第4話 来ちゃった

「これで全部?」

 恵ちゃんの問いに、私はもう一度全体を見渡して確認してから返答する。

「うん、元通り!」

 その答えを聞いて、ようやく一息ついたといった表情を見せる。

 講堂に残っていたドラムセットの残りをみんなが取りに来てもらって、実質二往復で全て搬出を終える事ができた。


 その後、男子ふたりについては勧誘の準備に向けてフライヤー……もとい勧誘のプリントを取りに戻って行ってしまい、ふたりきり。

「よーし、ほんなら新しいメンバーでも勧誘に行きますかね!」

 ベースをギグケースにしまって部室の片隅に置くと、隅っこにあるテーブルから勧誘プリントを手に取る。

「だね、今朝言ってたギターのお嬢様とやらに会いたい!」

「むしろ聞いた感じの気合からすると、向こうから突撃してきそうやけどなぁ……」

「『入部の時間だコラー!』みたいな……?」

 さすがに恵ちゃんが吹き出した。

「なんかで聞いた事あるヤンキーみたいやな! そんぐらい元気あった方がアーティスト向き……あ」

「あ?」

 笑いながら答えた恵ちゃんが入口の方を見て固まる。


「あ……その方が良かったですか……?」


 振り返れば、そこに立っているのは制服に青いリボンの女子生徒――今年の新入生だ。

 恵ちゃんとまではいかないが結構な高身長。

 もう私と比較したら誰でも『背が高い』となってしまうので、他と比べた方が良い気がするけど。

 かなりの細身かつ華奢な感じで脚も長く、恵ちゃんを『グラマラス』と例えるなら、彼女は『スレンダー』という方面での美を感じる。

 すこし童顔な部分を残しつつも目鼻立ちの整った美人さんで、ストレートのロングヘアに前髪ぱっつんという見た目は、どこからどう見ても良家のお嬢様と表現されるイメージだ。

 もちろん、朝のうちに隆くんが話していた通りにギターのソフトケースを背負っているし、学生鞄かと思ったらエフェクターケース……というか普通の鞄は?

「いらっしゃい! ちょうど噂しとったトコや!」

 私の違和感もそこそこに、恵ちゃんが出迎える。

「期待していただいたようで光栄しきりです。 せっかくでしたらご希望された入り方も……」

「しなくていいからね!? 大丈夫だよ!?」

 先ほど私が思わず口走ってしまった入り方を再現しようとして律儀に扉まで閉めようとする。

「冗談はさておき、先ほどの部活紹介を見た時……いえ、その前から決めていました。 経験者として参加させていただければ幸いです」

 そう言って、軽くお辞儀をする。

「ああ、大歓迎や。 演奏する準備もバッチリみたいやし、せっかくやから普段の音作り、知りたいな」

「よろこんで!」

 恵ちゃんの歓迎の言葉に、そう言って表情を綻ばせた。

 入り口の防音扉を閉めると、足取りも軽くギターのアンプに向かって歩を進める。

 そう広くない部室ではあるものの、中古という割にはなかなか立派なアンプヘッドとキャビネット。 その隣の壁にギターケースを、持っていたエフェクターケースを前に置いた。

