第三十八章 帰って来たスターネーシヴァラ城

   第三十八章 帰って来たスターネーシヴァラ城

 

 「ここは?」

 ハルシャ王子が部屋を見回しながらそうつぶやくとアニルが答えた。

 「研究塔けんきゅうとうですよ。」

 「研究塔けんきゅうとう?」

 ルハーニの肩からクールマが聞き返した。

 「平たく言えば祭司たちが勉強するところです。」

 アニルが答えた。

 「ほお。」

 クールマはそんなところがあるのかと感心かんしんしている様子だった。


 「さあ、行きましょう。」

 ジェイ警備隊長けいびたいちょうかすように言った。ジェイ警備隊長けいびたいちょうはスターネーシヴァラ国がカルナスヴァルナ国に攻められようとしていると聞いていたので、兵士宿舎へいししゅくしゃに戻って、戦いに備えたかったのだ。


 「待ってください。その前にハルシャ王子に約束していただかねばならないことがあります。」

 ハルシャ王子は何だろうとアニルを見つめた。

 「ハルシャ王子、この円から出て王宮に戻るというのなら、必ず王位おういぐと約束してください。」

 「何だ突然?」

 ハルシャ王子はこんな時に一体何を言い出すのか思った。


 「私は真剣しんけんです。あなたが王位おういぐつもりがないのなら、私はあなたとジェイ警備隊長けいびたいちょうを残し、ルハーニを連れてタール砂漠さばくに戻ります。」

 「ルハーニを連れて!?」

 ハルシャ王子はどういうことだと言いたげな調子ちょうしで聞き返した。

 「私はアニルさんの弟子でしになることになったんだ。」

 ルハーニが横からハルシャ王子に言った。ハルシャ王子は目をぱちくりとさせ、何も聞いていないクールマとシェーシャは互いに顔を見合わせた。


 「どういうことじゃ、ルハーニ!?」

 クールマがルハーニを問いただした。

 「さっきアニルさんと話して決めたんだ。私はもっと自分の力を伸ばしたい。アニルさんはそれに力を貸してくれるって言ってくれたんだ。」

 「これから戦争せんそうが起きようとしている国にとどまるのか?」

 シェーシャが言った。

 「クールマとシェーシャは好きなところへ行って。私はアニルさんについて行く。」

 「ルハーニ!」

 シェーシャはルハーニに突き放されてショックを受けたようだった。


 「はいはいそこまで。それで?ハルシャ王子、約束していただけますか?」

 アニルがルハーニたちの会話をさえぎってハルシャ王子に再び尋ねた。


 「分かった。約束する。僕が王位おういぐ。」

 ハルシャ王子は力強く言った。アニルはにっこり笑った。

 「では、行きましょう。大臣たちにあなたが帰ってきたことを知らせなければ。」

 アニルはそう言って円から出た。


 アニルが先頭せんとうを歩き、その後ろをハルシャ王子と二匹を乗せたルハーニ、二人の後ろをジェイ警備隊長けいびたいちょうが歩いた。

 研究塔けんきゅうとうでは、祭司たちは研究どころではないと見えて、誰にも会わなかったが、王宮に入るところで五人の警備兵に出くわした。五人はジェイ警備隊長けいびたいちょうの顔を見るなりすぐに通してくれた。バタバタした王宮の中に入ると、侍女たちがハルシャ王子の姿に気づいて、あわててどこかへ走って行った。


 「本当にアニルの弟子でしになるのか?」

 歩きながらハルシャ王子がルハーニに尋ねた。

 「うん。」

 ルハーニはうなずいた。

 「戦争せんそうが起こるかもしれないんだぞ?」

 ハルシャ王子はルハーニの顔を心配そうにのぞき込んで尋ねた。

 「うん、でもアニルさんがそれは何とかできるって。」

 「そうかもしれないけど…。」

 ハルシャ王子は万が一ということを考えると心配でならなかった。ルハーニを巻き込むのは気が引けた。


 「ルハーニ、魔術まじゅつを学びたいのなら私たちがいる。別にアニルとかいうあの風の使い手に教わる必要は無い。」

 シェーシャが会話に入って来た。

 「クールマとシェーシャは呪文じゅもんを知っていても、使うことはできない。それじゃ意味が無いんだ。」

 ルハーニははっきりと言った。シェーシャはまたショックを受けたように鎌首かまくびらした。


 「シェーシャ、そう落ち込まず、よく考えてみろ。良い話ではないか。アニル殿はなかなかの風の使い手のようじゃ。アニル殿ならきっとルハーニの才能さいのうばしてくれる。それにスターネーシヴァラ国はなかなかの国じゃ。」

 クールマも会話に入って来た。


 「クールマとシェーシャはこれからどうするんだ?ルハーニと別れてどこかに行くのか?」

 ハルシャ王子が尋ねた。ルハーニは心細こころぼそそうな表情をした。

 「まさか!ルハーニがここにとどまると言うなら私もここにとどまる!」

 シェーシャが即答そくとうした。

 「わしもじゃ。」

 クールマも言った。

 「ありがとう。クールマ、シャーシャ。」

 ルハーニが言った。ほっとしたような表情をしていた。

 「よかったな、ルハーニ。」

 ハルシャ王子も嬉しくなってそう言った。するとルハーニの優しい顔がまたいつもの仏頂面ぶっちょうづらに戻った。そしてキッとハルシャ王子をにらみつけると言った。

 「いろいろとあって、仕方なく君と口を利いたけど、私はまだ君が言ったことに怒ってる。だけど今回だけは多めに見てあげる。君が言ったことは水に流してあげるよ。」

 ハルシャ王子は驚いた顔をしてから、思いっきり顔をしかめた。


 「ハハハハハ!」

 突然笑い声が聞こえた。ハルシャ王子たちの前を歩いているアニルの声だった。

 「失礼。話が筒抜つつぬけけでね。ルハーニは面白おもしろい子ですね。スターネーシヴァラ国の王子にその口のきよう。それも王宮の中で!全く、度胸どきょうがありますね。それでこそ私の弟子でしでにふさわしい。」

 アニルが笑いをこらえて言った。ハルシャ王子は不機嫌ふきげんそうな顔をした。


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