第5話 怪しい依頼


3 怪しい依頼


「おはよう、フォッシャ」


 朝おきて、寝ぼけたまま洗面台へ向かう。


「おはよう」


 一瞬だれかと思いおどろいた。しかしすぐに思い出す。

 台所に立っている少女はあの珍獣フォッシャと同一人物だ。いつもは流しているのに髪型をポニーテールにしていたからだれかわからなかった。

 詳しい事情はしらないがフォッシャはこういう体質らしい。昼は獣、夜は少女ときた。


「朝なのに、人の姿だ……」


 あまり女性と接点のない人生を送ってきたから、朝起きて部屋にかわいい女の子がいたらそりゃおどろく。


「自分である程度変えられるんだよ。いつもの姿じゃ料理しにくいし」と彼女は教えてくれた。


「そうなんだ。だれかと思った。まだ慣れないな」


「やっぱり女の子の姿だと、エイトってあんまり目を合わせてくれないよね」


「そうか?」


「きょうはヘルシーに山菜の朝ごはんだよ」


「作ってくれたのか。ありがとう」


 なにかフライかてんぷらのようなものを作っているらしかった。魔法によって自動で食器がうごいて、どんどん料理ができあがっていく。


「調理カードを買ったでしょ? さっそく使ってみたくて。きのうジャングルを回ってるときに、食べられそうな野草をあつめておいたんだ~」


「ちゃっかりしてるな」


 食卓をかこんで、朝ごはんをいただく。山菜はとてもおいしく、特にスープは寝起きの体にはまるでしみこむようだった。


「トーストにバターもいいけど、こういうのもいいな」


「なんかこうしてると相棒っていうより、あれみたいだよねぇ」と、いきなりフォッシャは笑う。


「ああ……えっと、兄妹?」


「私がおねえちゃんね。ってちゃうちゃう、そうじゃないでしょ」


「はは」



 集会所に寄ると、受付のマイさんがいつもより一際大きな声であいさつしてくれた。


「あ、エイトさん! おはようございます~」


「こんにちは。なにか用があるって連絡くれましたけど、どうしたんですか」


「依頼の指名が入ってるんです」


「指名? おれたちに?」


「はい」


 わざわざ俺たちに頼みたいなんて、どうにも信じられない。おもわず変な笑いが出てしまった。

 ちゃんちゃらおかしい話だ。俺たちはルーキーだし大した実績もあるわけでもない、いったいなぜ。よほど依頼人は変わってるのか。

 でもマイさんは嘘をついているようにはみえない。はっきりと依頼の指名があると言っていた。


「すみません、今日はカードをゆっくり見たいんでまた今度にしといて下さい。だれかほかのひとを……」


「いやもうそこに来てるんです~」


 ことわるとマイさんが困惑の表情をうかべ、俺たちのうしろのほうを見た。

 そこにはひとりの女性が立っていた。初めて会う、どこか気品のある若い女性だった。

 あまり見慣れない柄の水色のスカートを着ていた。それがよく似合っていて、魅力をひきだたせているように思える。


 俺たちはとりあえず部屋の隅っこのテーブルで話し会うことになった。彼女は椅子に座るなり、こんなことを言った。


「こんな話はご存知ですか? 遠い海の果てにある島には、ココロがあった。しかしある時からオドの秘宝の魔力によって姿形のある精霊となる。その精霊はこの世の万物(ばんぶつ)を愛していたあまり、島をでて外の世界を巡(めぐ)った……と」


「はあ……?」


 なんだか不思議なことを言う依頼人だな。だいじょうぶなんだろうかこの人は。


「あなた方の活躍は聞いています。幻獣を見つけなさったとか」


 彼女はふふっと笑ってそう言う。


「あーまぁ見つけたというか、同じものを食べてたというか……」俺はゴニョゴニョとしゃべる。


「はい?」


「なんでもない。悪いけど、僕たちそんなにすごい冒険士じゃないです。この前のはたまたま。ほかにもっと腕の立つ人にお願いした方がいいと思いますよ、たとえばゴールドクラスの……ローグ・マールシュさんとかに」


