第14話 買えない宝物
12 買えない宝物
痛みに耐えながら地面を這ってきた道を戻ろうとする。とにかくいまはここを離れなければ。あとのことはそれから考えればいい。
「エイトこらあ! なにやってるワヌ!」
フォッシャがうしろで怒鳴る声がきこえる。でももう俺にもどうしようもない、心が戦えなければカードを持てるわけがない。
サナとフォッシャはなにか相談をはじめる。
「魔法でやられてる。いま彼の心はいつもとはちがう選択をとっている……」
「ムムム……こういう時は……」
「フォッシャにも、なにか力があるんでしょう」
「いや、エイトがよく言ってるワヌ。逆に考えればいいアイデアがひらめくって」
「逆に……?」
「そっか! あのカードを使ってないからおかしくなってるとしたら!」
立ち上がって壁に手をついたとき、光が俺のからだのまわりを囲い、生まれ変わったかのように活力がみなぎってきた。
――これは、【精霊の祝福】!
さっきまでこのカードの効果によってフォッシャ、ヨッゾたちの自我は保たれていた。今のこっているのが俺だけならそちらに使うほうが有効だ。簡単なことだがよく気づいてくれた。
「よくやったフォッシャ! あとはまかせろ」
精霊の祝福を受けた状態では敵の動き、まわりの状況さえスローに見える。青の鎧のモンスターがなにか魔法を使うと俺がいるあたりの石畳の床に亀裂が入り、次には崩れ落ちた。
とっさに『海原(うなばら)の守護チェスタギア』を召喚し、彼の背に乗って宙を飛び生還する。あのまま落ちていたらさすがに死んでいただろう。
蜘蛛による糸、岩盤飛ばしの追撃がきたが自分でもわかるほどに集中力が高まりすぎており一寸の動揺も感じなかった。ただ冷静に使うべきカードを使う。
チェスタギアのスピードでは俺を乗せたままで敵の猛攻を避けきることはできないだろう。だから避ける手段が必要だ。発動するカードは、【ソードダンス・エアリアル<空中剣舞>】。剣を自在に飛ばし操る魔法。俺は剣を抜いて天井へと飛ばしそこに突き刺した。剣の柄には魔法の縄をくくりつけてある。それを引っ張って、振り子の原理でチェスタギアの背を蹴って宙を滑る。
こちらの狙いはクリスタルだ。やつらを倒すにはオド結晶の効果を断ち切るのが先決。敵の頭上を越えてその後方のクリスタルの近くへと飛び、先回りしていたチェスタギアの背に着地する。
この大岩のようなオド結晶を壊せば冒険士もサナたちも助けだせる。この秘宝を壊すのに迷いは生じるがもうほかに方法はない。
しかしチェスタギアの水の魔法で攻撃するもわずかにオド結晶にヒビが入っただけだった。俺の意図を読んでいたのかは不明だが敵の対応は予想よりも早く、またあの青い鎧の魔法かこちらの地面を隆起させてきた。天井で押しつぶさんとするばかりの勢いで床がタワー状にふくらみ、俺とチェスタギアは後方に飛び下がらずを得なかった。
蜘蛛と鎧はクリスタルを守るようにして前にでて道を阻む。
「エイトくん、おねがい……」
サナが泣くような声で言うのが聞こえた。
「魔物でもヒトでも、だれかを愛する気持ちはおなじ。彼らのため、友だちのために……カードを切って」
俺はただだまってカードを引く。
チェスタギアの効果で、手札を1枚交換する。ただしデッキからではなく、フォッシャの手持ちからだ。
ピンチを切り抜けるには逆転の発想が必要になる。俺が交換するのは【精霊の祝福】のカード。
切り札の『宿命の魔審官』を召喚し、俺が受けていた精霊の祝福の効果をチェスタギアと審官にあずける。二体の強化された魔力による攻撃は敵を貫いてオド結晶にぶつかった。
しかし同時に放たれていた蜘蛛の糸によって【精霊の祝福】は縛られ、そのまま破れてしまった。オドの破片となったカードはもう使えない。
クリスタルが粉々に砕け散っていく。光の粒が空中へと溶けていき、みるみる輝きを失っていく。
敵も消え、ただのカードへと戻り床に落ちた。ダンジョンに満ちていた霧が晴れ、ヨッゾたちも糸から解放される。
自由になるなりフォッシャがいの一番に駆けつけて、俺の肩に飛び乗った。
「助かったよ、フォッシャ」
へへっと得意げに笑うフォッシャとハイタッチを交わす。
しかしふと気がつくとサナだけ姿が見えない。さっきまでいたはずなのに。
何が起きているのかわからないまま彼女の名前を口にする。
「サナ……?」
