の権威（けんい）を失墜（しっつい）させることになります。ハルシャ王子を飾（かざ）りだけの王にさせる訳には行きません。名実（めいじつ）共にスターネーシヴァラ国の王はハルシャ王子です！」