第5話 私はどちら側?

 外に出ると、他の部活をやっている生徒たちも続々と校門までの通りに繰り出していて、賑わっているところだった。


 みんなであれこれ言いながらデザインした軽音部の勧誘プリント。

 わざとオフィス用途のソフトを駆使して超ダサいバージョンを作って盛り上がったのも記憶に新しい。

 そこから作り始めたところ、修くんがギターを構えながら右手を真上に掲げつつ、しゃがむポーズを取った上に、炎を纏うエフェクトというインパクト抜群のダサさを発揮してきた。

 有名ギタリストのアルバムジャケットを真似たらしいけども、私と恵ちゃんの意見で没に。

 ……恵ちゃんはやたらツボにハマりながらだったけど。

 なんだかんだで方向性が合わず、結局はデザインを二つに分けて見せ合おうかという話になったので、お互い結構気合が入って良い効果だったと今なら思う。


 そんな経緯を経て作られたのは、あえて無難なもの……と思っていたら、結局ネタ枠の第一軽音部、アニメ調のポップな絵を使った本気勝負の第二軽音部みたいになってしまった。


 こちらの方は漫研部の友達に恵ちゃんが依頼して描いてもらったイラスト。

 ちゃんと報酬まで用意したこともあって、渾身の作品だ。

 ギターを持った女の子のイラストを右にレイアウトして、『I want you!!』というフキダシが上に大きく踊る。


 ……ただ、明らかにギターを持っているツインテールの子のイラスト。

 モチーフが私なんじゃないかなと聞くたびに気のせいとか偶然とか返されるんだけども、イラスト詐欺になってない事だけ祈っておきたい。


 ちなみに第一軽音部の最終稿はなんかドラゴンに向けてギターから炎を放つ修くんの合成写真で、もう何がやりたいかさっぱり分からない。



「さあ! 我らが第二軽音部! 好きな曲を演奏したい人はいらっしゃーい!」

 コミュニケーション魔神の恵ちゃんを突破しそうなほど突っ走ってるのは、つい先ほど入部したばかり……どころか、新入生で数時間前までは校外の生徒だった筈の聡美ちゃん。

 勧誘に行くので一緒に来るか誘ってみたら、前のめり気味にノリノリでついてきた。

「期待の新星! 希望の新人! 学業以外に感性を磨くのも生活に潤いを与えますよ!」

 私自身は恵ちゃんのようにポジティブ超人ではないので、下級生だろうと初対面の相手に話しかけるのはものすごく苦手。

 最後は吹っ切れるしかない、という事も体験上分かってはいるけれども、よく感情がそれにブレーキをかけている。

 今回ばかりは張り切らなければ、と近くの新入生たちに近付いてチラシを見せながら話しかける。

「軽音部だよ! 何かやってみたいパートとかあったら来てね! よろしくー!」

 何とか少ない語彙力から絞り出すように、三人へ順番に手渡しする。

「あ……ありがとうございます」

 たじろいだ様子の生徒の視線は、チラシと私の顔を見比べて三度見ぐらいする。


――ほら! やっぱりこうなる!


 そう思いつつも表情では平静を装い次々と配って回るものの、視線が必ず一度チラシと私の間を行き来する。

 あと、ステージに取り残されている人のイメージも付いて抜群に知られてしまった感が。


 ……もしかして今日の一連の流れ、軽音部の宣伝というより私の宣伝になってない?


