30-1 フランの切り札

30-1 フランの切り札


「殺してやるよ。ボロ炭にしてな」


いよいよやばいぞ、これ……!

セカンドが歯を向きながら、こちらへとやって来る。今までクラークやペトラがさんざん攻撃してきたっていうのに、何度かは有効打も入ったはずなのに……奴は全く弱った様子を見せない。対してこっちはボロボロだ。


(こんなんじゃ、戦いにすらならない……!)


ただ一方的にやられるだけだ。奴の言葉通り、消し炭にされるしかない。


「くそ……冗談じゃねーぞ……!」


今はとにかく、あいつから一歩でも離れないとまずい!いったん退いて、そこから立て直すしかない。だってのに、なんで俺の足は動かないんだよ!ガクガクと震える膝を叩いても、痙攣は収まらない。体の痛みは刻一刻とひどくなっていく。くそ、くそっ!


「んなことやってる場合!?這いつくばってもいいから、早く逃げなさい!」


なに?動けずにいる俺の前に飛び出してきたのは、アルルカだった。彼女は杖を構えて、俺たちをセカンドから守るように立ちふさがる。


「あたしが時間を稼ぐ!あんたたちは早く!」


「あ、アルルカ……お前……」


だが、その彼女の肩を引いて、代わりに前に出るものがいた。


「わたしが、行く」


え……フラン……?

アルルカがその横顔を、目を見開いて見つめている。


「あんた……本気で、言ってるの?」


「うん。みんなを、お願い」


「……ダメよ。やっぱりダメ、上手くいきっこないわ……!」


「アルルカ。分かってるでしょ」


フランが静かに、だがきっぱりと告げると、アルルカは殴られたような顔で口をつぐんだ。分かっている……?一体、何を言っているんだ……?

フランはアルルカの肩を叩くと、そのままセカンドへ向かって歩き出した。はっ。俺は何をぼーっとしているんだ、行かせちゃいけない!


「フラン!まて、行くな……」


「まって!」


アルルカが背中を向けたまま腕を突き出し、俺を制した。


「アルルカ……?おい、何言ってんだ。あの炎には、フランじゃ耐えられないんだって!」


「……」


「頼むアルルカ、あいつを止めてくれ!早くしないと、フランが……」


「……あの子のこと、信じてあげて。お願い」


え……?信じるって、フランのことを?どうしてそれを、アルルカが……?

俺は伸ばしたアルルカの腕が、かすかにふるえていることに気付いた。どうなっているんだ。アルルカがこんなにも、フランを信じるようなことを……


(なんだ、これ……どうしてこんなに、胸騒ぎがするんだ……!?)


アルルカの言動に、フランの姿が重なる。戦いに向かう直前……フランの様子がおかしかったが、あれはもしかして……

俺が完全に混乱しているうちに、フランはセカンドの下へ辿り着いてしまった。


「……誰かと思えば、お嬢ちゃんか。へー、面白いじゃん」


一人でやって来たフランのことを、セカンドの目は、値踏みでもするかのようになめ回す。


「お嬢ちゃんが、オレの相手をしようっての?悪いけど、そりゃちょっと役者不足だなぁ。それとも、もう一本の腕も焼かれたいって?お前、ひょとしてドエム?」


「……個人的に、お前には借りがある」


完全に無視されて、セカンドはイラついたようにぴくっとまなじりを動かした。が、すぐににやけ面に戻る。


「借り?何のことだかわかんねーな。ま何でもいいけどさ、ちょっとそこどいててくんない?できれば君に手を加えたくないんだよ。これ以上傷物にしたら、せかっくのカワイ子ちゃんが台無しじゃん」


「いつか、もしお前に会うようなことがあったら、言おうと思ってたことがある。その機会は、あの世でのことになると思ってたけど」


「……キャッチボールできないねぇ。する気が無いのかな?まいいや、言いたいことがあるって?それってやっぱり、君のお父さんにってこと?」


「っ!」


フランが息をのんだ。ようやくまともな反応を得られたセカンドは、笑みをいっそう深くする。


「分かってるよ、フランセス・ヴォルドゥール。お前はオレの実の娘だ。そうだろ?可愛い愛娘に、手は出したくないわけ。父親の愛、分かってくれるか?」


「……」


フランは……つま先でトントンと地面を蹴ると、足首をぐりぐりと回す。背中を逸らすと、大きく息を吸い込む。


「……お前を!ぶっ飛ばすっ!!!」


フランの咆哮は、空気をも震わせるほどだった。ビリビリと放たれる敵意にわずかもひるまず、セカンドは顔をゆがめる。


「反抗期ってやつか?じゃあちっとばかし、オシオキが必要だなぁ……!」


セカンドが黒い炎を揺らめかせる。フランは鉤爪をジャキンと抜くと、今にも飛び掛かりそうだ。


「だ、ダメだ、フラーン!」


だがそれは、無謀な突撃にしかならない。フランの体では、あの炎に耐えらえない。骨まで燃やされて、消えてしまう……!

