第2話 やばいの?

 私の緊張がなかなか解れない中、部室の防音扉のレバーが外から引き上げられ、開けられる。

「やばい奴がいる」

 扉を開けるなり、入ってきた隆くんがいつになくテンション高めに言い放った。

「おかえり! 隆くんも何か情報聞いたの?」

 私も振り返ると、持て余している緊張感をなんとか紛らわそうと会話に乗る。

「情報? いや、見るからにやばそうな新入生がいたから戻ってきた」

 私の問いかけに、どうも何かがズレているのを感じる。

「今日、新入生は入学式だけだよな?」

 元々、そのためだけに私たちは来ているのだからその通りだ。

 妙な事を聞くもんだと思いながら、私は答える。

「うん、入学式が終わったら、教室の場所とか担任の先生とか、ひととおり学校について見て回って帰るだけだね」

 基本的に授業は無く、特に加入するつもりも無い生徒は教室から校門までの間の部活勧誘ラッシュをどう避けるか思案に暮れる事になるだろう。

 ……去年の私は最初がそうだった。


「明らかにギターケースを背負ってる奴がいた」


「は!?」

「え!?」

「うそ!?」

 あまりの衝撃的な発言に、驚く事しかできない。 

「どんな子だった!? 男子!? 女子!?」

「ギター? それとも実はベースやったとか?」

「案外ギターケースっぽい別の鞄とか?」

「いや、全員落ち着けって」

 口々に質問を投げかけるが、処理しきれずに隆くんが制止する。


「明らかに色々おかしかったから、正直俺も幻なんかじゃないかと思ってる」

 いつもは冷静なはずの彼が、ちょっとうろたえているようにも見える。

「まず、よくあるギグケースは背負ってた」

「うんうん」

「ただ、背負ってる本人がバンドと無縁そうなお嬢様だった」

「お嬢様……?」

 つまり女子生徒である事は確定である。

「ほんならギターはほぼ確定と見てもええな」

 恵ちゃんが安心したとばかりに切り出す。

「ん? でも、案外それっぽい別の鞄とかありえそうじゃない?」

 私もちょっと勘違い説に一票を投じようかと思ってそう言ってみる。

「見た目に関しては、あたしらの側でも意外な外見のがおるから大丈夫や」

「ん……? 先生みたいな見た目って事?」

 夏休みに別の用事があって私服で学校に来た時、恵ちゃんは一度上級生に先生と間違われた事があるので、その事になぞらえていると思っていた。


 そこに、恵ちゃんがこちらを向いて一言。

「一番の違和感の主が何を言うとるんや」


「え……? あ! 私!?」

 ようやく言わんとしている事が分かった。

 横からは男子二人が静かに頷くのも見える。

「全員並んでパートが誰か当ててくださいなんて言われたら、たぶん海山道の方がドラマーしとる外見やし」

 確かに、少々小柄だけど細身でシャープな感じというのはイメージに合いそうではある。

「祐理菜は真っ先に『じゃあ簡単なボーカルから』なんて速攻全員不正解にするトラップ要員やからな。 そのまま全員落っこちてゲームオーバーや」

「そんなに」

「もっと自分のビジュアルに自信を持ちな! あんたは今でもアイドルや!」


 つい先週あたりにも人気者同士とは言ったものの、文化祭翌日からクラスでの扱いが急に目立つようになって一世を風靡した感はあったし、今日手伝ってくれる演劇部のクラスメイト二人もその時から仲良くしている。

 確かに、ひと波乱を起こしたという事は理解できた。


「あわよくば歌ってくれたら、それこそアイドルやな」

「それは全力でご遠慮いたします……!」

 あくまでもドラムを演奏する事が楽しいのであって、自分が人前で歌ったり話したりという事は大の苦手。

 もともと歌のトレーニングをしているワケでもなく、ボーカリストとして自称できるものが無くて。

 あくまでもドラムをなぞるゲームが得意だったから名乗り出ただけ。

 だから、大勢の前で喝采を浴びたいとかではなくて、恵ちゃんと修くんが出していた募集に対して、誰かとのコミュニケーションとして音楽をやってみたいと思ったから応えたのだ。

