1章 飛び込んだり、巻き添えを食らったり
第1話 誰もが、そわそわ
入学式自体は一年生だけらしく、式が終わる頃を見計らって登校して来たら良いと言われたものの、気持ちは先走る。
入学式が終わって部活紹介になるのは10時頃と聞いていたので、およそ9時半に来ていれば問題無いはずだった。
私としては待ちきれない気持ちで、ついつい早く学校へ来てしまった。
しかし……。
「まだ8時だよ!?」
ギターとベース本体以外は全て講堂に持って行ってしまっているので、旧軽音部の部室にみんないるのではないかと思って扉を開けた私の一言目はそれだった。
「よ、おはようさん!」
椅子に座った状態でベースを持った恵ちゃんが暢気に挨拶を返してくる。
「おはよう! 挨拶の前にツッコミ入れちゃったよ!」
「あはは、おはよう、みんな一緒だね」
修くんも既に来ており、アンプを繋がない状態でギターを弄っている。
「この状況、隆くんも来てるね……?」
部室内のテーブルにはマシュマロと爪楊枝の入れ物が置かれている。
本人は今この場にいないけど、間違いなくこの女子力高そうなお菓子を用意するのは隆くんに違いない。
「せや、新入生を眺めに教室行っとる。 祐理菜も食べな。 海山道の差し入れ」
そう言って、爪楊枝に刺して差し出してくるので、受け取って食べる。
「ありがと、貰っとくけども……マシュマロって声に影響は無い? 大丈夫?」
表面に付いている砂糖の甘味とバニラの香りが最初に広がりる。
少しもぐもぐしていると、じゅわっと溶ける感じと共に別の甘味がやってきた。
しかしこの部長ふたり、あと二時間もすれば出演だというのに、このリラックス感は逆に凄い。
特にベースを弾きながら歌う予定の恵ちゃん、喉に悪い効果があってはよろしくない。
「あー、よう聞く話やけど、推薦らしいで、コレ」
「へ? そうなの?」
むしろ良い……と?
「ゼラチン質がなんか喉にええらしい」
そう言いながら、もう一つ取って口に入れる。
「ま、効くんとちゃう? 知らんけど」
ものすごい適当な答えだった。
「それなりに本番前は持ってる気がするね。 さすがに本番中は無いけど」
普段から気にしてなかった情報を修くんが補完してくれる。
「ほえー……ボーカリストでふわふわのマシュマロ……」
私が何となく思った事を口にしたら、恵ちゃんが口に含んだ水を吹き出しそうになる。
「歌ってるジャンルと真逆なニックネーム!」
「あははは! ふわふわボーカリスト!」
ふたりがツボに入ったようだった。
そんな折、部室のドアが開く。
「まだ8時よ!?」
そう言って入ってきたのは、入学式だからと気合が入っているのか、ビシッとスーツで決めている女性教諭。
「ん!? おはようございまふ!」
恵ちゃんがマシュマロをもう一個食べようとした矢先で驚きながら挨拶を返す。
「おはようございます!」
「あ、すみちゃんおはよーございます!」
「おはよ! まさかとは思って来たけど、随分気合入ってるわねー」
彼女は
濃紺のスーツ姿は、普段ゆるふわスカートで学校に来ているとは思えない。
私は普段、親しみを込めて『すみちゃん』と呼んでいて、本人も満更ではない様子なのでこのまま続いている。
ゆるいウェーブのかかった前髪を分けて、いかにも社会人です!といった感じの髪型。
フチなしの眼鏡で、クールな大人といった風貌だが……。
「すみちゃんもすごい気合入ってるけど、大丈夫です……?」
あまりにいつもと違う服装なので、私が心配になって聞いてしまう。
「大丈夫じゃない~……なんか落ち着かなくて、いったん逃げてきたの~」
一度話し始めると、こういう適度に息抜きをするタイプで生徒からも親近感を持たれている。
「8時半から講堂に集合だから、それまで隠れさせてね」
そう言って、部室の隅に置いてあったパイプ椅子を広げて座り、恵ちゃんと修くんが向かい合っている中間に座る。
「センセもマシュマロどうぞ」
恵ちゃんが私に差し出したのと同じように、先生へ爪楊枝に刺したマシュマロを渡す。
「ありがと! んー……ちゃびーばにー……ボーカルのお供、コレ海山道が持ってきたの?」
「ですね、今は教室から新入生眺めてるトコです」
さっきの私と全く同じような流れが展開されていく。
「あ、そうだ、情報仕入れてきたのよ!」
先生が恵ちゃんと修くんを交互に見てから、むしろ本題らしい話題を切り出す。
