第3話 ちょっと振り返る
時計を見たら、そろそろ15時を回った頃。
普段は今から部活の時間だけれども、今は春休み。
もともと活動のつもりで来ているわけでは無いので、名残惜しいけれど帰る準備を始める頃だ。
「今日のところは陽が出てるうちに帰ろか」
そう呼びかける恵ちゃんに、私も耳栓を外しながら答える。
「だね、明日もまた来るよね?」
演奏を終えて片付けを始める恵ちゃんに揃って、私も締め込んでいた部品を少し緩めたり、シンバルを拭いたりし始めた。
楽器の音が無くなれば、普通の世界に戻ってきたように話せるようになる。
「ああ、入学式の部活紹介が実質最後の活動やしな」
アンプから引き抜いたケーブルをスムーズに巻きながら受け答えする。
「そういや私がドラムで良かった……? 向こうもドラムが入ったって聞いたけど」
先ほど持ってきていたキャリーカートを折り畳み、部屋の隅っこへ置きながら私の懸念を伝えた。
「あー、アレはたぶんメンバー数集め。 むしろドラム経験者の新入生に期待するんちゃうかな」
「そうなんだ、ということはベースも……?」
「んー……見た感じ、少なくとも楽器演奏してそうなイメージは無かったからなぁ……」
既にそれぞれバンドとしての性質が出ている気がする。
というより、こちらのハードルが高くてとっつきにくいと感じていたり、男子軽音部・女子軽音部といった構図になってしまったのが良くなかったかもしれない。
もともと吹奏楽部があるので、音楽となるとそちらに向かう生徒が多い。
軽音部も元々廃部状態で放置されていた部室を1年生の私たちが再建したのが昨年。
発起人は恵ちゃんと、もうひとりの男子。
とはいえ、実質的には恵ちゃんがほぼ動いたような印象だった。
「ま、それも来週には誰が来るかで分かるやろうし、メンバー揃わんかったらお互いサポートすれば良し! こうやって防音室も二つできたしで、ええことずくめやん」
世間では少し学生発のバンドがブームになっているとはいえ、ここまでやってしまってようやく気付いたのは、ひとつの学校に二つのバンドができるメンバーを集める必要があるという目標が立っているという事だった。
……今更ながら、これをできると言い切って実現させようとしている根拠はどこから来るのか知りたい。
「あたしらもフルメンバー揃えるように頑張らんとな。 去年の人気者同士!」
エフェクターケースを閉じながら、苦笑しながら恵ちゃんが私に振り返る。
そうなのだ。
昨年の文化祭に出演した際、何の因果かものすごく目立ってしまい、同級生から上級生まで注目の的となった。
ちょっと前に流行ったメジャーなアニソンを演奏してゲストに歌ってもらうというカラオケ形式で、たまに見るような無難なバンドに見せかけて、なんか緩い雰囲気をしばらく演出。
少しずつテンションを上げて、可もなく不可も無く終わりそうな状態で、流れで盛り上がって終わりそうだなぁという空気をなんとか維持していたのだけど、その選曲はギタリストによる画策。
時間いっぱいのラストに演奏した曲がめちゃめちゃパワフルなラウド系パンクミュージックで、そのドラムを叩いていたのがこの小柄な私。
あと、やたら前に出てベースを弾きたおす、三年生でもそんな身長いないぐらいの恵ちゃん。
ボーカルの男子もキレッキレで動くし、ちょっとしたデスボイスも出したりボーカルエフェクターを使ったりと、隠していた爪を存分に披露。
首謀者のギタリスト男子は、よほどこれがやりたかったのだろうという勢いでギターを振り回してステージ上を暴れ回る。
そりゃあ目立つし曲はテンション上がるし、原曲を知ってるギャラリーは少人数ながら最前でモッシュを起こすしで大騒ぎのうちに閉幕。
恵ちゃんの方は急に王子様的な人気が出るし、私の方は……あれだけカッコイイ曲をやりながら、何故かマスコット? そんな感じで校内にいると注目されるようになったのだ。
それを目当てに軽音部へ潜入しようとする輩も現れたりはしたものの、恵ちゃんが悉く撃退して今の平穏がある。
「ということは、新入生の前で演奏するのは私なんだね……なんか今から緊張してきた!」
「せや、緊張するのはええ事や。 頑張ろう、って思ってる証拠やん?」
入り口近くに置いてあるミキサーのフェーダーを手前に引いて電源をオフにしながら、ポジティブの権化みたいな発言が飛び出てくる。
私といえば中学生時代まではドラムのリズムゲームをひたすらプレイしてただけの経験しか無かったために、色々な技術を身に付けている皆に追い付こうと練習を繰り返す日々。
まだ足りていないからと後ろ向きな考えになってしまうけども、それを受け止めて、前に向かせてくれているからこそ、恵ちゃんについていこうと決めたのだ。
「さ、今日はここまで。 鍵、締めよか」
言われるがまま、ドラムのスティックを納めたケースだけを持って外に出る。
家までドラムセットを持って行くわけにはいかないので、持って帰るのはスティックだけ。
ちなみに恵ちゃんはエフェクターケースを片手に持ち、背中にベースのソフトケースというフル装備状態。 普段はこれに通学鞄という重装備だ。
二重の防音扉を閉めると、持っていた鍵で施錠した。
歩き始めてから、ふと恵ちゃんが何かを思い出す。
「そういや明日、何時からやるか決めてなかったな……後で聞いとくから、すぐ連絡するわ」
「あ、そうなんだ。 なんか感覚的に9時ぐらいかなー、とか思ってた」
そのまま昼食でもみんなで食べてからもう少し練習して解散、といったイメージ。
「ええな、そのまま昼を挟んで今ぐらいまでにするか。 それで提案してみる」
なんか思い付きがそのまま通りそう。
「じゃ、また明日な」
校門まで歩いてきたら、そこから既にお互いが逆方向。
「うん、時間決まったら連絡ちょうだい」
そう言って、時々振り返っては手を振りながらお互いの方向へ向かって離れる。
「じゃあ、またねーー!!!」
私は最後にそう叫んで、恵ちゃんが軽く手を振るのを見ると、ようやく前を向く。
期待と緊張のドキドキを抱えながら、自然と軽くなる足取りで前へ進み始めた。
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