30-3

30-3


「フラン……」


フランが、戦っている。にじむ視界で、それでも俺は目を凝らす。

骨だけとなってしまったフラン。もう、あの美しい銀色の髪も、白すぎるほど白い肌も、深紅の輝きを放つ瞳も、彼女には残っていない。彼女の面影を残すものは、額の角と、左手の鍵爪のみとなってしまった。

それなのに……涙が、止まらない。たとえ、どんな姿になっても……あそこで戦っているのは、俺が好きになった、女の子なんだ。


「なんで……」


「桜下……?」


「なんで俺は、一緒に戦ってないんだ。どうして俺は、こんなところで、動けないでいるんだ……」


アルルカが支えてくれなければ、俺は立っていることすらままならない。それが、悔しくてしょうがないんだ。あそこで、フランが戦っている。俺も行かなければ。行かなくちゃ、行けないのに……涙を流し続ける俺を、アルルカは無言で支えてくれていた。




「っクソがああぁ!なんで燃えねえぇぇ!」


セカンドは苦悶に顔を歪ませながらも、大量の黒炎をフランへ差し向ける。フランはその直撃を喰らいながらも、炎の中をまっすぐ突っ切った。真っ黒な骸骨となってしまったフランの体は、どれだけ炎が舐め上げようと、決して燃えることはなかった。

ザンッ!炎を切り裂くように、フランの鉤爪が一閃する。セカンドは必死に体を逸らして、なんとかそれを避けた。セカンドの体には、先ほどフランが刻んだ傷跡が、生々しく残っている。虚を突かれたとはいえ、セカンドはとっさに鱗の盾を展開して、致命傷は避けていた。だが、セカンドが奪い取ってきた武人たちの能力が、彼女の鉤爪に警鐘を鳴らしている。彼女の一撃をまともに喰らうとまずい。それが分かっているから、うかつに踏み込めないのだ。


「この骨野郎がぁ!燃えねーなら、ぶっ壊すまでよぉ!」


セカンドが拳を振り上げると、地面が砕け、岩石ががぽっと浮き上がった。風の魔法で、セカンドが持ち上げたのだ。


「潰れろ!」


岩の塊が、フランに投げつけられる。それがぶつかる寸前、黒い影が飛び出した。


「はああぁっ!」


ドガァ!ガラガラガラ!影が体当たりしてきたことで、岩が砕けて散らばった。


「クソが、邪魔してんじゃねぇぞぉぉ!」


「そうは、いかんな。私よりも小さい戦士が戦っているというのに、寝てばかりもいられんさ……!」


身を挺してフランを守ったのは、ペトラだった。度重なる戦闘によって、ペトラは全身から青色の血を流している。だがそれでも、彼女は背筋を伸ばしてフランの隣に並び立った。真っ黒な甲殻に身を包んだペトラと、真っ黒な骸骨のフランが共に並ぶと、恐ろしい魔物にしか見えない。そのせいで相対しているセカンドがかえって勇者らしく映るのは、なんとも皮肉だ。

ペトラはフランにささやくように語り掛ける。


「フランよ。お前の決意、しかと見届けた。わずかだが、私も力を貸そう」


フランはこくりとうなずくと、右に迂回しながら走り出した。ペトラは左へと走る。二人はセカンドを挟み込む形になった。


「ちょろちょろとぉ!うぜーんだよ!」


セカンドはごく短い詠唱で、呪文を完成させた。


「バーストレパード!」


風が爆風のように、地面を砕きながら二人に迫る。ズガガガガッ!


「おおぉぉぉぉ!」


ペトラは腕で頭を覆い、風に自ら突っ込んだ。セカンドは舌打ちして、暴風を乗り越えてきたペトラを迎え撃つ。

一方、体の軽いフランは、地面に深く鉤爪を突き刺すことで風を耐えた。だが、ただ耐えただけじゃない。それは、次の攻撃への布石だ。風が通り過ぎると同時に、爪を指していた地面を無理やり持ち上げた。ボゴッっと、巨大な土砂の塊が持ち上がる。さっきの仕返しとばかりに、フランはセカンド目掛けてそれをぶん投げた。