「たぶんどっちかにギタリスト来るわよ!」
「へ!?」
「え、どういう事です……?」
さすがに意図が分からず、部長ふたりが聞き返す。
「なんか以前にギターでえぐい事言わせてた子が新入生みたいでね」
「えぐい……?」
抽象的過ぎてどういう事か分からず、先生以外の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
「まあ私もさっき聞いたんだけど、なんかでバズった事もあるらしいわよ?」
「ふぇ!?」
いきなり超級新人の予感が押し寄せてきて、変な声が出る。
「え、名前は……?」
「よかったら調べてみたらいいんじゃない? ケータイ席に置いてきちゃったし」
スマホを持って来ないあたり、完全に分かってここに来たのがよく分かる。
私と恵ちゃん、修くんも手持ちのスマホを操作して色々調べ始める。
おそらく、先生は知っているものの全員の情報収集能力を試してみたい興味のようなものを感じる。
ただ、それよりもそのギタリストが気になりすぎて手元の端末に集中する。
『ギタリスト』……今日が高校入学だからバズった当時は『中学生』もしくはそれ以下として考えて……。
だいたいの言葉で、世界的に有名な動画サイトで『中学生』『ギター』ぐらいの単語を入れると、勝手に予測で『天才』なんて単語が出てくる。
そこで検索してみたところ、まあ出るわ出るわ。
何が出るかって、多くの天才ギタリストたち。
『中学生』『ギター』『天才』ぐらいに絞っても、たくさん出てくるので正直どれが誰だか分からないし、ビジュアルを知らないのでネット上のハンドルネームで余計に分からない。
それ以前に男子か女子、どちらなのかすら知らない。
……ギターが男子というミスリードを誘うための先生の策略?などと余計な事を考えつつも、ずらりと並ぶ動画の検索結果を見始めた。
「うお、月光のギターアレンジとかええなぁ……」
恵ちゃんが何気なしに開いていた動画ではベートーベンの『月光』をエレキギターで演奏する中学生らしき少女の姿。
「この子……なのかな?」
「ん……? いや、この動画は八年前や……今頃あたしらより年上かもしらん」
「うわぁ……いつの時代も怪物みたいなギタリストがいるなぁ……」
みんなが思い思いに出てきた動画を見ていく。
「こっちはヴィヴァルディの夏かぁ……こういうクラシックのメロディってヴァイオリンをなぞると今でも充分通じるから凄いよね」
修くんが別の動画を見ながら呟く。
「せやなぁ……やっぱこういう直感的に目立つ技術は人気爆発するんよなぁ……」
ちょっと寂しそうに恵ちゃんがしみじみと続けた。
普段から家族の影響で聴いていたジャンルがジャズ寄りらしく、そういった界隈で異様な若さと言われがちとの事。
けれども、激しく歪ませた音を出すロックと比べて地味だとよく嘆いている。
それは元々この部活がふたつになった音楽性の極端な違いという根源の話。
みんなと演奏するのは楽しい、けれども自分にやりたい事が別にある、というジレンマ。
私もなかなか自分好みのジャンルをあまり言い出せずにみんなの流れに乗っているけど、いつ切り出せばいいか分からないまま勢いで一年間通してしまった。
中学時代、元々あまり我を通すタイプではなかった私がステージに立っただけでも、ものすごい進歩だと思っている。
でも、切り出そうかと考えた時点で更に変わる時期ではないかという気持ちも出てきた。
「よし、それじゃあそろそろ行ってくるわ!」
いつしか凄技ギタリスト鑑賞会となっていた中で、先生がふと立ち上がる。
「お、すみちゃん先生、また後で!」
「はいよ! じゃあ10時頃にいらっしゃい!」
「はーい!」
私たちがそう答えたのを聞くと、部室を出ていった。
誰かが聞きに来てくれるライブハウスでは、数人のお客さん程度。
新入生という大人数を相手にする事を考えて、無性に緊張が高まってきてしまう。
その感覚でガチガチになったりしないように、とりあえず私も先生の座っていた椅子に座り、マシュマロをもうひとつ爪楊枝に刺して口に運んだ。
……ふたりの余裕にあやかるつもりだったけれども、それだけで緊張が解れるようなら苦労はしないと体感するだけだった。
あと数時間、否が応でも緊張感は高まるばかりだ。
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