 そう浮かんだ疑念を払いながら、色々と考えてみる。


 基本的に部室や部活で備品としての楽器はあるし、すみちゃん先生はギターをやっていたとの事でメンテナンス周りは一緒に見てくれている。

 ただ、自分で楽器を持つ、つまり新しく買う事に対しては一朝一夕ですぐにできる事では無いだろう。

 大体が中学からの続きで同じような部活に入る事が大半。

 となると、基本的に新規の演奏者というのを募って練習して、果ては自分用の楽器までとなれば大変なのは間違い無い。

 運動部の方は既に希望者の新入生が何人か集まる姿が見えているし、そういう意味で音楽は誰でもできるけどハードルは高いといった印象があるのかもしれない。

 ボーカリスト志望ぐらいはいてもいい気がするけど、バックバンド感覚で来られたらそれはそれで困った事もあったしで、ジレンマでもある。


 途中で第一軽音部のチラシを配っている隆くんと遭遇した。

「たかちゃ……隆くん、そっちの塩梅はいかが?」

 テンションが上がっていて、うっかり一瞬心の中の呼び声を上げそうになったけどもギリギリ言い切らずに訂正できた。

「さっき、全くやった事無いけど興味ある、っていうのが一人いたぐらいかな」

「おお、ひとりゲットできたかもなのね!」

「ただ何のパートがあるかもよく知らない初心者らしいから、見学からの体験、って感じになっていくかもな」

 楽器すら詳しく知らないというのは、実のところ昨年の私と同じような感じ。

 その新入部員にはちょっとした親近感が湧いてしまった。

「で、結局話題の大型新人はあの通りか」

 私たちが今いる校門まで近い場所から随分先の校舎側に、テンション高めの動作でチラシを配る聡美ちゃんの姿が見える。

 お嬢様風にそっと近寄って渡したかと思えば、その後はダッシュで次のターゲットに向かって走っていく。 お嬢様要素ないなった。

「そうだね、めっちゃすごかったよ! なんだっけ、ミケランジェロラッシュだっけ? なんかそんなのを演奏して、恵ちゃんも感心してた」

「ミケランジェロ……? ラッシュ……???」

 隆くんが斜め上を見つめてクエスチョンマークでいっぱいになっているようで、知らない話題だったみたいだ。

「まあ凄そうなのは分かった。 たまにはこっちにも来てくれると、阿倉川が喜ぶかもな」

「だね、また話してみる!」

 それは修くんも何かの刺激になりそうな予感はする。

「では! お互い収穫めざしましょ!」

「ああ、程々に」

 そう言って別れると、なるべく一人で歩いている生徒にチラシを配って歩く。


 集団だと遠慮されたまま逃げられる事が多いけれども、一人だと最低限受け答えしなければならなくなるのでチラシだけでも渡すことができる。

 ……私がその一人で歩いているが故にターゲットにされまくったという体験談から。


 配っている最中、ふと目についた子がひとり。

 校門から各校舎に向かう歩道、いわゆる噴水を中心とした交差点のような場所が勧誘のメッカと化している。

 既に決まったような集団がいくつも出来上がり、むしろ雑談に興じているような雰囲気だ。

 けれども、その隅で色々な部活の様子をゆっくり歩きながら眺めている少女がひとり。

 結構小柄で、それなりに長いポニーテール。

 私の黒いオーバーニーソックスに対して彼女は白色という謎の対比ができている。

 ……背格好はほぼ同じだけれども、一部だけ随分と向こうの方が発育が良いのが成長で負けた気分になる。

 少し眠そうな表情で、どこかの部活に入ろうかと逡巡しているところだろうか。

「こーんにちわ!」

 そう言って私から声をかける。

「入学おめでとう。 どこか部活に入ろうって思ってる?」

 問いかけに対して彼女は少し私の顔を見つめると……。

「あ……舞台で取り残されてた……」

「ばっちり覚えられてる」

 思わず声に出してしまったけど、気を取り直して。

「と、ともかく、音楽に興味があったら軽音部はいかが?」

 そう言ってチラシを渡す。

 ……やはり視線が私とチラシを二往復した。

「そうですね……実のところ、長年ピアノとシンセを使ってるんですけども」

「おお!?」

 新人さん発掘の予感が!?