その時だった。アルルカが杖を構え、まっすぐ前に向けた。


「グレイシア・ギガンテ!」


なに、呪文を?それも、今まで聞いた事がない呪文だ。

アルルカの髪が、パキパキと霜に覆われていく。ものすごい冷気が、彼女の全身から放たれているようだ。すると構えた杖からも、銀色の冷気が噴き出して、フランたちの方へと伸びていく。あれで攻撃する気か?だけど、魔法はセカンドには……


「っとお!ザコが邪魔すんなよ!」


思った通り、セカンドは全身を炎で包み込むと、冷気をシャットアウトしてしまった。ダメだ、やっぱりこれでは……

そこで俺は、目を疑った。冷気は……フランを、直撃したのだ。


「え?お、おい!」


銀色の冷気は吸い込まれるように、フランの体に流れ込んでいく。一体、何をしているんだ……?


「行くぞっ!」


はっ。フランが鉤爪を振りかざして、セカンドに突撃していく。当然奴は、容赦なく反撃してきた。


「じゃあ死ねよ、小娘がぁ!!!」


炎の波がフランに迫る。フランはきっと、それを避けるはずだと思っていた。それなのに……

ゴウッ!


「え……?」


フランの姿が、炎の中に消えた……フランは、炎を避けようとしなかった。一瞬で彼女は、黒い渦に飲み込まれた。


「ふっ……フランセスッッッ!!!!」


「フランさ……フランさぁーーーん!!!」


叫ぶ。俺はこんな時になっても、実は無傷のフランが炎の中から飛び出すんじゃないかとか、何か秘策があって炎が効かないんじゃないかとか、そんな甘いことを考えていた。だが、そのどれも、現実にはならない。

俺たちの目の前で、フランが焼かれていく。狂ったように踊る黒い炎の中で、フランの影が少しずつ小さくなっていくのを、俺はただ見ていることしかできない。


「フラアアァァァァァァン!!!」


行かなければ、とにかく行かなければ!だがアルルカが、しがみつくように俺を止める。


「だめよ!行っちゃだめ!」


「放せアルルカッ!ちくしょう、フラーンッ!!!」


「ヒャハハハハハハハ!まずは一匹目ぇ!」


セカンドが声高に笑っているが、俺は何も感じなかった。あいつのことなんて、ちり一つ分の価値もない。あいつなんかより、フランの方が……

もう炎の中には、影すらも見当たらない。俺の目の前に、銀色の何かが、風に漂って飛んできた。それが焼け焦げたフランの髪の毛だと分かった時、俺は目の前が真っ暗になった。


「フラン……フラン……」


体中の力が抜けていく。アルルカが支えてくれなければ、とっくに倒れていただろう。


「ハハハハ……ったく、飛んで火にいるなんとやらだねぇ。しかし、惜しいことをしたな。なかなか可愛い顔してたから、ぜひコレクションしたかったんだけど」


分からない……セカンドが何か言っているが、耳に入ってこない。フラン……


「さてと、残りのゴミもとっとと燃やして……あん?」


(…………)


なんだ……?

俺の聴覚は、もはや機能を停止させていた。誰かの声も、炎や風の音も聞こえてこない。だが、確かに、なにかが聞こえた。顔を、上げる。


バァー!


突然、黒炎が弾け飛んだ。あの辺りにはちょうど、フランがいたはず……そして俺は、目を見張った。

そこには、見たこともない人物がいた……人物と、言っていいのだろうか。全身が真っ黒だ。だが、ペトラのように甲殻に覆われているわけではない。

骨だ。そいつは、真っ黒な骸骨だった。唯一色が違うのは、額と、左手の先の爪の、紫色だけ。右腕はなかった。


「まさ、か」


その骸骨は、一瞬だけ、俺を振り返った。目が合うことはない。眼窩がんかに瞳はなく、うつろな穴が開いているだけ。だが俺は、そこに、ルビーのような赤い輝きを見た気がした。


ドンッ!


骸骨が、一瞬で消えた。そいつは、信じられないくらいの速度で、セカンドの目の前へと躍り出た。紫色の鍵爪が翻る。ザシュッ!


「ぐっ……ぎゃああぁぁぁ!」


セカンドが醜い悲鳴を上げた。奴の胸から腹にかけて、鋭い傷が付けられている。この戦いが始まってから、初めてセカンドについた傷だった。


「そうよ……行きなさい、フラン……!」


アルルカがそう呟いたのを聞いて、俺は認めざるを得なくなった。

あの黒い骸骨は、フランなんだ。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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