 一挙手一投足が、楽しみで仕方ないといった気持ちを抑えきれないような感じを滲ませながら私たちに振り返ると、両手を前に添えて深々とお辞儀をする。

「では、初めまして。 わたくし、桑名くわな聡美さとみと申します。 とりあえずこちらのマーシャルを使わせてもらいますね」

 随分と慣れた様子で楽器の準備にかかる。

「二人いっぺんに覚えるのもアレやけど、あたしが部長の弥富恵。 で、こっちがステージに取り残されたドラムの……」

「取り残されたのは余分ですー! 千代崎祐理菜だよ! 聡美ちゃん、よろしくね!」

「あははは! よろしくお願いします!」

 お嬢様っぽい喋りかと思えば少し親しげな敬語も混ざっているあたり、何だかちょっと無邪気な感じがして親近感もある。

 入学初日から既に演奏するつもりのセットを持ってくる気合は間違いなくホンモノだろう。

 逆に本物のドラムを始めて一年の私が張り合えるのか、ちょっと不安。

 これはむしろ修くんの方に行って叩き直した方が……などとネガティブな事ばかり浮かんでしまう。


「おお、モッキンバードか」

 取り出されたギターに、恵ちゃんが珍しく驚いた様子。

「ええ、私のとっておきを持ってきました」

 そのギターは、もともとの材質である木目が見える茶色の本体。

 聞きかじった知識で言うならば、いわゆるオイルフィニッシュと呼ばれるものだ。

 そして名前を聞いて思い出した。 形についても私もちょっと見覚えのある形だった。

「その形って、黄色にハートマークいっぱいついてたりするのが有名じゃない……?」

 その言葉に、聡美ちゃんはハッとこちらを向く。

「そう、それです! これはそのモデルとはメーカー違うんですけどね」

「ほえー……そうなんだ」

 特定のモデルがあまりに有名すぎて私でも知っているけれども、更に歴史は深いようだ。

「黄色い方も充分に良いお値段やけど、たぶんそれよりも随分お高いんやないかな……性能どころか見た目にもこだわっとるやろ?」

「お目が高い! USAのオーダー品ですので!」

 その言葉を聞いた直後、何にぶつかったわけでもないのに無言で後ろへのけ反った。

「え? え? なんかめっちゃすごいって事?」

 状況が理解できていない私に、恵ちゃんは一言だけ絞り出すように答える。

「凄いを超えて『ヤバい』やな……」

「『ぴえん』超えて『ぱおん』みたいな?」

「そう、象さんや」

 よく分からない返しをしながら頷く。

「でも、弥富先輩もリッケン、しかもアウトプットふたつ付いてる立派なモデルが相棒じゃないですか!」

 恵ちゃんのベースも当初にすごい良いものだと聞いていたけど、どうやら知っている人たちは見ただけで分かるらしい。

「あー、なんやかんやあって相棒やな、もう離れられん感じがするわ」

 そう言って、部室の片隅にあるケースを感慨深げに眺めた。

「良いですねー、一番の相棒は大事だと私も思います!」

 その一言に、弦楽器奏者として理解わかり合ったのを見た気がする。



 聡美ちゃんが持ってきていたエフェクターボードを開いたら、色々なエフェクターがずらり……かと思いきや、意外にシンプルな数点のみ。

 電源タップやACアダプタも一緒に入っていたりするので、今日は全力じゃないのかもしれない……と、ギターが凄いという話を聞いた後だからこそ思ってしまう。

 それでも、たぶん何も持たずに立っているだけだったら『ごきげんよう』とか言ってても違和感が無いというのに、そのお嬢様をギターに注ぎ込ませる魅力とは一体……。

 いや、でも見た目の話はナシだ。 私自身が外見詐欺と言われるのと同じで、人は見かけによらないと思った方が良い。


 電源を全て繋いだ後、まずはチューナーを踏んで一本ずつ確認していく。

 が、回しているのはペグではない。

 私が詳しく知らないだけかもしれないが、なんか反対側の根本を軽く回して調整している。

 いつの間にかアンプヘッドの電源が入っていて、エフェクターのツマミも特に弄る事なくスタンバイをオンに切り替えた。

 胸ポケットから何かを出したかと思ったら、音楽用の耳栓……私と同じだ。

 爆音で聴力に影響があるといけないからと、むしろ最初に必須とまで言われたもの。

 おそらく、彼女なりにも長く続けたいという想いがあるのだろう。

 少し頭の向きを傾げつつ、髪を掻き分けて装着する様子が何だか優雅。

 名画で喩えるなら『音楽の耳栓の少女』とか……なわけないか。

 すぐさま弦を弾いて鳴らし始めたら、ロックというか……なんだろう、もっと激しい……メタル?

 爆音で響かせるのは、修くんとはまた違って、更に重く強い音。

 ……さすがにやりすぎたと思ったのか、少しボリュームを下げたようだけども。



 そして何を言われたわけでもなく、メロディを演奏し始めた。



 聡美ちゃんが部室の機材を使って始めたエレキギターの演奏。

 ギターの事は詳しく知らないので感覚で話す事になるけども、いわゆる『ひずませた音』と、それに反響しているような効果が乗っかった感じ。


 彼女が押さえているフレットは全体のうちで半分あたり。

 弦を押さえつつ音程を上げ下げするチョークを交えながら、随分と速い……体感でBPM180ほどのテンポだ。

 直後、その手を緩める事なく素早い動きメロディを正確に刻み始める。

 そう、朝のうちに見たクラシック曲をギターで演奏したりするような動画を見ていたけれども、それに通ずる……もしくはそれを超える速さ。

 しかも音程は上がったり下がったりと忙しなく動いて、初めて聞いているのに心地よささえ覚える。

 少し休憩とばかりに二分、四分のリズムを交えたかと思うと、今度は急にフレットを普通とは逆の上側から持って駆け上がるように速く細かな指使いを披露したりと緩急も鮮やか。


 そこで、ふとこちらを見てニヤリと笑ったように見えた。


 直後、高速でピッキングしながら、超高速で順手と逆手(?)を交互に持ち替えつつ、フレットの位置も上へ下へと暴れ回る。

 これがやりたかった事だと言わんばかりの動きだ。

 目が離せないとは思ったものの、恵ちゃんのリアクションが気になってふと隣を見る。


 ……めっちゃ笑ってる!?


 しかも頷いているという事は、これにはきっと何か元ネタがあるんだろう。

 最後にぎゅーーん、と余韻を挟んでから、1フレーズだけ軽く速弾きをして今度こそ終える。


 私と恵ちゃん、二人とも拍手。

「すっごい! めっちゃすごい!」

 私の語彙力がどこかに消滅してしまったものの、そうとしか言えない。

「えへへー、ありがとうございます!」

 少し照れたようにしながらも、次には両手を腰に当てて満面の笑み。

「えらいもん見たわ! アンジェロラッシュとか、ほんま今日が入学式か!?」

 その『アンジェロラッシュ』というのがどうやら今の演奏の元ネタのようだ。

「スピードは命です!」

 そう言ってドヤ顔をしながら右手の甲を向けながら中指と薬指だけを曲げるジェスチャーを見せる。

 なんかよく分からないけど、速弾きに並々ならぬ情熱があるというのは分かった。

「と、いうわけでジャンルは選り好みしませんが、基本的に磨いてるテクニックはこういう系統です。 目標があれば色々別ジャンルのスキルアップも目指したいところですね!」

「いやー、めっちゃ期待するで! よろしくな!」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 そう言うと、明るいコードを鳴らしてから、もう一回じゃんっ、と短く区切って一礼した。



 やばそうな新入部員さん、一名ご案内。

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