第4話 ふざけあえる仲間

 恵ちゃんと別れたものの、昂った気持ちは残ったまま。

 少し駆け足になりながら学校の角を曲がった……と思ったら、ほぼ目と鼻の先に男子生徒が見える。

 正確に言ってしまえば身長差で胸元しか見えないぐらいの距離だ。

 さすがに立ち止まろうにも、駆け出してしまったので止まるのも間に合わず。

「おぶっ!?」

「え!?」

 止まれずぶつかった私、そしてぶつかられた相手……こっちの方が女子らしからぬ声を上げてしまう。

「あれ? 千代崎……? 部室は?」

 かけられた声とその姿は見知った相手だった。

 でも本来このタイミングでは会わないはずだと思っていたので、混乱と驚きがぐるぐる渦巻いて謝るどころではなかった。


 見知った顔というのは間違いなく、ここ一年で活動を共にした仲間だから。

 恵ちゃんと共同で軽音部を立て直したもう一人の立役者、ギタリストの阿倉川あくらがわしゅうくんだ。

「え……修くん!? 鍵かけ終わったんじゃないの?」

 恵ちゃんとほぼ同じ身長だけど、ちょっと垂れ目な感じで人当たりが良さそうな、言ってしまえば優しそうなイケメンに属する男子生徒。

 なんとなくゆる~い雰囲気を感じる癒し系だ。

 ただし笑顔と穏やかな物腰の中にどこか圧を感じるオーラを持っていて、ほとんどの人が対抗したがらない。

「いや、鍵なら今からかけに行くトコだよ?」

「ちょっ……!? 今まで開けっ放し!?」

「大丈夫、今は盗まれるような物は無いからね」

 昼前に一度開けてもらって、用事があるという事でいったん別れていたのだ。

 私がドラムの機材を引き上げた後ぐらいの時間で鍵を締めに来る予定と聞いていたので、とっくに締め終わって帰っているとばっかり思っていた。

「セキュリティはしっかりね!?」

 私が驚きながら諭すと、彼も照れたように肩をすくめる。

「楽器が持ち込まれたら気を付けるよ。 あと、弥富はまだ学校に残ってる?」

「あ、恵ちゃんならつい今しがた別れたトコだよ」

 そう言うと、納得したように一言。

「じゃあさっきの相手は弥富だったのか」

 しっかり聞いてたんかい。

「うん、まだそっちから見えるハズ」

 そう言って、曲がってきた角を戻って先を見ると……。

『いない……』

 思わずふたりで声を上げてしまった。


 しばし本当に視界内に姿が無いか探した後、修くんがかろうじて口を開く。

「え……? 全力ダッシュ?」

「そんなまさか、陸上……そうだ、恵ちゃん中学時代は陸上部やってたって……」

「それにしても学生の革靴で走るのは……あぁ、そういえば春休みだからランニングシューズだったとか?」

 どんどん可能性が増えていく。

「それでも規格外だよね……」

「ジェットババアみたいな勢いで走って帰ったのかな……」

「怪談レベル!?」

 少なくとも今の会話が一分程度だとして、視界から消えるぐらい速かったので少し納得してしまった。

「いや、もしかしたら今日話してた弥富、ずっと亡霊の可能性も……」

「ちょっ!? やめてよ!? 夜中に学校いられなくなるじゃん!?」

「夜中にいるつもりなのはツッコミどころ……?」

「文化祭の後みたいにうっかり消されたらシャレになんないよ!?」

「あはははは! 次は気を付けよう!」

 そうやって道端で話に花が咲き始めたところで、修くんのスマホから音が聞こえる。

「あ、弥富からだ」

 彼が画面を覗いている時に、ふと思い出す。

「そういえば明日の時間調整するって言ってた」

「なるほど、9時ならいいんじゃないかな」

 そう言って、その場でぽちぽちと返信を始める。


 この短時間で私たちの視界から離れた上に、この発言を投げられるタイミングって、もしかして学校に戻ってるんじゃ……?

 そんな事を考えたりもしたものの、今から戻るにも面倒なので修くんの返信する様子でも見てから帰る事にした。

「そうだ、ちょっと後ろに来て」

 何かを思い付いたようで、インカメラを起動して私を背にする。

 ……察した。

 私は修くんのカメラに向かってダブルピースのポーズを取ると、カシャリと音を立てて一枚の写真が撮られた。

「……よし」

 そう言って、またぽちぽちと操作する。

 少しして会話が落ち着いたようで、

「こんな感じでどうかな」

 と、操作画面を見せてもらった。

 画面の最初には修くんのアップと後ろにピースで映る私の画像。


                  『了解!ついでにもうひとりも了解してる』


                『あと昼は食堂やってない?どこかで食べる?』


『なんか後ろにいる』


『弁当でもよし、でも昼にいったんコンビニ行こうか』


                             『OKそうしよう』


「オーケーそうしよう」

 私も最後の文章を読み上げながら、もう一度ダブルピースして指をチョキチョキさせた。

「グループにすぐ来るかな?」

 などと言った瞬間、私のスマホにも通知音。

 画面を見たら従来の軽音部メンバー宛てのグループ。


『明日は第二軽音部室に9時集合、課題曲は2曲とも1コーラスだけ』


『ついでに当日の発言を考えるので、何か話したい人は一緒にミーティング!』


「こういう根回しの早さはホント尊敬するよ……」

 修くんも感心している。

 ちなみに彼が主導だと大体翌日にまとまるぐらいには緩い。

 ともあれふたりでぽちぽちと返信タイム。

 お互いの返事とスタンプをグループで送ってから、修くんが切り出した。

「よし、それじゃまた明日!」

 そう言って学校の方へ歩き始める。

「うん、唸れドラムスティック!」

 スティックケースを前に構えてから、今度こそ帰路につく私。

 それを見て苦笑する彼を見ながら、手を振りつつ別れた。


 平穏、ただただ楽しく日々が流れていく。

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