呼びかけに応じるかのようにクリスタルの粒、オドの破片が集まって彼女の姿を構築していった。だがその姿はもはや人のそれではなく、肌は透き通りオドと同化していた。
俺たちが言葉を発せずにいると彼女は苦しそうに笑って、
「なんて言ったらいいかな。私はこの島の精霊なの。魂みたいな存在。もともとこんな特別なちからはなかったけど、このクリスタルが与えてくれた。強力すぎるちからを……」
精霊、だって。口の中で俺はつぶやく。唖然となるしかなかったが今思えば彼女はどこか普通のヒトとは違った。
「憧れだった世界を冒険できた代わりに、こんなことになっちゃったけど……ワガママだったかもしれないけど……素敵な友だちに、会えてよかった」
サナは目に涙を浮かべてそう言い、フォッシャと俺を抱きしめた。その感触はあたたかく女の子に抱きつかれて嬉しい反面、なにか悲しかった。
「また会えるさ」
「うん」
サナはやさしく微笑む。
ヨッゾもおどろきつつも敬意をもった態度で彼女に語りかけた。
「さよなら、っていうのも変だぎゃね」
「ううん。この島のこと、よろしくね」
しずかにうなずくヨッゾ。
彼女はその言葉を最後に、オドの破片とともに消えていった。
空は晴れ、このナサイア島とも別れのときがやってきた。
「色々ありがとうヨッゾ。じゃあ、いくよ」
朝早いのにヨッゾが見送りにきてくれた。ダンジョンのなかではすこしおかしくなってた時もあったけど、彼は終始いいやつだった。
――しかしそのヨッゾはなにか動物の鳴き声のようにギャンギャン吠えるばかりで、ちっとも言葉を発しなくなってしまっていた。
「なに言ってるんだ? 新しいギャグか?」
「エイト……」
困惑したフォッシャの表情をみて、俺は察した。精霊の祝福によって俺は魔物の言語を理解していた。いまはそれがないからもうヨッゾと会話することはできない。
「ってそっか、もう精霊の祝福がないから……」
ダンジョン最奥での戦いで、精霊の祝福は破られてしまっている。限界を越えるダメージを受けたカードは、元にはもどらずオドへと消えてしまう。
「ヨッゾはなんて?」とフォッシャに通訳を頼んだ。
「『しばらくまだ冒険士たちが島にくるかもしれないから、それを追い返してやろうかなと思う。もうクリスタルはないってね。ま、来てくれるだけでも島にお金が落ちてくれるから助かるけど、だますのもなんか悪いしさ』……って」
「そうか。お前らしいな」
ヨッゾはまたなにかゴニョゴニョと言う。
「『おみゃーらはどうすんの?』だって」
「そうだな……。どうおもう、フォッシャ」
「カードが導くままに、ワヌね」
うなずいて、ヨッゾのほうを見た。あんなに意思疎通できていたのが嘘のように、今彼がどんな気持ちでいるのかその表情から読み取ることができなかった。前の彼とのやり取りを思い出すと、なんとなくだが彼はすこしさみしそうに微笑んでいるように思えた。
彼はなにか手のひらサイズの木箱を手渡してきた。それをこちらに渡したあと、なにか言って手をさしのべてくる。俺はその手をとって握る。
「ああ、友だちだ」
ボロい船へと乗り込み、港をあとにする。
一足先にオドから解放された冒険士たちはギルド本部の回収部隊によって運び出されている。彼らに任せておけばだいじょうぶだろう。
クリスタルはけっきょく伝説に終わったが、助けた冒険士たちからあとでたっぷり謝礼はもらえるはずだ、たぶん。
ふりかえると来た時とおなじあのナサイア島が見えた。魔法で進む船からは、その島はどんどん小さくなっていくように感じる。
サナはこの島の精霊だったのか……。不思議なもんだな、カードの世界ってのは。
眺めていると、フォッシャが肩に乗ってきた。
ヨッゾからもらった木箱をあけてみる。なかには1枚のカードと、なにか書かれた紙が入っていた。
『ふたりの最高の冒険士に幸おおからんことを』
フォッシャと笑いあう。
カードはあの島で撮ったメモリアルカードだった。俺たちとヨッゾ、サナが並んで写っている。
サナの約束どおり彼女が残してくれたカードは今は俺が持っている。ただのカードではなくそこにはなにか特別な感情がある。
このメモリアルカードは当然魔法としては何の役にも立たない。だけど大切に思う。
金で買えないカードにこそ本当の価値があるのかもしれないな。
クリスタルハンター編 TURN END
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