第6話 リハーサル前

 春休みも最終日、あらためて分離前の軽音部メンバーが集まっていた。

 ここは校内の講堂。

 明日には入学式が開かれ、新入生たちがやって来る場所だ。

 軽音部以外の部活動をしている面々もちらほらと見える。

 入学式の段取りで、順番さえ決まっていれば問題無いという部活動のメンバーは今日まで春休みを謳歌しているはずだ。

 我らが部長の恵ちゃんは緑のネクタイの男子生徒、一学年上の放送部部長と打ち合わせか雑談か、何かを話していた。


 私たちは楽器をこちらに持ち込まなければ始まらないので、搬入・搬出の段取りを先生たちに混ざって取っているところ。

 順番はまだ先の方なので、学生たちで舞台袖に集まった状態で雑談をしており、特に緊張した空気は無い。

 みんなそれぞれ部室にあるアンプやマイクを持ち込むだけなのだが、ドラムは何しろ色々とあるせいで、何往復もする事になる。

 一番早く手持無沙汰になった隆くんが一緒に手伝ってくれるので、非常に助かった。

 運ぶ間も口数が少ないのはいつも通り。

 こういうマメさ、やっぱり『たかちゃん』のイメージだなぁ……。

 私の方の好感度ばっかり上げてないで、こっちから上げていかないと名前の呼び方のフラグすら立たない。 頑張ろう……何を?


「ほんなら、全員上手かみて側から入ってくけど、その後も上手側に戻らんとコンセントとか色んなモン抜けるから気い付けてな。 勢い余って髪抜けるかもしらん」

 恵ちゃんが余計な一言を交えながら事前の細かい段取りを話し始める。

「はけるついでにハゲるのは勘弁だなぁ……」

「ぶふっ……」

 修くんが真面目な表情でぼそっと呟いたのを聞いてしまって、つい吹き出す。

「あたしが下手しもて側、阿倉川が上手側やな。 海山道は阿倉川がそっちの活動紹介始める頃に入ってくれば十分間に合うはずやわ」

 客席側から見て右側を上手、左側を下手と呼ぶけれども、今でもたまに混乱する。

 ついでに文字にすると『かみて』『じょうず』で余計に混乱する。

「俺は歌うだけにするよ。 今回は部長同士で手短に話してもらえればいい」

「うん、歌ってくれるだけで充分だ」

 男子二人が言葉少なに流れを確認している。

「んでもって配置はこれでいいとして、祐理菜のドラムはそのまんまやと押していけん事になる」

「普段動かれたら追いかけ回る事になるもんね」


 アンプ自体はキャスターが無くとも、車輪の付いた台車などに載せれば自由に動ける。

 それに対してドラムは動かないように地面にしっかり止まっているし、それどころかバスドラムのキックペダル等は床に食いつくように針状のネジが仕込まれている。

 そのため、スタジオでもドラムの下は直接の床ではなくマットが敷かれているのが一般的。

 今持ち込んだドラムセットもマットまで持ってきており、簡単に動かす気は無い。


「そこで解決案をいただいた演劇部の皆さん」

 先ほどから横にいた同学年の女子生徒二人、クラスメイトなのでよく知っている。

 そんな二人が少し後ろにある、大き目の演劇で使う台座?に両手を向けて、お披露目と言わんばかりに手をひらひらさせて強調する。

「はい! この平台ひらだいにドラムセット載せたら、スムーズに行けると思う提案です!」

 平台と言うらしい。

「ゆりちゃん運ぶよ~」

 もう一人の子も既に私を載せる気満々なようだ。

「何かあらへんかなと相談したら、車輪とブレーキ付いてるらしくてな。 色々工夫してあるから使えるぞ、と」

 相変わらず何から何まで根回ししまくる恵ちゃんの凄さに感心する。

「ものは試し、セッティングしてみよか」

 その言葉を受けて、軽音部メンバーみんなが私のドラムセットを取りに行き、マットを敷いてからどんどんと平台の上に並べていく。

 私はそれらを自分なりに演奏しやすい位置に調整しては、次から次へと置かれたスタンド類を調整していった。


 いざ組み上げてみると、スローンの位置をあまり後ろに下げすぎなければ大丈夫という事は分かった。 うっかりするとそのまま後方へ真っ逆さまである。

 とはいっても、演奏の体勢から動く事は無いので許容範囲と考えて良さそう。

「案外なんとかなりそうだね」

「じゃあこのまんま押してみよか」

 相変わらず決断が早い。

 左右で演劇部ふたりが何かを足で押し下げる動作が見えると、軽く上に押し上げられる感覚の後に少しグラグラするようになった。

 なるほど、こうやって車輪を出し入れして運ぶようにできてるのかと納得。

「軽音部合同、準備入れるぞー」

 ひとりの先生が舞台袖で騒いでいる私たちに声をかけに来た。

 今から移動という意味で、ほぼジャストタイミング。

「了解しました! 各自、配置したらリハ始めるでー!」

 恵ちゃんが返事をして、号令がかかる。

 メンバーみんながアンプやボーカルエフェクター、ケーブルなどを移動する中、私は二人に平台ごと押し出されていく。

「なんか私も楽器扱いされてない?」

「舞台装置ごと運ばれるのって、主役気分で良いと思うよ!」

「そうそう、衣装とか着られそうなのあったら貸すよ~……ラメラメのキラキラとかどう?」

「部活紹介で目立ちすぎでは!?」

 演劇部ふたりに話しかけられながら、ゴロゴロ転がる低音と共に視界が舞台袖から壇上へと変わる。


 昼時、カーテンも開けられた講堂の中で並べられた空席の椅子たち。

 エリアとしては全校生徒が集まった時の約三分の一。

 これだけの数の生徒が新たに明日からやって来て、そのうちの誰かが私たちに感化されて部室のドアを叩くのだろうか。

 男の子? 女の子? どんな子だろう?

 そんな折、両端のふたりが足元で操作すると、すとん、と軽く揺れる感じと共に床へしっかりと固定された感じになる。

 ……先ほどからの私の扱いから察するに、大体は舞台セットとかを載せて運んでるもので、人は運んでいないのではないかと想像している。

「戻る時もお手伝いするから、そのまま座っててね~」

 私があれこれ考えているうちにも段取りは進む。

「うん、ありがとー!」

 タップコンセントにアンプ各種の電源を繋ぎ始めている皆の姿を見て、今度は私が手伝うためにドラムセットを降りてスピーカー類を繋ぎに向かう。

 明日は数分といえど本番。

 そのリハーサルという程よい緊張と期待が、いつもの講堂を少し輝きを増した風景にしてくれていた。

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