第7話 その空気に呑まれないように
元々の各部活での持ち時間は最大五分。
今日はセッティングで少し時間を取ってくれているだけで、このリハーサルが終わったら翌日は本番だ。
しかも前に出ている部活もあるし、次にも順番は控えている。
早めの転換は必要なものの、入れ替わりはある程度別と考えられているので、実質六分ちょっと程度もらっている状態だ。
講堂とはいえ、さすがに音響設備をフル活用して大々的にやると音量は凄い事になるので、基本的に音を出すのは各自持ち込んだアンプ類と、スタジオで使っているモニタースピーカー持ち込み。
しかしメンバーは全員ステージの上、顧問の先生もつきっきりではいられない。
そこで放送部の人に協力してもらい、ミキサー経由でバランスを取ってもらう事に。
無茶なお願いだと思っていたところ、普段やらないような練習になると言って乗り気でオーケーを貰えたりと、なかなか放送部もアクティブな人たちである。
あと、相変わらず恵ちゃんの人脈が底無し。
「よし、ほんなら改めてざっくり。 まず、あたしがボーカルで一曲目を歌ったら、こっちの紹介。 んで、海山道はあたしらの活動紹介が終わる頃に出てくる形で」
恵ちゃんの大まかな流れの確認が始まる。
「あいよ」
隆くんが短く答えた。
「んで、それを見計らって阿倉川がそっちの活動紹介。 海山道のマイクはあたしのヤツを渡すわ」
「オッケー、任せて」
修くんは右手をサムズアップする。
「それから二曲目、なんか終わったノリで一言だけ言うつもりやけど、何か言いたい人はおる?」
全員がジェスチャーで首を振ったり手を胸の前に挙げて左右に振ったりと、『特に思い浮かばない』アピール。
「よし、ほんなら全員音出して調整したら終わりにしよか」
『了解!』
私たち三人が同時に応答した後、隆くんはステージの下に降りる。
そのまま少し歩いて、おおよそ新入生の椅子が並んでいる中央付近で立ち止まった。
後ろの方には放送部の部長も立っている。
「千代崎、適当に叩いてみて!」
隆くんが下から合図して、私がまず単純な8ビートのリズムを刻み始める。
少しして、私の叩いている音がモニタースピーカーからも聞こえるようになってきた。
頭上にある二本、そしてバスドラムの正面にあるマイクが音を拾っている。
講堂に音が響き始めたのを確認すると、横向きに構えていた左手を何度かくいっ、と上に挙げる動作。
それに応えるように恵ちゃんがベースの音を出し始めた。
弦を単音で弾いてからアンプのツマミを弄り、ある程度普通に聞こえるようになってからは隆くんが左手を少し挙げる動作に従って音量を上げていく。
そこそこの音量になった時に、手のひらを正面に構えてそこでボリューム上げはストップ。
同じくしてスピーカーからも音が出てくるようになり、放送部側で調整してもらっているようだ。
今度は右手を同様に挙げる動作をすると、修くんが音量を上げ始めた後にスピーカーからの調整が入っていく。
今回は、こうやって調整する事にした。
これがスタンダードなのかも分からない。
でも自分たちで色々と勉強になったりすると思って、みんなで決めた。
限られた時間で、できる限りの事を。
恵ちゃんが歌い出し部分の声出しを始めたところで、Aメロを少し歌った後でサビのフレーズを弾きながら歌い始める。
それに倣うように、私と修くんもそのフレーズを追ってボーカルの声量が調整されていく。
ハウリングを起こさない程度に、それでもちゃんと聞こえる程度に。
とはいえ、スピーカーの性能が足りていない感じで周囲に音が拡散してしまって、ライブステージとは違ってしょっぱい感じになっている。
下にいた二人もそれを感じているようで、意味ありげな表情の後で見合わせて頷くと、隆くんが小走りでステージ上に戻ってくる。
放送部長が両手で丸のサインを作ったのを見て、いったん全員が演奏の手を止めた。
ステージに上がってきた隆くんは恵ちゃんからマイクをスタンドごと受け取り、元々ステージ中央にマイクからケーブルを繋げて置いてあったボーカルエフェクターの近くに陣取る。
そこで、客席側にいた放送部の部長から声がかかった。
「海山道君の声合わせするから、リハーサルついでに一曲通してみて!」
