第7話 秘境ナサイア島


5 秘境ナサイア島


 船の上から、大海原がひろがっているのが見える。どこまでも海水と空だけがあり、まさしく壮大な世界が続いているのを感じさせる。


「海はひろいね……。この広い世界には、私たちの知らないことがまだたくさんあるんだよね」


 と、サナは遠い目で言う。


「俺にとってはふしぎなことばっかりだけどな」


「じゃあ、ここでもきっと冒険が待ってるよ」


 そういうサナは微笑むようで、どこか決意を秘めた表情をしていた。

 魔法で動く無人の船に揺られて、一匹とふたりで大きな離島へとたどりついた。フォッシャは俺の肩に乗って、ふたりでサナのあとをついていく。


「ここがナサイア島だよ。船で話したとおり、ここにダンジョンがあるの」


「ダンジョン……」


 言葉自体は知っているが、くわしくはよくわかっていない。


「わかりやすくいえば、オド結晶がたくさんある場所のこと……かな。むかしはそれでダンジョンのなかじゃ奪い合い、争いがたえなかったけど、いまはそんなことはないから安心して」


 彼女の話に俺は小さくうなずく。


「それよりワクワクしてきたワヌ! すっごいクリスタルを自分たちのものにできたら、一生遊んで暮らせそうワヌよね! 一日におやつの時間が3回くらいできそうワヌ」


「たしかにちょっと期待しちゃうよな」


「フォッシャちゃんは、食べ物のことばっかりだね」


「そ、そんなことないワヌ! フォッシャは呪いのカードを回収して、世の中に平和をもたらすという使命が……ゴニョゴニョ」


 サナに笑われて、必死に説明するフォッシャ。


「呪いのカード?」とサナは首をかしげる。


「なんか危険なカードのことらしい。もともと俺は、フォッシャのその目的を手伝う代わりに冒険士として組んでもらってるんだ」


「へえ。すごい話だね。じゃあ今回の仕事も、期待してるよ」


「まかせとくワヌ! フォッシャとエイトに不可能はないワヌ!」


 言いすぎだろ……ふつうに。

 やがて目的の島へと到着し、上陸する。船着場から港街に出てすぐに唖然となった。

 おどろくべき光景があった。おもわず自分の目、あるいは常識をうたがうほどに。


「なんだこれ……」


 魔物が、モンスターが、労働者のように道路工事に従事していた。働いて、街を形成している。

 どういうことなのかわからなかったが、たぶんこの港をつくったのも彼らなのだろう。つまり文明がある。

 ラジトバウムの森でもモンスターたちが独自の住居をもったり、文化をもっているのは知っていた。だけどここまで高度な世界があったとは。いやあきらかにおかしい、こんなところがラジトバウムにもあるならさすがに冒険士の誰かが知っているはずだ。でもこんなのは聞いたことがない。


「だいじょうぶ、いこいこ!」


 明るく笑って、サナは俺の腕をつかんで先へいこうと引っ張る。


「レッツゴー!」


 フォッシャもノリノリで、俺の肩のうえで拳を天につきあげる。


「ええ!?」


 とまどってるのは俺だけなのか。知らなかっただけで、世界全体で考えるとこれくらいふつうなのかもしれない。


「おーおー。こりゃめずらしいだぎゃ。あんたら旅人だべな」


 売店のようなところにいた青色のカエルをかわいらしくしたような生き物が、したしげに話しかけてくる。


「え!?」


 俺はとつぜんのことにリアクションもとれず、ただただ固まる。

 ほかにもわらわらと魔物たちが集まってきて、まわりをかこまれてしまった。


「おいおい人間がいるぜ」と、そのうちの一体が言う。


「も、モンスターが……しゃべってる……!?」


 衝撃だった。いままでこんなことはなかった。魔物がヒトの言葉をしゃべってる?

