第6話 その拍子は

 佳苗ちゃんを連れておよそ声の届くであろう距離まで来てから、部長である恵ちゃんへ呼びかける。

「恵ちゃーーーーーーーーーん!」

 たぶん、傍から見ればものすごくテンションが上がっているように見えるだろう。

 それもそのはず、ものすごくテンションが上がっているからだ。

 私の声に振り向いた恵ちゃんは、その隣にいる新入生を見て瞬時に状況を察してくれた。

「祐理菜! でかしたー!!」




――数分後――




 第二軽音部の部室には、両軽音部メンバーが勢揃いしていた。

 みんなの分の丸椅子を並べたら足りなくなって、私だけドラムセットからスローンを持ってきて座っている。

 恵ちゃんと修くんが佳苗ちゃんの近くに陣取り、私と隆くん、新入部員の聡美ちゃんはその後ろに控えるといった形だ。

「そんなわけで、合わせる友人はいつもパソコンだったのです」

「なるほど、自分のレベルを評価された事も無いから見てほしい、って事やな」

 大まかに話を理解した恵ちゃんが切り出す。

「実際にピアノ弾いてみるのが早いんと違う?」

 そう言って立ち上がる。

「あたしもシンセは詳しくは知らんけど、メーカーで設定とか全く違う話は知っとるからな」

 そこで取り出したのはスマホ。 どうやら誰かにかけるらしい。

「ちょっと待っとってな……」

 ピアノを直接、という点で思い当たる節がある。

 コミュニケーション大魔王という事で連絡を取っている相手というのは、きっと……。

「あ、勧誘の最中ですんません。 今、音楽室って空いてます?」

 想定通りだった。 相手は吹奏楽部の部員……もしくは部長だ。

「そうそう、ちょーっとだけピアノと……」



 そんなこんなで、音楽室。

 準備のためと恵ちゃんが先に行って、来てもOKの連絡を貰ったので私たちが佳苗ちゃんを連れてやって来た。

 途中で修くんと聡美ちゃんがギターの話題でおそろしく盛り上がっていたのと、第一軽音部のチラシを見て貴族だなんだと大はしゃぎしていたので、かなり気が合うようだ。

 待ち構えていたのは恵ちゃん。 いわゆるウッドベース……クラシックで言うならコントラバスを持っており、その姿がめちゃめちゃサマになっていてカッコイイ。

 私からすると、こっちの方が絶対人気ありそうなんだけどなぁ……。

「ようこそ。 吹奏楽部の皆さんもせっかくやから見学してもらってるで」

 その言葉の通り、おそらく今日の新入部員勧誘を終えて集合していたところだったのだろう。

 音楽室の隅に並んで座っている……なんかギャラリーの様相を呈してるんですが。

 一年生の時点でクラスメイトだった子もその中に混ざっていて、私が軽く手を振ると、同様に手を振って応えてくれた。

「何か……課題曲とかありますか?」

「曲は何となくの選曲で構わんよ。 あんまし速すぎると、このベースではしんどいから抑えてくれると助かるけどな」

 佳苗ちゃんの質問に、恵ちゃんは自由な演奏を提案する。

 私の隣にいた聡美ちゃんが苦笑しながら露骨に視線を逸らしている。 スピードが命だからね、言われると仕方ないね。

「演奏してくれた曲に、あたしが何となくで合わせてみるだけの遊びの演奏をやってみよう、って話や」

 そして、その次が本題だった。

「これで何か面白いと思ったらあたしら第二軽音部、分からなかったら第一軽音部、それぐらい直感で感じてもらえればええよ」

 佳苗ちゃんは少しだけ目を閉じて考えた後に、恵ちゃんへ伝える。

「……決まりました。 コードは予測しやすいと思います、もしかしたらお好みにも沿えるかも知れません」

 そう言って、軽くピアノの前で椅子の高さと位置を微調整し、弾きやすいポジションを見つける。


 誰もが声を発する事なく、その動きを注目していた。

 その大多数の視線が集まりながらも全く物怖じしない言動、その胆力は相当なのではないかと私は思う。

 もしかして、この状況も恵ちゃんが咄嗟に思い付いた試験……?