「はーい! 普通に4カウントで入るね」
その指示に応えるように、二曲目のテンポでスティックを4回叩いてカウントして演奏を始めた。
通して演奏してみても、結構激しめの曲だけど音が抜けすぎている。
迫力という点では、知っている人からすると薄れているだろう。
恵ちゃんがちょっと厳しい表情をしているのが一瞬だけ見えた。
「よし、撤収!」
演奏し終えた余韻もそこそこに声が恵ちゃんの上がった。
この環境で及第点だと判断して、すぐ次に控えている部活に回せるよう引き上げる準備を始める。
まず真っ先に、ボリュームのツマミを携帯で写真に撮ってからゼロにしているのだけは分かった。
そこから電源を切った後、ベースのシールドを抜いてから丸め、アンプの上に載せる。
アンプとキャビネットがキャスターに乗ったままなので、それらを動かして舞台袖へ押していった。
修くんは恵ちゃんとほぼ同じ動きをしており、隆くんはマイクがオフになったのを確認してからボーカルエフェクターに関わる部分だけ抜き取り、残ったケーブルをマイクに繋いで終わりだった。
「……私は!?」
みんな各自撤収する中で、私は運んでもらわなければいけないわけでして。
「はいはーい! おまかせあれ!」
演劇部のふたりがやってきて、私ごと動かしてきた時と同じ操作でゴロゴロと台車を転がす音と共に、舞台袖へ向かって引き上げた。
近くで見ていた先生たちの笑顔が逆に刺さる……カッコ良く決まったと思ったけど、この移動風景ってもしかしてコミカルに映るのでは……?
「とりあえず、言いたい事はよーーーく分かる、あたしも言いたい」
舞台袖に入り、引き上げた全員に向かって恵ちゃんが先制して話し始める。
「音スッカスカなのは仕方ないんや。 思った以上にスカスカなんは流石に想定外やけど、凝りすぎるとマイナスになる。 興味の無いモンからすると、喧しいだけや」
ベースを持ったまま降ろさず、熱く語り出す。
「新入生全員にアピールする良い機会やと思う。 でも、おそらく三百人を超える新入生の中で、あたしらのドアを叩くのは良くて数人や」
そう、あくまでこれは学校の中での出来事である事を忘れちゃいけない。
野球をやりたい人もいれば、将棋を指したい人もいるだろう。
同じ音楽でも吹奏楽を目指す生徒の方がきっと多いのも分かる。
「その数人の迷う気持ちに刺さるように、せめてあたしらが楽しんでる事だけでも伝えよう」
いつも全開みたいなはずが、なんだか歯切れの悪い感じ。
恵ちゃんが珍しく不安に思っているんだろうと皆が察した。
「楽しむ事なら負けないよ! 気持ちは二階席までいっぱいのお客さん!」
そこで、私は精一杯のポジティブを押し出していくために間髪入れず返した。
私たちが結成した時、部員は0人。
こうやって部活紹介すら無かったから、自分たちで考えて作ってきたのだ。
思った以上にならない事が分かった時は、やっぱり誰でも不安になる。
「もちろん。 お互いが対抗しあえるぐらい集めたいね」
「メンバー交換も面白そうだな」
修くんが即答して、隆くんも思っている展望を一言だけ。
誰かが落ち込んだら、他のメンバーでそれを吹き飛ばしてやれる関係。
「……せや、明日はよろしくな!」
そう言ってから、ようやく肩に掛けていたベースを降ろしてソフトケースへ手を伸ばす。
ちょっとだけ、彼女も気遣いを感じたのかもしれない。
ふと緩んだ表情を見せた後は、いつもの恵ちゃんだった。
演劇部のふたりもそれを見て何か思うところがあったようで、無言で目配せをしてからお互い笑顔になっている。 意味深だ……。
恵ちゃんも心なしかキリッとした姿勢で、歩み寄って来る放送部の部長に視線を向けて応対しようとするのが見えた。
……が、突然私の方に向き直って一言。
「ところで祐理菜、そこからいつ降りるん?」
「うわ!? なんかつい居心地が良くて!」
ずっと平台のドラムセットに座りながら喋っていた事に今更気付き、慌てて降りたのだった。
ひとしきり笑ってから、みんなでアンプやセットの機材を舞台袖の隅に寄せてから帰り支度を始める。
明日にはきっと大きく変わるであろう、二歩目に向かって。
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