「いえ、あなた方に是非受けてほしいんです。あなた方じゃなければ」


 そういう依頼人は、強い目をこちらに向けてくる。


「えっと……サナさん、でしったけ。それで、仕事の内容っていうのは」


 とりあえず話をきくことにした。そこまで言うなら俺たちが力になるべきことなのかもしれない。

 サナさんはややこちらに姿勢をかたむけて、


「とある島に、いっしょに来ていただきたいんです」


「島? なにをしに?」


「詳細はまだお話できません」


 俺の問いに、サナさんは目をつむって答えない。


「いや……まさか旅行にでもいくわけじゃないですよね。もうすこし詳しく教えてもらわないとこっちも……」


「わぁい! 南国でバカンスワヌ!?」


 となりに獣の姿で座っていたフォッシャが机に身をのりだす。俺は彼女の頭をおさえて席につかせた。


「んなわけあるか」


 そんなことを言いつつ、あることが脳裏によぎる。


「あれ。島って……まさか」


「どしたの?」


「前に冒険士が、すごい巨大なクリスタルがあるらしいってウワサしてたのを聞いたことがある。もしかして……」


「超巨大なクリスタル……!」


「もうそんな情報がまわってるんですね。やはり、はやくしないと……」


 サナさんはそう言って、なにか深刻そうにすこしうつむく。


「はやくしないと、他の冒険士に持ってかれてしまう、ですか」と俺はたずねる。


「そのクリスタルの場所は知っています。ですが……とにかく充分なお礼はするので、いちどおとずれてはいただけないでしょうか。費用は私が工面しますので」


「ちょっと待ってください。話がわからない。場所を知ってるならあなたが手に入れればいいはずですよね。なんで見ず知らずの僕たちを雇う?」


「……私はそのオド結晶には興味はないのですが、ちょっとした因縁がありまして。それにひとりではたどりつくのは困難です。どうにかしてそこまでたどりつきたいのです」


 彼女の目には固い意志のようなものを感じる。

 そして妙だ。ただオド結晶を探しに行こう、という感じではない。柔和な雰囲気の女性だが、なにか問題をかかえているのを隠しきれていない。

 だれかが何を考えていれば表情をみるだけで俺にはすぐにわかる。カードゲームにもトランプのポーカーと同じで相手の表情や仕草に多くの情報があらわれる。

 皮肉なことにカードゲーマーとしての経験がこうして役立つこともある。


「もちろんクリスタルについては、おふたりの好きなようになさってください。それとは別に見つけ出すことを前提に報酬は前払いいたします」


「どれくらいもらえるんです?」


「お好きな額を申してください」


 サナは顔色ひとつ変えずに言う。お好きな額って……


「いい話だけどねえ……この女性、ちょっと怪しいワヌ。ヒトじゃないワヌよ」


「いやどう見たって人だろ」


「面白い方ですね」


 一転、サナは本当におかしそうにクスッと笑う。


「ああエンターテイナーですよ」


「そこは自信あるワヌ」


「でも、俺たち本当にたいしたカードも持ってないし……」


「報酬は前払い。ですからカードは依頼が完了するまでの間お貸しします。依頼を無事に達成できたら、そのカードたちもお譲りします」


「ずいぶん羽振りがいいな」


 金に糸目はつけないってことか。なおさらなぜ無名の俺たちに依頼するのかわからないな。


「でもその前に、テストを受けていただきたい」と、サナが言ってきた。


「テスト? 僕たちに受けてほしいんじゃないんですか?」


「念のためです。なにしろ秘匿しなければならないことが多いので、信頼関係を築いておきたいんです」


 こちらとしては、こんなわけのわからない依頼で信頼もクソもあるかという感じなんだが。


「と言っても簡単なテストです。しばらくの間、行動をともにさせてください。そこで合否を決めたいと思います」


 サナは立ち上がり、


「武具屋のまえでお待ちしております。依頼をうけてくださるのであればそこにいらしてください。詳細はまたのちほど」


 彼女が一礼して集会所を出て行ったあとで、俺はフォッシャと顔をみあわせる。


「どう思う?」


「どうもこうもおかしいワヌ」


「あの人はクリスタルの場所をしってる。でも手に入れることに興味はない……。なにか因縁があるって言ってたな」


「因縁……もしかして、お兄ちゃんが冒険士で、クリスタルのうわさをきいてその島で行方不明になっちゃったとか?」


「ありそうだな」


「でも一攫千金のチャンスだと思うワヌ。それに秘密の島ってなんかおもしろそうワヌ!」


「うーん。カードを用意してくれるっていうのは大きい……。カードのなかには1枚で家がひとつ買えるくらいのものもあるからな」


 実のところヴァーサスとかいうこっちのカードゲームに興味がないといえば嘘になるからな。


「よし、迷ったときはアレだよな」


「いつものやつワヌね」


「トリックならおりる、ウォリアーなら乗る」


「ほい」


 俺たちが持っている片手で数えられるほどのカード。フォッシャがそれを手にもってこちらから裏向きに広げ、俺はどれを引くか選ぶ。

 引いたのは、『テネレモ』のカード。ウォリアーだ。


「GOだ」



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