 やがて、鍵盤の上に手を添える。

 どんな音がするのだろう、そんな期待感があった。

 リズムとしては有名なジャズ曲と言われるようなリズム感。

 が、私が頭の中でドラムの伴奏を付けようとしてようやく気付いた。



――普通のリズム感で合わない……?



 それと同時に、恵ちゃんが目を輝かせるのを目の当たりにした。

 いつも強気な印象を受けるあの恵ちゃんが、瞳を大きく開いて笑顔になっている。

 おそらく曲のフレーズが一周していないであろうタイミングで、待ちきれないとばかりにウッドベースのネックに手を添えると、即興で曲に混ざる。

 音感に関して特にド素人の私からすると、何の打ち合わせも無しにいきなりふたりが息のぴったりな演奏を始めたので、知っている曲なのかとも思ってしまう。

 吹奏楽部の面々も、じっと聴いている者もいれば、その即興に参加した事で小さな歓声を上げた者もいる。

 私はといえば、最初に掴めなかったリズムをようやく理解した。



――この曲、5拍子だ。



 普通は4分の4拍子、いわゆる4拍で1小節というリズムだけれども、これは5拍で1小節。

 こういう進行があったりして覚える事が大変そうだという先入観で、ジャズ系はオシャレとは思うものの、なかなか踏み込めずにいる。

 演奏の中にいる恵ちゃんは穏やかな笑顔を浮かべながらベースを弾いて、優雅な空間ができあがっている。

 佳苗ちゃんはというと、表情には出ていないものの全く苦戦している様子が無く、むしろ楽しんでいる様子。


 同じフレーズを何週かしたところでお互いが視線を交わし、直後に頷く。

 示し合わせたわけでもないのに、アウトロのようにしっとりと同じフレーズを四回ほど繰り返して同時に演奏が終わった。

 そのあまりに綺麗な終わり方に、思わず皆が拍手する。

 応えるかのように恵ちゃん左手でウッドベースを支えながら、右手でスカートの裾を軽く持ち上げるカーテシーのお辞儀をする。

 佳苗ちゃんも立ち上がると、左手をお腹の辺りに添えながら礼をするという、なんとも優雅な雰囲気となった。

「ご清聴に、感謝! 寺本部長も急な相談に乗ってくれてありがとうございました!」

 先ほどから見ていた緑ネクタイをした上級生、吹奏楽部の部長さんも笑顔で恵ちゃんに返す。

「こちらこそ! 初日からこんな楽しく演奏する姿が見られて良かったよ」

「お互いスタイルは違えども同じ音楽ですからね。 苦労した分だけ達成した喜びはホント宝物やし、皆頑張ってな!」

 部長に応えた後、そう新入生のグループに語りかける。

『はいっ!』

 すると元気な返事が返ってきたりして、いつの間にか恵ちゃんまで吹奏楽部の一員みたいになっていた。



「すごく……本当に、すごく楽しかったです」

 音楽室を後にして、佳苗ちゃんがようやく語り始める。

「打ち込んだ音と違って、生きている感じといいますか……誰かと音楽の呼吸を合わせる感覚は、味わった事の無い高揚感でした」

 その感想には恵ちゃんもご満悦のようだ。

「んふふふふ……せやなー、その感覚がある、っちゅうことは間違いなくあたしらの方やな。 しかも5拍子の曲を選ぶ感覚にはあたしもびっくりやわ」

 むしろ、新入生の佳苗ちゃんよりも恵ちゃんの方が喜んでいるように見える。

 ……いや、実際そうなのだろう。

 滅多にできないものを新入生との即興でできたのだから、たとえ喜びを隠せなくても文句は出ない。

「そうだね、たぶん僕らの方で教えるよりもひとつ上の楽しさを今知ったみたいだし」

 ずっと黙って見ていた修くんも満足げに第二軽音部へ入る事を推している。

「てなわけで……いらっしゃい、あたしらの第二軽音部」

 恵ちゃんが立ち止まり、佳苗ちゃんの前に立って手を差し出す。


「……はい!」

 少し頬を紅潮させながら微笑み、その手を取る。

 この瞬間から、佳苗ちゃんは私たちの一員となった。

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