「しゃらくせえ!」


たとえ土砂の塊だろうと、セカンドの黒炎は瞬く間に燃やしてしまった。ボロボロと黒い灰になって崩れてしまう。


「ならば、これはどうだ!」


セカンドが炎を放つ一瞬のすきに、ペトラはその背後に回り込んでいた。ペトラは体を回転させると、黒炎もお構いなしに自らの尾を叩きつける。竜の尾に引っぱたかれたような衝撃に、セカンドが吹っ飛ばされた。


「がっ……!」


「やれ!フラン!」


ぶすぶすと煙を上げる尾をかばいながら、ペトラが叫ぶ。セカンドが飛んだ先には、フランが待ち構えていた。


「くそっ……!」


セカンドが黒い鱗を纏う。そこへ、フランの鍵爪が振り下ろされた。

ガギャァ!


「ぐぎゃああぁ!」


鱗がはがれて弾け飛ぶ。鮮血が、セカンドの右腕から散った。毒の鉤爪が、セカンドの鱗の盾を破ったのだ。


「くそ、おおぉぉぉ……カスどもがぁ……!」


右手を押さえて、セカンドが後ずさる。


(効いている。これを逃す手はないな)


また“イーターケルベロス”を使われたら、せっかく与えたダメージを回復されかねない。ペトラは素早く行動した。


「畳みかけるぞ!奴に回復の隙を与えるな!」


ペトラは右、フランは左。先ほどと同じフォーメーションで、二人は猛攻を仕掛ける。


「クソどもが、一つ覚えによぉ……!」


同じ手を使わせまいと、セカンドが黒炎を集める。だが、右腕のダメージが想像以上に大きい。セカンドの操る炎は、さっきよりも鋭才を欠いていた。


「ふんっ!」


ドゴォ!ペトラの重い拳を、セカンドは片手で受け止める。だが、その表情に余裕はない。


「セカンド!貴様の力はしょせん、奪い取っただけの盗品に過ぎない!」


激しい戦闘の最中でも、ペトラはあえて口を開いて揺さぶりをかける。彼女の甲殻は炎を完全には防げない。何度も炎の壁越しに攻撃を繰り返すと、彼女の体は耐えられないのだ。


「いくら優れた力を集めようとも、それを扱う貴様自身が未熟では、十分な威力は発揮されまい!分かるか!?それが、今のこの状況だ!」


ペトラとフランは、圧倒とまでは行かないものの、少しずつセカンドを押してきている。セカンドは常に黒炎の盾を展開するために魔力を消費し、さらに流れ出る血が体力を奪っている。時間が経てばたつほど、その差は大きくなるはずだ。


「黙れ、虫けらふぜいが!」


バッと、セカンドが二人に手のひらを向ける。


「ガルテンペストォ!」


風の刃が勢いよく噴き出す。それを紙一重でかわしたペトラは、逆にセカンドの腕を掴んだ。黒炎がペトラの手のひらをじゅうじゅうと焦がすが、それを無視して、腕に力をこめる。


「おおぉぉぉ!」


ブゥン!セカンドの体が宙を舞った。


「それがどうしたぁ!バーストレパード!」


セカンドは空にかち上げられながらも、即座に呪文で反撃してくる。セカンドから爆風が放たれ、フランたちへ襲い掛かろうとした。その瞬間。


「エアロフテラ!」


ビュゴウ!セカンドとは全く別の方向から、強風が吹き渡った。風と風とがぶつかり合い、ほんの一部分であったが、威力が相殺される。ペトラは思わず背後を振り返った。


「行って!フラン!」


背後で、ライラが両手を突き出していた。フランは迷わず跳躍し、風に開いたわずかなすき間に飛び込んでいく。強引に爆風を突破すれば、空中で身動きの取れないセカンドは目の前だ。セカンドの目が恐怖に見開かれた。

ズシャアッ!


「がっは……」


アッパーカットのように突き出した鍵爪は、セカンドを刺し貫いた。セカンドの口から鮮血が飛ぶ。


「獲った!」


ペトラは思わず拳を握った。さしもの奴でも、これは致命傷に違いない。そしてそれは、フランも同じだった。わずかに気を緩めた、その時。

がしっ。フランの腕が、掴まれた。この空中でそんなことができるのは、たった一人しかいない。


「ご……おおおぉぉおぉぉぉ!」




つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る