第13話 ダンジョン攻略
11 ダンジョン攻略
やがて魔法の迷宮も30Fを走破した。サナによればここらが頂上らしい。
つまりクリスタルもここにある。
気になるのは冒険士たちのことだ。救助隊と同じくどこかで倒れているだろうと思っていたが彼らの姿は見かけなかった。つまり、最上階にいるということだ。
この階からはまたダンジョンの内装が変わった。薄白い霧は、ときおり光を放つ。その明かりを頼りに進んでいく。
通路のさきに人影が見えた。怪我をしているのか座って壁にもたれている。
「オッサン! だいじょぶワヌ!?」
駆け寄ってみるとそこにいたのは街で会ったあの男性だった。たしか娘を探しにきたとか言っていた。
ひとりでこの階までやってきたのだから大したものだ、自分で大物だと言うだけのことはある。
「た、たのむ。娘を……たすけてやってくれ。冒険士になるのを許しておいてなんだが……やはり心配なんだ」
男は俺の肩に手をのせ言う。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「まかせておくワヌ。絶対助けてやるワヌ」
力強く言うフォッシャの横で、「そうだよね……」とつぶやくサナ。その目からはなにか意志が固まったかのような決意が見て取れた。
「ああ。はやいところ助けないと」
言いかけて自分の頭をおさえた。立ちくらみがして、気分も変な感じだった。
「エイトくん、だいじょうぶ?」とサナが心配そうにのぞきこんでくる。
「……早く終わらせよう」
霧の中を進むと大広間にでた。中央は床が浅く沈んでいて、まるで大きな劇場のようなスペースになっていた。
そこに目当てのオド結晶はあった。暗闇のなか薄紫によどみ光る巨大なオド結晶。クリスタル。見たものを魅了する妖艶な輝きを放っている。
取り憑かれるようにその怪しい光に見入ってしまったが、同時に奇妙で衝撃的なものも視界に飛び込んできた。
「これは……」
思わず息をするのを忘れた。[オド結晶が人間を取り込んでいる]。
冒険士だと思われる彼らはまるで水中で眠っているようだった。氷漬けになった古代生物のように、結晶のなかで意識を失っている。
この巨大な岩みたいなクリスタルは、売ればどれほどの値段になるか想像もつかない。それが目の前にあるが、嬉しさなどどこかへ吹っ飛んでいた。おぞましさしか感じなかった。
「オドパージナル……」とサナがつぶやく。俺たちが身じろぎひとつできずにいるなかで、彼女はひとり結晶へと歩み寄り手で触れた。
「これを求めてきた冒険士たちが大勢行方不明になっているのは、クリスタルが強力すぎて取り込まれてしまっているから」と彼女は言う。
たしかに冒険士たちは怪我もなければ衰弱している様子もない。あまりに強大なオド結晶の力の効果を受けつつもそのせいで気絶しているということなのだろうか。
そのなかには若い女性の冒険士もいた。彼女が例のスベンディーアとかいう高名らしい冒険士か。それほどの人物さえこんなことになっているとは。俺たちにどうこうできるのか。
結晶のなかにあった1枚のカードが光りそのあたりに亀裂が入る。すると鋼のような金属質の骸骨があらわれ、あとから現れた黒いローブをまとってこちらへと近づいてきた。
「気をつけて」
サナに言われるまでもなく俺はカードをかまえる。まるで死神のような姿の敵は、いままでのウォリアーとはちがい自身でカードを召喚してきた。こういうタイプもいるのか。
通常、ヴァーサスと呼ばれるこの決闘方法はオドシーンにカードをセットしそれらを魔法や召喚のコストとして戦うルールだ。魔法には使い切りタイプとトリックレーンに常駐しておけるタイプがある。
基本的にはオドシーン、つまりオドの削りあいが勝負の肝だ。ウォリアーもしくはオドシーンにカードがない状態でダイレクトアタックが成立、2回成功で勝利。ボードルールではそうだが、リアルファイトだとまた微妙にちがう。強力なウォリアーの一撃で勝負が決まることもある。
