30-2

30-2


アルルカは、今や骨だけとなって戦い続けるフランを見つめながら、数時間前のことを思い出していた。


「わたしを、セカンドと戦えるようにして」


そう言ってきたフランを、アルルカは訝し気な目で見返す。

桜下たちが眠りについて、少ししてからのことだった。フランはフラフラと一人どこかに歩いていき、戻ってきたと思ったらアルルカを引っ張って、仲間たちから離れた所まで連れてきていた。そうして開口一番に聞かされたのが、これだ。呆れるのも無理はない。


「あんたね、あたしを願いを叶えてくれる妖精かなんかと勘違いしてんの?」


「こんな邪悪な妖精がいるわけないでしょ」


「誰が邪悪よ!」


アルルカはイライラとかぶりを振った。まったく、こんなとこまで来て、漫才をするつもりはないのだ。さっさと戻ろうとしたが、フランはアルルカの腕を離さない。


「はぁー、っとにねぇ!いいわ、よしんば、そんな方法があったとしましょう。なんであたしは、それを黙ってるわけ?とっくにあのバカにでも教えてるはずでしょうが」


さすがのアルルカも、この局面で、情報を出し惜しみすることはしない。そもそも彼女は負けず嫌いだ。


(それともこいつ、あたしを信用してないってわけ?)


フランは、自分を疑っているのだろうか?だとしたら心外だし、腹立たしい。しかしフランは、静かに首を横に振る。


「あなたはまだ、その方法を知らない。ううん、知ってるけど、気付いてないだけ」


「はあ?なによ、今度はとんち?」


「真面目に言ってるよ。お前にしか、頼めない」


アルルカはイライラを通り越して、困惑してきた。


「あんた、ほんとにどうしちゃったの?腕一本失くしたからって、自暴自棄になってんじゃないでしょうね」


「違う。これは、わたしがまた戦うために必要なこと」


「……いいわ。そこまで言うなら、言ってみなさいよ。ちゃんとまともな考えがあるんでしょうね?」


「普通の方法じゃない。誰にも、それこそあの人には、こんな方法させられない。でも、わたしならできる」


「なによそれ?人間じゃなくて、アンデッドならってこと?」


「ちょっと違う、かな。きっとお前やロウランじゃダメだと思う」


どういうことだ?アルルカは眉根を寄せる。確かにアンデッドは、生者より失えるものが多い。しかし、今回は相手が悪すぎる。


「だとしても、あの炎は無理よ。言ったでしょ、普通の炎じゃないって。たとえアンデッドでも、タダじゃ済まないんだってば。いまさらクドクド言わずとも、分かるでしょ」


フランは失くした片腕をぎゅっと押える。だがフランは、きりっと目を上げた。


「タダで済ませようなんて、思ってない。多少の犠牲は覚悟の上だ」


「あんた……」


その強い目から、アルルカは思わず視線を逸らした。


「……それでも、無理よ。悔しいけどね」


フランの妙な態度に当てられたのか、普段のアルルカでは考えられないような、弱気な声が出た。


「あたしには、あの炎を破る手は思いつかなかったの。あったなら、とっくに使ってるわ」


「過去形ってことは、一度考えはしたの?」


「まあね。炎の熱を、氷で防げないかとか……」


「どうやるの?それ」


フランは意外なほど食い下がってくる。まるで、この問答の先に答えがあると確信しているかのようだ。アルルカはつい口を開いてしまう。


「あたしの持ってる中で一番強力な魔法、“グレイシア・ギガンテ”の全冷気を、一点に集中させんのよ」


「そんな魔法、使えたんだ」


「あんたらには見せたことなかったわね。普通に使うと、町一つくらいなら簡単に消し飛ぶわよ」


フランは驚いたように、目をぱちくりする。


「そんなの、最初に会ったときには使わなかった」


「バカね、自分の城を吹き飛ばす馬鹿がどこにいんのよ。それ以降もあのバカがうるさいから、使う機会が無かったの」


フランは納得したようにうなずくと、ずいと身を乗り出してくる。


「それでなら、あの炎を防げる?」


「だから、無理だって。せいぜい、一秒持ちこたえるのが関の山よ。あっという間に食い破られるわ……」


「それなら……その魔法を、一人の体に集中したら、どう?」


今度はアルルカが目をしばたく番だった。体に注ぎ込むという方法は、考えたことが無かった。しばらく考えを巡らせてから、アルルカはゆっくりと口を開く。


「……無理ね。まず破られる」


「どうして」


「冷気が、足りないわ。ギガンテの威力をもってしても、体全てを守るなんてできない」


「体、全て?」


「そうよ。ただ暑さを防ぐのとはわけが違うわ。あの炎は、そういう魔法なんだってば」


どうしてわかり切ったことを、懇切丁寧に説明しなければならないのか。藁にも縋る思いなのかもしれないが、縋られる方はたまったものではない。答えを返せない問い掛けほど、歯がゆいものもないから。

アルルカもいい加減嫌気が差して、フランの腕を振りほどこうとした。だがその時、フランは確信を得たように、小さくつぶやいた。


「そういうことか……」


「え?」


フランは失望するどころか、逆にうなずいている。今の話のどこに、納得できる点があったと言うのだ?


「なによ、いったい」


「体全てじゃないなら、守る事はできるんだね」


「全てじゃないって……足一本だけ守って、どうなるっていうの?無意味じゃない」


「そうじゃない。もっと、小さなものがあるでしょ。体全てがダメなら、無駄なところを削っていけばいい。皮を削って、肉を削って、そうやった最後に残る物が」


アルルカは一瞬怪訝そうに顔をしかめたが、すぐにハッとした。


「あんた……まさか」


「そう。“骨だけ”に絞れば、あの炎も防げる。そうじゃない?」


アルルカはまじまじと、フランの顔を見つめた。


「あんた……正気?自分が何言っているのか分かってんの?骨だけってことは、表情とか、声とか、そういうの全部失くすってことなのよ?」


「分かってる」


「分かってないわよ!あんた、それでどうやって会話すんのよ!?骨だけなんて、無機物と変わらないわ!もう人間とも呼べないじゃない!」


アルルカがあまりにも必死に叫ぶものだから、フランは苦笑してしまった。


「わたしは、人間じゃなくてゾンビだよ」


「黙りなさい!分かってんでしょ!そんなんで、あいつがあんたに愛想尽かしたらどうすんの!?」


フランの顔に、深い影が差した。


「……分かってる。もうわたしは、あの人の隣にはいられない……でもね。それでも、ずっとマシなんだ」


「なにがよ……一体それ以外に、何を優先すんのよ」


フランはゆっくりと、顔をそむけた。


「あの人が、ここで、セカンドに殺されるよりは」


その視線の先には、眠る桜下がいる。


「……」


フランが視線をアルルカに戻す。


「肉体は無理でも、骨だけに集中すれば、あの炎に触れても燃えなくできるんじゃない」


「……いや、それでもたぶん、五分五分よ。ゾンビと言えど、骨は普通の人間と同じでしょう。それじゃ耐えられるか分からないわ」


「……ううん。それも、わたしなら、大丈夫なはず」


「ねえあんた、ほんとに……わかった、わかったわよ。それでなに、その理由って」


アルルカはとうとう根負けして、素直に訊ねた。フランは確信をもってうなずく。


「わたしが、死んだときのことなんだ……わたし、普通よりも燃えにくいんだよ」



つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る