 その時は、いつも受け身だった私が、大きく変わった瞬間だとも思っている。


「しかし、女子でギタリストか……これはあたしらが貰ったかもしらんな!」

「あ! こっちはこっちでツインギター候補で貰うつもりだから」

 さっそく新入部員が入って来る前提で各部長が取り合いを始めようとしていた。

 入学式に持ってくる気合こそ分かれども、それがどれだけヤバい人材なのかも考えておいた方が良いのではと不安になったりもする。

「新メンバーといえば阿倉川、結局ドラムとベースのふたりは続きそうか?」

 おや、そういえば新部活設立の際、既存のメンバーを集めたとか言っていたふたりの生徒がいたはず。

「正直に言うと、続かないと思うよ。 楽器やアーティスト、バンドっていうもののどれにも熱意は無さそうだから」

「そうか……となると、先にバンドとして完成しそうなのは弥富の方だな」

 隆くんが冷静に現状を分析していく。

「最近はカラオケ感覚でも歌いたいっていう女子は多いだろうし、メンバーの状況を見たら『第一』『第二』じゃなくて『男子軽音部』『女子軽音部』と認識すると思う」


 昨今の急なバンドブームもあって、やはりアーティストというよりアイドル指向の女子生徒が学内のバンドや軽音部に入部するというパターンが時々ある。

「今日のステージで、俺らが何人を『やってみたい』と思わせるかにもかかってるワケだ」

 うわぁ……プレッシャーかかる……!

 内心そう思いながらも、修くんのリアクションを窺う。

「僕もその辺りについては理解してるし、無策じゃないよ。 新学期すぐじゃないかもしれないけど、四月の間は自由にやらせて欲しいな」

「考えがあるんなら、今の話は要らなかったか。 もともと俺はあんまりそういうの向いてないから、そこは頼りにしてる」

 ぶっきらぼうな物言いが目立つ隆くんだけども、ものすごく面倒見の良い先輩になりそうな予感しかしない。


「で、アイドルの千代崎は随分緊張してるけど大丈夫か?」

「ほえ!? あ、えっと……」

 何の前触れもなく私が話題の中心となった上に、隠していたつもりがバレバレだったらしい。

「おや? お姫さん、新入生を前に緊張しておられる?」

 修くんが初々しさを愛でるともいうような表情をしながら語りかけてくる。

「う、うん、そりゃあ……新入生全員だから、一番多いお客さんになるんじゃない?」

「大丈夫、覚えてるか分からないけど、照明はステージの上だけだよ」

「せや、練習の感覚で大丈夫や」

 こういう大舞台の前にポジティブ勢はものすごい強い。

 私はといえば、高校に入る前は美容院にも行かず長く太くなったもっさり三つ編みに眼鏡で席は後ろの窓際というザ・地味子という過去。


 そりゃあ制服が可愛いからオシャレしたいかもとお母さんに言ったら、そのまま美容院まで連れていかれて無駄に長かった髪を腰までスッキリサラサラロングにしてもらってからの、せっかくだからってアニメにでも出てきそうな外見にするという方向性の、いわゆる高校デビュー的な流れだったけれども、私のメンタルはそんなに急には変われない。


 ……思わず早口オタク口調がぶり返してしまった……。

 そんなこんなで、明るく振る舞ったところで心配性なのは拭えない。

 感情が変わらないなら、もう別の感情で引っ掻き回すしか無い。

 やってみたい事があった。

 今、ここでやろう!


「戦場で……」

「ん?」

 目を閉じて天を見上げた私の行動を、恵ちゃんが不審に思ったようだ。

「戦いに出る男たちは、愛する女の胸に抱かれて英気を養ったという……」

「え? ちょっ、祐理菜?」

「と! いうわけで!」

 左側にいた恵ちゃんの胸元に飛び込み、そのまま腰に手を回して抱きつくと、頭を押し付けてがっちりホールドする。



「英気~~~~~~~~!!」


「のわーーーーーーーー!?」



 でかい。

 やわらかい。

 でもベースの角が顎に当たってけっこう痛い。

「やしなった!!」

 一歩後ろに退くと、両手を斜め上に広げて天を仰ぐ。

 なんか無茶苦茶な事をやって気分が紛れたかもしれない。

「前髪わっちゃわちゃにしながら言うセリフか!?」

 少し乱れた制服の胸元を正しながら、恵ちゃんが赤くなりながら反論する。

 男子ふたり、隆くんまでもが珍しく苦笑いしつつ私たちを見ている。

「恵ちゃんの包容力にあやかりたくて、つい!」

 そう言い訳した。

「まあええわ! それで元気なら何よりや」

 あっさり赦された。

 なんか高揚感があって、勢いでやったとはいえこれはなかなか……。


「じゃあもっかい!」

 そう言って両腕を広げた瞬間、私の顔面を手のひらが覆って掴まれる。

「安売りせんからな?」

 指の隙間から見える表情は笑顔だが、静かに『今日はここまで』と告げている。

「はひ……」

 掴まれたまま頷いて両腕を降ろすと、ようやく解放してもらった。


 時計はもうすぐ9時、時間はだんだんと近付いてくるけれども、気分は少し落ち着いたかもしれない。

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