と言っても俺もまだよくルールはわかっていない。なにせ今つかってるデッキも審官とテネレモ以外は9割がサナの貸してくれたカードで構成されている。
敵は老練そうな魔法使いと、ブラックホールのような黒い空間から顔をだしている獣のウォリアーを召喚してきた。ヨッゾによればあれは『ダンジョンモンスター』と呼ばれる類のカードらしく、あの黒い空間をつかって自由自在な場所から突然出現してくるらしい。
カードが散発的に襲ってきただけの今までの戦いとちがい、骸骨の指揮のもと統率された動きで間合いを詰めてくる。意思疎通ができているのだろう、おそらくカードゲームのように頭をつかって考えて戦わなければやつを倒すことはできない。
「アシストは任せろ。俺がお前らのプレイヤーになる」
前線で魔法をつかって戦う救助隊メンバーやヨッゾ、フォッシャたちにたいし俺も持てる手札すべて使ってサポートする。
直接的な魔法の戦いであってもカードゲームと同じだ。先に崩れたほうが負ける。こちらもアクスティウス、オクトロを召喚し一転攻勢に出た。慎重に状況を見極めて場を整える。
魔方陣による束縛系のトリックカードでダンジョンモンスターの素早い動きを封じこめ、撃破した。やがて鋼の骸骨は分が悪くなったと見るとすぐに新たなウォリアーを出してきた。どうやら切り札を引いたらしく、騎装した大型の獣がオド結晶の上に姿をあらわす。
「あれは……アフハーク」
「知ってるのか、サナ」
「昔ウワサで聞いただけだけど、たしか冥界の龍騎と呼ばれたほど戦場で猛威をふるったとか……」
昔? ウワサ? 彼女の言葉は気になるが、いまはゲームに集中しないと。厄介なカードなのはおそらくたしかなんだろうからな。
サナの言うとおりアフハークはおそらく相手の敵のエースカードだった。今まで見たことがないほどにめざましく強かった。
もともとのカードとしてのスペックが高いのだろう。こちらの一回の攻撃をしかける間に、大剣の二刀流で2体分を制圧してくる。オクトロ、アクスティウス、救助隊がやられた。さらに特殊な効果も持っているのか、攻撃のたびにこちらのオドシーン1枚と手札1枚を破壊される。火力だけじゃなく硬さもあり、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つついていない。
だが強力なカードがあるのは向こうの専売特許ではない。
「どうするだぎゃ、エイトどん!」
たしかにあのカードは強い。でも強さにも色々ある。相手が強ければ強いほど輝くカードもある。
が、また立ちくらみがした。一瞬聴覚をうしない、サナがこちらを見て心配そうになにか叫んでいるのがみえた。
俺はどうにか口をうごかして大丈夫だと伝え、頭のなかの考えを明確にするため呪文のように言葉を発し続ける。
「オクトロの効果発動。このカードが墓地へ送られるときオドシーンより1枚カードを手札に加えることができる。それをそのまま使う……。トリックカード【無謀なチャレンジャー】。このカードは敵の攻撃力が最も高いカードを対象とし、その数値が高ければ高いほど発動プレイヤーはドロー枚数を増やせる。俺はデッキから5枚をドロー。さらにトリック【禁書目録】を発動。デッキからウォリアーを3枚除外する代わりに1枚魔法を選び発動する。俺がえらんだのは【インフェルノへの投獄】。3ターンの間対象ウォリアーを墓地へ幽閉する! 墓地に送るのは……アフハークのカード!」
オクトロの2番目の効果、つまりアドバンススキル【タコツボの遺産】を起点とする名づけるならオクトパスコンボ。そのひとつとして考えていたコンボが見事に状況にハマった。
結闘形式ではカードゲームのようにドロー&リリースが基本であり、いきなりポンと好きなカードを出すことはできない。ある程度手札を貯めてそのなかでどうにかやりくりする必要がある。結闘はお互いが宣言することで本来成立するらしいが今回は強制的にこうなった。