「ずっと一人でやってきたので、初心者と経験者でシュレディンガーなんです」

「しゅ、しゅれ……?」

「そうやってこの噴水の周りを回っているうちに声をかけられてから、四十秒ほどが経過したところですね」

 顔の高さまで手を挙げてから、すっ……と前に向けて手のひらを差し出すジェスチャーをする。


 ちょっと変わった子、どころではない。

 この言動で『向こう側』だと確信できる。


 しかしピアノ経験者でシンセも使えるとなると、アニソン……もとい、色んな音楽の幅が広がること請け合い。

「たぶん、の話だけども」

「はい」

 私の思うところがあったので、ちょっとだけ持論を伝えてみる。

「たぶん、学校の中で組むバンドの方がハードルは低いと思うんだ。 ネットやスタジオで見かけるメン募の方は、本気度が強いというか……」

「確かにそんな気はします」

「そういう意味では、知らない事を試してみるぐらいの感覚で部活に入ってみる選択肢はアリだと思うよ。 私も去年の今頃はぼっちだったし」

 私の言葉に、少し訝しげな表情をする。

 そうか……当時の私とは思えないぐらいに変わったんだ、と今になって気付く。

「……いつの間にかこうなっちゃうぐらいには面白いよ。 みんなで創る音楽、やってみる?」

「入るべきか、入らざるべきか……高校生活において、これがいわば最大の問題です」

 なんかたまに大仰なセリフが入る。

 あえてツッコミを入れたいところだけれども、私の伝えたい一言を伝える。


「みんなで演奏できるようになった時なんか最高だよ! 私たちの軽音部に来てくれると嬉しいな!」


 そう言うと、眠たげな瞳が少し見開かれた。

 何か響いたものがあるようだ。

「先輩方が行く道を肯定するなら、私もまたその音楽を愛しましょう。 一度、どんな活動か見せてください。 そこで第一か第二、どちらかに入る事を考えてみます」

「わー! ありがとう! 向こうにみんないるし、部室もあっちの方向だから行こうか!」

 案内を始めようと並んで気付いた。 私の方が背が低い。

 せめて一年経った今、私よりちょっと小さい子が来ても嬉しいんですけど……どうやらその望みは叶わない可能性がありそうだ。

 そんな考えはすぐに振り払って、歩き始める。

「あ、そうだ、まだ名前を聞いてなかったね?」

「そうでした……不詳のまま賢者サヴァンと名乗っておくと面白そうでしたが……」

 もしかしてさっきからの言動、何か元ネタがあるのかな?

「私は一年F組、塩浜しおはま佳苗かなえといいます」

「はーい、佳苗ちゃんだね、よろしく! 私は二年……そういや何組か分かるの明日だ……とにかく、千代崎祐理菜だよ。 担当はさっき見た通りのドラム!」

「千代崎先輩ですね、よろしくお願いします」

 表情の変化は少ないが、少し穏やかに笑みを浮かべながら挨拶を返してきた。


 新メンバーは恵ちゃんが見つけてくるとばかり思っていたけれども、まさか私が勧誘できるとは思いもしなかった。

 私は変われたのだろうかと昔の自分に問われれば、ずっと遠くにいるはずの存在に手が届くかもしれない場所まで来ていると答えられる。

 いつか気付けば『向こう側』は、もしかしたら『こちら側』なのかもしれない。


 でも、まだ道は途中。


 みんなについてここに来られたのなら、いつかみんなを引っ張ってくる側にまで向かいたい。

 この一年の区切りで前を向く機会が訪れた事に感謝しながら、大変だと思った二歩目は自信を持って踏み出せそうだという気持ちに満ちていた。







 ちなみに部室近くで勧誘している恵ちゃんたちの場所へ向かう最中の会話。

「そういえば、メンバーはどこまで集まっていますか?」

「私が知る限りは、まだギターだけだね」

「あー……」

 誰を思い浮かべたのかは明らかな返事。

 ここは普通の感性があって、ちょっとだけ安心する私だった。

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