31―1 不滅の悪

31―1 不滅の悪


「いったい、何が……起こった……?」


俺は上空を、茫然と見つめていた。

フランの渾身の一撃は、確かにセカンドの体を刺し貫いた。だがその直後、突然奴が、血しぶきをあげながら叫んだ。次の瞬間、フランとペトラの姿が、跡形もなく消えていたんだ。


「フランは……ペトラは……セカンドは、どうなった……?」


「し……下よ」


アルルカの声が、震えている。俺は言われた通り、下を見た。


「ハァ、ハァ……ここまで、手こずるとはな……」


そこにいたのは……輝く、黒い鎧を身に纏った男。手には闇を固めたような、黒い槍を持っている。その槍が、地面に倒れたフランを貫き、縫い付けていた。


「フラン……!」


「冗談、でしょう……あれでも、まだ動けるっていうの……?」


アルルカは声だけでなく、体まで震えていた。その震えが、俺にまで伝染するようだ。嘘だろ……フランが、自分を犠牲にしてまで、奴を追い詰めたっていうのに。


「どうしてあいつは、まだ動けるんだ……!」


「ぐっ……うおおおぉぉ!」


がれきの陰から、雄たけびを上げてペトラが飛び出した。だが、ペトラの拳が奴の鎧に触れた瞬間、ペトラの手の甲殻が、爆発するようにはじけ飛んだ。


「ぐあぁぁ!」


肉がむき出しになったペトラの手からは、ボタボタと、青色の血が垂れている。勢いをくじかれたペトラに、今度はセカンドが襲い掛かる番だった。輝く槍が四本、空中に出現する。


ズンッ!ズンッ!ズンッ!ズンッ!


槍はそれぞれ、ペトラの四肢を穿った。まるで標本のようだ。はりつけにされてたペトラは、それでも抜け出そうともがく。


「ぬ、おおぉ……!」


ペトラは四肢を引きちぎらんばかりだったが、それでも無駄だった。槍は鋼のようにびくともしない。ペトラはもぞもぞと体を揺するのが精いっぱいで、体に空いた穴からは、血がドクドクと流れ出していた。


「ペトラ……あれじゃあ、もう……」


まさか……あの二人があれだけやっても、ダメなのか?


「どうして……フランの攻撃は、確かにあいつに届いていたはずだろ……」


「あいつ……ありえない。また、強くなってるわ。でも、どうして……?」


どういうことだ?セカンドが、急にパワーアップしたって?

ペトラを無力化したセカンドは、ゆらりと亡霊のように立ち上がった。奴の輝く鎧のなかで、ひときわ強く、だが漆黒のように黒い光を放つ物が、胸のところにぶら下がっている。それを見た時、俺は理由が分かった。

あれは、まさか……


自我字引エゴバイブル……!」


形はアニに似ている。だが、放つ気配は似ても似つかない。持ち主の邪悪さに染まってしまったのか、禍々しい黒点のようだ。


「あれ、あんたと同じ……あいつ、今まであれを使ってなかったの?」


「エゴバイブルは……勇者の能力の、補助をする。今までは、その補助すら必要としていなかったのか……」


戦いの前、俺とアニは、セカンドのエゴバイブルを奪えれば有利になれるんじゃと計画していた。だが、とんだ思い違いだった……あいつは、他者の力なんて借りなくても十分化け物だったのだ。


(補助なしでも、俺たちを圧倒できてたなら……もう、どうしたらいいんだよ)


指先が、じわじわと冷たくなっていく。ファーストは、エゴバイブルが奴の弱点たり得ると推測していた。けど、そもそも間違っていたんだ。だって彼は、セカンドに出し抜かれた側の人間だったんだから……そして、俺たちも……


「……っ!ねえ、見て!」


アルルカが息をつめてささやく。なんだ?セカンドの様子が、おかしい。


「……血が、足りねぇ……」


ふらりと、セカンドがよろめいた……?二本の足で立ってはいるものの、上半身はふらふらと揺れている。


「効いてる……!フランが与えた傷よ!いくらあの怪物でも無傷で済むはずないんだわ!」


なんだって。奴を覆っていた黒い鎧が、陽炎のように揺らめいた。弱っている、のか?


(フランのあがきは……無駄じゃ、なかったんだ!)


フランの決死の一撃は、確かに奴に届いていた。冷たくなっていた手先に、じんじんと血が流れ始めた。アルルカが声を上ずらせる。


「ねえ!今がチャンスよ!今なら、奴を倒せるわ!」


「ああ!よし、ありったけをつぎ込んで……」


その時俺は、首筋を冷たい手で撫でられた感覚を覚えた。なんだ、これ……?喉元に、鋭い刃を突き付けられているみたいだ。


「ま……待って!くれ、アルルカ……」


「え?ど、どうしたのよ!」


アルルカは愛用の杖を構えて、今にも羽ばたきそうだ。じれったい様子で、俺とセカンドを交互に見る。


「ねえ……!今しか、チャンスはないのよ!フランの努力を無駄にする気!?」


「分かってる……分かってるんだ、でも……」


俺はどうしても、首を縦に触れなかった。なんだって言うんだ、どうしてこんなに、嫌な予感がする!?痛みが思考を鈍らせ、上手く言語化ができない。だけど、今アルルカを突っ込ませたら、絶対にいけない……!


(俺たちは……切らされた……)


そうだ。さっきから俺たちは、自分たちで切り札を切ったつもりで、その実セカンドにタイミングを操られていた。奴は口先で俺たちを挑発し、軽薄な態度で俺たちを煽った。そうやって罠に嵌めるのが、あいつのやり口なんだ。だったら、このチャンスも、おそらく……!


「う、おおおおおおお!」


っ!雄たけびを上げながら、走り出す男が一人。掲げる剣には、バチバチと火花が散っている。


「クラーク!」


クラークが、猛然とセカンドへ突撃していく。アドリアとミカエルの制止も振り切って。フランたちが戦っている間に、動けるまで回復していたのか。だが、ダメだ!


「ま、待て!止まれクラーク!」


「死ねえぇぇ、セカンドォォォォォ!」


クラークはもはや誰の声も聞いていなかった。走り出した勢いのまま、剣を思い切りセカンドに突き刺す。ズガッ!


「……!」


クラークの剣は、根元まで深々と突き刺さった……ように見えた。だが、違う。突き刺さったんじゃない。鎧に触れたそばから、剣身が灰となって消えてしまったのだ。クラークの顔が引きつる。


「っ!逃げろっ、クラーク!!!」


「おせぇよ」


ガッ。セカンドの手が、クラークの首を掴んだ。


「バッカだなおめー。二度も同じ手食いやがって」


ああ……あの、邪悪な笑み。命を殺める前の、歪んだ愉悦の笑み。


「わざわざありがとな。テメエの方から、突っ込んできてくれてよ」


セカンドの胸のエゴバイブルが、光り輝いた。


「イーターケルベロス!!!」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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