 よく聞いているとラジトバウムで使われている言葉とは違うことに気づく。

 この世界全体に流れているというオド。そのエネルギーは生物にも影響を与える。いわゆるそのオドの加護によって俺は人の言語を理解することができる。

 でも今まで魔物が喋ることさえ知らなかった。なぜ、いまになって魔物の言葉がわかるようになっているんだろう。



「そりゃしゃべるじゃろ」


「なんじゃこいつ、ケンカ売ってるでごわすか」


「田舎者じゃからとバカにしとるんとちゃいますけえの」


「そりゃ許せんでのう」


 モンスターたちはそれぞれ種族はちがうようだが、知り合いのように会話している。

 俺の言葉がなにかしゃくにさわったようで、モンスターのうちの何体かはこちらをにらみつけてきた。


「いやいや……ええ?!」


「そっちの珍獣も仲間か?」


「珍獣……!? ききずてならんワヌ!」


 ガラの悪そうなやつの言葉にフォッシャはカチンときたらしい。肩から降りて、犬のように威嚇ポーズをとった。

 当然そうなれば向こうも身構える。モンスターたちがカードをかまえて具現化させ、棍棒などの武器を手に持つ。そして怒号をまきちらしながら鋭い目つきでせまってきた。

「なんだやんのか!?」「おらあいくぞ!」「チェスト都会っ子ぉー!!」


 襲い掛かってくるモンスターたち。フォッシャも負けん気が強いので、引き下がらない。


「本気でいくワヌ!」


「なわけねーだろ! 逃げるんだよ!」


 サナの手をひき、フォッシャの首根っこをつかまえてその場を逃げ出す。

 だがモンスターたちはさすがにすばやく、回り込まれてしまう。


「あやまらんと逃がさんぜ~」


 一匹がそう言う。そして数体で、こちらにとびかかってきた。

 しかし、俺の所持しているカードが勝手に発動し顕現した。あの感覚だった。体にオドが満ちて、集中力が瞬間で最高潮に達する。【精霊の祝福】

 モンスターたちの動きはスローモーションに見えた。なんなくフォッシャとサナをつれたまま彼らの隙間をぬって通貨する。

 路地裏に逃げ込んださき、さっきの青いカエルが小屋の戸をあけてこちらを見ていた。


「旅人さん! こっちだぎゃ!」


 どうするか考える時間もなく、誘導されるがまま建物のなかに身をかくす。

 机の裏にかくれながら窓のほうを見る。さっきの連中は俺たちを見失ったようで、通り過ぎていった。


「あんな失礼なこと言ったらそりゃ怒るべよ」


 青いカエルは、やれやれとあきれる。


「ありがとう」


 とりあえず礼を言う。彼がいなかったらめんどうなことになりそうだった。


「ま、ひとまず挨拶しておくべか。わてはヨッゾ。仕事はいろいろやっとる」


 彼は礼儀正しく自己紹介をしてくれた。


「俺は……スオウザカエイト。いちおう冒険士。こっちは相棒のフォッシャ。依頼人のサナさん」


「よろしくワヌ!」


「たすかりました」


 ひととおり挨拶が済んだところで、


「ふむふむ……ウェルカムトゥーザモンスターアイランド!」


 突然ヨッゾは大声をだして、変なポージングをキメてそんなことを言った。


「え?」


「ウケた?」とヨッゾは目を輝かせてきいてくる。


「いや……」


「あ、そう……」


 おちこませてしまったようだ。でもリアクションのとりようがなかった。さすがにそのノリにいきなりは合わせられない。


「冒険士ってことは、やっぱりダンジョンのうわさをきいてきたの?」とヨッゾがきいてくる。


「うん。まあ正確にいえば……」


 ちらっとサナさんをみる。「だいじょうぶですよ」と彼女がいうので、話をつづける。


「ここで行方不明になった冒険士たちも探してる。なにか知らない?」


「あー、そうなんだよねえ。みんなで捜索してるけどぜんぜん見つからなくて。だから危ないんだよなぁ。まあでも、力になれることもあると思うだぎゃ。そうだ、いきなり迷子になったらよくないし、わてが案内してやるよ」


「本当に? 助かるよ、ヨッゾ」


「あんたらみてるとなんかほっとけねーんだよな。あぶなっかしくてよぅ」


 ヨッゾはいいやつっぽいな。よかった。



 街に出るとやはりモンスターだらけだった。いやもはやモンスターと考えるべきじゃないか。異種族の生き物、異文明の住民だ。

 この島やこの街についてヨッゾが教えてくれる。食事はどこがいいとか、そんなことを。住民たちの目は多少気になるが、俺はそのうしろでサナに気になっていたことをたずねる。


「もしかして、魔物の言葉がわかるようになったのって……」


「うん。精霊の祝福のちからだね」平然と言うサナ。


「これもそうなのか」


「オドの加護自体がましてるから。ある意味いまのエイトくんは精霊なみの力があるわけだね」


 笑顔でそんなこと言われても、すぐに飲み込めるわけがない。てか精霊ってなんだよ。


「そんなカード、どこで……」


 質問の途中で、視界に見慣れたものがとびこんできて言葉をとめる。


「ここにもカードショップが」


 店の中で、異種族たちがたのしそうにカードゲームであそんでいる。ラジトバウムでみるのと変わらない光景があった。


「おお、エイトどんはカードゲーマーかい?」とヨッゾが声をかけてきた。


「あ、いや……まあでもそんなところかな」


「いいねえ。カードゲーム。熱いよねえ。カードバトル」


「ヨッゾはやるの?」


「わては見る専、見る専門だよ。あんまり自分でやろうとは思わないかな、本業でいそがしいし……」


「本業?」


「聞いてくれるかい」


「あ、いや、別に無理には」


「いや、実はわてはお笑いやユーモアを研究していてね。種族がちがえばウケるジョークもちがうけど、ヒトも笑わせたいんだよね」


「ユーモア」


 ヨッゾと話していておどろかされるが、魔物にもこんだけ個性があるんだな。フォッシャや、人間と変わらない。


「フォッシャの友だちの女の子は、よくダジャレを言ってるよ」とフォッシャが俺の肩の上で言う。


「だじゃれ?」


「ふとんがふっとんだとか、そんなの」


 それと聞いたとたん、ヨッゾは自分の口をふさいで、ぷるぷると震えだす。


「ふ……ふとんが……ふっとんだ……!? ぷっ、ククククク……!」


「あとは、カレーはかれえとか」


「カレーは……! コココ……! ごほふ……! すごいギャグセンスだ! 勉強になるなあ」


 な、なんか残念なかんじのセンスだと思うが……まあ本人がウケてるならいいか。


「エイトどんら、宿はどうするの? 決まってないならうちを使いなよ」


 そうヨッゾが言ってくれる。フォッシャと顔をみあわせてから、お言葉にあまえることにした。



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