だがその条件は相手も同じだ。エースカードを封じられればそれは同時に一転ピンチに転げ落ちることを意味する。
「サナにカードを貸してもらって……デッキを思いついたときからこのコンボは使えると思ってた」
「エイトくん……」
サナは不安そうにこちらを見つめていた。よっぽど今の俺が憔悴しているように見えるのか。
鋼の骸骨は即座にサイクロプスに似ているが二つ目の大型人獣のウォリアーを繰り出してきた。パワーはあるがアフハークに比べれば脅威ではない。
アフハークにオドシーンのほとんどを割いた影響で、相手の陣地は薄い。あとはこちらはもう一気に押し込むだけだ。
当然そうするはずだった。そのはずが――
「トリックレーンをヨッゾに……」
そういいかけたところで意識が遠のいた。そして、持っていたカードが指からこぼれ落ちる。
手に力が入らない。まるで握力がなくなったかのように、あるいは自分の手の感覚さえない。
「なにやってんワヌエイト!」フォッシャが怒号をとばす。
「わ、わからない……カードが持てない……」
なにが起きたんだ。魔法をつかわれた形跡はなかった。
ただとにかく床に落ちたカードを拾おうにも、肝心の手が動かないことにはどうしようもない。俺はただぴくりともしない自分の手のひらを見つめるばかりで、苦しいことに戦えなくなった。
「だ、だめだ。サナ、俺の代わりにカードを引いてくれ」
サナはとまどいながらもカードを拾い上げそれを使う。魔法によって出現した武器を手に、ヨッゾが骸骨と人獣もろとも打ち砕いた。
骸骨の体が黒い煙となって消えていく。勝負はついたかに思えたが鋼の骸骨はそこでとどまり、みるみる巨大化して蜘蛛(くも)に似た化け物に変身した。
不可思議なことだった。このカードゲームはオドという魔力を実際に使って戦い、オドライフを削りあうのがルールだ。すぐには力は戻らない、つまり一度勝負に負ければしばらくは再起不能のはず。
あのオド結晶がなにか関係しているのか。考えている間に蜘蛛は青い鎧を着た奇妙な外見のモンスターを召喚し、襲い掛かってきた。こちらの攻撃は鎧のウォリアーのロウソクを使った魔法によってかきけされ、蜘蛛の吐いた糸によってヨッゾ、フォッシャが敵にとらわれてしまった。
「オドは削りきったはず……」
「あのクリスタルのせいだね」
隣にいたサナは、俺の手にカードをもどして言う。「ごめんエイトくん、冒険士たちを助けてって言ったけど……依頼を変えるね。このクリスタルを破壊して。これがある限り冒険士たちが犠牲になり続ける。この塔を封鎖すればいいと思っていたけど、もうこんなことはあっちゃダメだと思うから……」
彼女の話はわかった。クリスタルのために元々はここにきたが、こういう状況ではしかたない。
やるべきことはわかっている。しかしどういうことか、カードそのものが俺から離れていくような感覚がする。
「だめだ……サナ」
俺は持っていたカードをすべて床に落とし、呆然となってつぶやく。
「カードのことを考えられない……考えたくない」
もはや体が言うことをきかないとかではなく、病におかされたかのように意志がカードを拒んでしまっている。
暗い感情だけがある。今までカードをやってきてここまで鬱になるようなことはなかった。
魔法を放棄したためにこちらは無防備になり、すかさず蜘蛛が強靭な糸を飛ばしてくる。隣にいたサナの手と足は縛られ、蜘蛛のほうへと吸い寄せられていった。次には青い鎧のモンスターが床の岩盤を魔法で剥がし、こちらにぶつけてきた。そのスピードに俺は避けることもできず後ろの壁まで吹き飛ばされ背中を強打した。
それでもカードを取ろうという気は沸かなかった。ここから逃げないと。そんな感情だけが心を支配して、ほかはなにも考えることができない。
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