第十四章 シャシャーンカ王の奸計

   第十四章 シャシャーンカ王の奸計かんけい


 ラージャ王一行に用意された部屋には広い応接間おうせつまがあった。そこから六つの部屋につながっていて、どの部屋も広々とした造りになっていた。応接間おうせつまの中央には大きな円卓えんたくがあり、その上に果物くだもの菓子かしたぐいが置かれていた。もちろん不用意ふよういに手をつけるようなことはしなかった。


 一行が部屋に入ってすぐ、カルナスヴァルナ国の文官一人とたくさんの使用人たちがラージャ王たちの荷物を抱えてゾロゾロと部屋に入って来た。

 「お初にお目にかかります。スターネーシヴァラ王。私は文官のチョンドロと申します。使用人や家来けらいをお連れになれなかったとお聞きしましたので、こちらで荷解にほどきまでさせて頂きます。」

 チョンドロはそう言うと、てきぱきと使用人たちに指示を出して荷物をそれぞれの部屋に運ばせ、荷解きをさせ始めた。チョンドロは背の低い若者で、変わった三角帽子さんかくぼうしかぶっていたのでまるで小人のようだった。

 ラージャ王たちは円卓えんたく椅子いすに座って作業が終わるのを待った。ラージャ王は使用人が運んでいる自分の荷物の一つを見て、チョンドロに言った。


 「すみませんが、その箱の中に入っているシーツをベッドの上に広げておいてもらえますか?」

 ラージャ王はシーツが入っている箱を指差して言った。

 チョンドロは一瞬『なぜそんなことにこだわるのだろう?』という顔をしたが、何も思わなかった振りをして、『はい、そのように。』と機械的きかいてきに答えて使用人たちに指示を出した。使用人たちはチョンドロに指示されるときびきびと動いてラージャ王のベッドの上にみずみずしいはすの香りがするシーツを広げた。誰もがもその香りに気づいて驚いた。チョンドロは、ラージャ王はこれを見せびらかしたかったのかと心の中で思った。

 「お荷物はすべてお運び致しました。何かありましたら、扉の前にいる者を呼びつけて下さい。では私はこれで。」

 すべての作業が終わるとチョンドロは早口にラージャ王に挨拶し、最後に祭司全員の顔を見回した。そして、そそくさと使用人をゾロゾロと引き連れて出て行った。


 シャシャーンカ王はすでに晩餐ばんさんを開くはずの場所にいた。そこは大きな長テーブルがあった。この王宮にしては華やかで、明るい雰囲気だった。天井からは水晶のシャンデリアがるされ、壁にかけられた鏡がその光を反射して、部屋全体を明るくしていた。

 「待っていたぞ。サンジャヤ。」

 サンジャヤ大臣がラージャ王たちの案内をし終わってやって来ると、シャシャーンカ王が待ちびていた様子で椅子に座っていた。

 「お待たせして申し訳ありません。シャシャーンカ王。」

 サンジャヤ大臣は一応待たせたことをびた。


 「首尾しゅびよくことは運んだか?」

 シャシャーンカ王はラージャ王たちの様子を知りたがった。

 「はい。」

 「あやしんでいる様子はないか?」

 「ございません。」

 シャシャーンカ王の顔に不敵ふてき微笑みが浮かんだ。

 「良くやった。サンジャヤ。あとは一服盛いっぷくもるだけだ。」

 「そのことですが、その役目を私にお任せ頂けないでしょうか?」

 サンジャヤ大臣が頼んだ。シャシャーンカ王は意外だという顔をした。


 「なぜ急にそんなことを言う?それは他の家来けらいに任せることになっているだろう。もしラージャ王に毒を盛ったと見破みやぶられれば、そなたはわしに切られることになるのだぞ。それを分かって言っているのか?」

 「もちろんでございます。もしもの時は毒を盛ったのは私一人の責任にしてご存分ぞんぶんにお切り下さい。その代わりに私に毒を盛らせて下さい。他の者にはできませぬ。」

 「できないとな。」

 シャシャーンカ王は怪訝けげんそうな表情を浮かべて聞き返した。

 「はい。ラージャ王は噂に違わぬ名君。先程も兵士たちの訓練の様子に目を光らせておりました。おかしな行動を取れば気がつくでしょう。計画ではラージャ王のはいにこっそり毒を盛るということでしたが、もしテーブルの上で家来が毒を入れればそれに気づくでしょうし、あらかじめ毒を仕込んでおいて杯にそそぐ瞬間を見せなければ口をつけないでしょう。そしておそらくアジタ祭司長さいしちょう毒見どくみをしたがるでしょう。アジタ祭司長さいしちょうにもし毒入りだと見破られれば計画は全て水のあわとなります。」

 「ならばどうする?」

 シャシャーンカ王は挑戦的ちょうせんてきに言った。

 「ラージャ王とアジタ祭司長さいしちょうの目の前ではいに飲み物をそそぎます。毒はあらかじめ仕込しこんでおきます。ただしお飲み物の方ではなく、はいの方に。」

 シャシャーンカ王はサンジャヤ大臣の考えていることが分からなかった。サンジャヤ大臣はさらに詳しく説明した。


 「杯は取っ手のついたペルシャのガラス製のものを三つ用意します。一つはシャシャーンカ王あなた様の杯。もう一つは毒見どくみをしようとするであろうアジタ祭司長さいしちょうの杯。三つ目がラージャ王の杯です。

 一つ目の杯には毒を仕込みませんが、二つ目と三つ目の杯にはあらかじめ毒を仕込んでおきます。ラージャ王とアジタ祭司長さいしちょう礼儀れいぎを重んじて必ず右手で取っ手をつかむでしょう。ですから毒は杯の内側、手前側ではなく奥に、それもなるべく上の方に塗っておきます。

 私が杯と飲み物を盆の上に乗せ、このテーブルの上でそそぎます。そうすることによってラージャ王とアジタ祭司長さいしちょうに私が何も入れていないことを確認させます。一つ目の杯、つまり毒なしの杯をまずあなた様に渡し、二つ目と三つ目の杯、毒を入りの杯をラージャ王とアジタ祭司長に渡します。二つの杯の内どちらを取るかは二人に選ばせます。

 それからあなた様が『乾杯かんぱい』と言って率先そっせんしてはいからにします。おそらくあの二人はあなたが飲み込んだのを確認しなければ口にしません。

 私はあなた様に二杯目を注ぎます。その間にアジタ祭司長さいしちょうがさり気なく毒見どくみをします。毒は杯の内側の手前側には塗っていないので一口目は何ともありません。ですからアジタ祭司長さいしちょうはラージャ王に毒はないと教えます。

 ラージャ王も杯に口をつけます。ラージャ王も一口目は何ともありません。しかし、二口目はそうはいきません。あなた様はラージャ王が二口目を飲む時、『この飲み物は大変香りが良い』とでも言ってご自分の杯をらしてください。そうすればラージャ王も同じようにするでしょう。

 毒は杯の内側、それも手前ではなく奥の上の方に塗ってあります。杯を揺らせば液体が毒に触れてけ出します。ですから一口目は何ともなくとも、杯をらして毒が溶け出した二口目を飲めば、ラージャ王は間違いなく死にます。」

 サンジャヤ大臣はそう説明し終わった。


 「何とも見事な計画だ。サンジャヤ。だがもし、二口目をアジタ祭司長さいしちょうがラージャ王より先に飲んだらどうなる?間違いなく見破られるのではないか?」

 シャシャーンカ王が指摘してきした。

 「その心配はありません。飲み物を酒にしておけば。」

 サンジャヤ大臣は全てを見通しているように言った。

 「アジタ祭司長さいしちょうは神にえる身。一口飲んで、ただの酒だと分かればそれ以上口にはしません。」

 シャシャーンカ王の目が興奮こうふんしてらんらんとかがやいた。

 「さすがは大臣。見事だ!完璧な計画だ!よし、全てそなたに任せよう。ハハハハハ。」

 シャシャーンカ王は嬉しそうに豪快ごうかいに笑い声を上げた。


 そこへラージャ王たちの荷物を運び終わったチョンドロがやって来た。チョンドロは扉の向こうから声をかけた。

 「失礼致します。チョンドロでございます。」

 シャシャーンカ王は扉の方に目を向けた。

 「入れ。」

 するとチョンドロは中に入って来た。チョンドロがシャシャーンカ王の前に進み出てくると、サンジャヤ大臣が尋ねた。

 「荷物の中に不審なものは?」

 「ありませんでした。」

 チョンドロにとって驚くほどみずみずしい香りのするシーツは不審ふしんなものではなかった。

 「テーブルの上のものに手をつけていたか?」

 「いいえ。」

 「やはり警戒しているようですね。」

 サンジャヤ大臣はシャシャーンカ王に言った。シャシャーンカ王はうなずくと、意味ありげに自らチョンドロに尋ねた。

 「あやつはどうしていた?」

 「特に変わった様子はありませんでした。」

 シャシャーンカ王はそれを聞いて安心した。

 「ご苦労であったチョンドロ。もう行ってよい。」

 「はい。」

 チョンドロは部屋から出て行った。シャシャーンカ王は鋭い眼をサンジャヤ大臣に向けた。

 「サンジャヤ、そろそろ兵を配備してラージャ王を呼んで参れ。」

 「はい。計画通りラージャ王を殺した後、宿舎しゅくしゃにいるスターネーシヴァラ兵と文官ぶんかんたちをおそえばよいのですね?」

 「そうだ。誰一人、生きてこの城を出すな。」

 「かしこまりました。」

 サンジャヤ大臣は重大な使命しめいびて部屋から出て行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る