15-1 ソウル・レゾナンス

15-1 ソウル・レゾナンス


ゴワァァァン!闘いの始まりを告げるドラが鳴り響いた。俺とクラークは、ほとんど同時に得物を抜いた。俺の得物は、紅色の刀身を持つ短剣ショートソード。たいしてクラークは、真っ白に輝く長剣ロングソード。確かやつの剣は、自我を持つ魔法剣なんだっけ?

俺たちは剣を構え、じりじりと睨みあったまま、お互いの出方を伺っている。さあ、どう攻めてくる?


「はあぁぁぁ!」


来た!クラークが雄たけびを上げながら、だだだっと突っ込んできた。やつが振り下ろした剣を、刀身とガード(剣のつばに当たる部分だ)で受け止めると、身の毛もよだつ音がした。キャリキャリキャリ!


(けど、これで一つ分かった!)


やっぱりクラークも、ある程度は空気を読んでくれているみたいだ。もしやつが本気だったら、わざわざ接近戦を仕掛ける必要なんてない。離れたところから、雷を数発撃ち込めば済む話なんだからな。


(それなら、しばらく俺のあがきに付き合ってもらうぜ!)


いくぞ!俺は絡み合った剣をぐいっと押し上げた。一瞬、クラークの上半身が無防備になる。いまだ、突きぃー!

カキーン!やっぱりこれくらいじゃ、簡単に防がれるか。クラークは素早く剣を動かして、俺の剣先を弾いた。今度は俺が隙をさらす形になる。うわぁ、くるぞ!


「はあ!」


「っとぉ!」


キィン!ギリギリのところで、またもクラークの攻撃を防いだ。我ながら奇跡に等しい……いや、違うぞ。以前の俺だったら、奇跡が起こってもこんな芸当は不可能だったはずだ。隙を見つけてはやってきた、エラゼムとの稽古。あれが、今、活きているんだ。


「感謝するぜ、エラゼム!」


中段斬りが来る。剣の腹で受け止めろ!剣に添えていた片手を離して、そのまま殴る!クラークはバックステップでかわした。それなら、すかさず突きで追撃!短剣の機動力を活かせ!かわされた!反撃が来るぞ、今度は防御だ!キン!キィーン!

俺はぎこちないながらも、なんとかチャンバラを演じていた。剣同士がぶつかり合うたびに、腕にもかなりの衝撃が走る。くうぅ、でもここで剣を落としなんかしたら、確実に終わりだ。ぬおおぉ、踏ん張れ!

一方で、クラークの剣さばきも達人級とまではいかないみたいだ。俺がなんとか相手をできている時点で、少なくともエラゼムレベルでないことはわかる。だが。


「だあぁ!」


「うおっとお!」


鋭い突きを、間一髪でかわす。今のは危なかった……なんだかんだと言っても、やつは俺よりかはるかに長く剣を振ってきたはず。その差は少しずつ、だが確実に現れてきていた。


(このままじゃジリ貧だな……)


やつの剣撃を防ぎながら、必死に頭を巡らせる。このままダラダラと剣舞を続けても、先に潰れるのは俺の方だ。あっけなくやられたんじゃ、試合を盛り上げるという目的は達成できない。


(そろそろ使うか……!)


ミカエルにもらった差し入れ。時間が足りなくて、まだ完全に効果を理解できていないんだけど……えぇい、ぶっつけ本番だ!


「アニ!」


俺は鋭く叫ぶと同時に、ぎゅっと目をつぶった。胸元の鈴が光り輝く。


『フラッシュチック!』


パァー!まぶた越しでも分かる、まばゆい閃光。その光が弱まると同時に、俺はかっと目を見開き、後ろに猛ダッシュした。俺の突然の行動に、客席からどよめきが走る。たぶん連中は、俺がクラークのふいを突くもんだと思っていたんだろう。けど俺の目的は、やつとの距離を離すことだ。

俺は踵でブレーキを踏むと、くるりと体を反転させた。クラークは閃光から立ち直り、こちらを注意深く睨んでいる。いいぞ、その調子だ。片手をポケットに突っ込む。指先につるりとした小瓶が触れた。こいつを至近距離で使ったら、巻き込まれかねないからな。


「おりゃあ!」


俺は手にした瓶を、クラークの足下にぶん投げた。瓶は地面に当たってガチャリと砕け、中に閉じ込められていた黒い粉塵が、ぼふんと巻き上がった。さらに続けて取り出したのは、線香の束のような発火材。俺がそいつを地面にこすりつけると、あっという間に火花が散った。


「喰らってみろ!」


火のついた線香を粉塵に投げ入れる。ボワッ!一瞬にして大きな炎が上がった。うひゃ、あちい!熱量に思わず顔をそむける。クラークは大丈夫だろうか?とか考えてしまったが、そんな心配は無用だった。やつはマントで顔と体を覆って、炎から身を守っていた。やっぱり手の内は知られているみたいだな。

そしてさらに、やつにとって幸運なことが起こった。さっきから一雨降りそうな曇り空だったが、ここに来てついに、ぼたぼたと重たい雨粒が降り始めたのだ。


「げっ。まじかよ……」


この雨じゃ、もうさっきの粉塵爆発攻撃は使えないんじゃないか?火もつかなそうだし、粉も舞わなさそうだ。


「でぇーい、ならば他の策だ!」


火がダメならば、こいつはどうだ!?俺は次に、透明な液体の入ったガラス玉を取り出した。ガラス玉は野球ボールほどの大きさで、掴んだ指先には痺れるような冷たさが伝わってくる。それをぎゅっと握ると、クラーク目掛けて投げつけた。


「むっ!」


クラークはマントを翻すと、反射的に投擲物に向かって剣を振り下ろした。ガシャア!ガラス玉は粉々になり、中の液体が飛び出す。


「なっ!これは……」


パキパキパキ!液体に触れたクラークの剣、そして手元が、みるみる凍り付いていく。決まった!俺も原理はよくわかっていないけど、あの液体は強い衝撃を与えると、瞬時に氷になるんだそうだ。その名も“ジャックフロストの鼻水”。うはは、最高のネーミングだ。


「そしてぇ!こいつも喰らえ!」


次はこいつだ!俺の手には、真っ黒な石ころ。握った手の中で、ぶるぶると小刻みに振動している。俺はそいつをクラークの近くの、柔らかい土がむき出しになった部分に思い切り投げつけた。ドプン!石は跳ね返ることなく、水面に沈んだ時のような音を発してめり込んだ。次の瞬間、ぐらり。


「うわっ」


「わ、わ!なんだ?」


クラークどころか、俺までよろめいてしまった。地面が、まるでトランポリンにでもなったかのように波打っている!その揺れがリング全体に広がっているみたいだ。揺れは客席にも伝わっているようで、あちこちから小さな悲鳴が上がった。


「っ!く、おおぉ!?」


クラークの声が裏返る。あっ!やつの足下!さっきまで堅い地面だったのに、今はドロドロの沼みたいになっている!


蟻地獄石アントリオンストーン……すごい効果だな」


あの石を投げると沼ができるって書いてあったけど、こういう事だったのか。クラークは底なし沼にはまったかのように、ずぶずぶと沈んでいく。どうしよう、このまま放っておけば、やつは勝手にやられてくれるだろうか?いいや、それはないな。クラークはこの石のことも知っているんだ。その前に、何かしらの手を打ってくるだろう。


「なら今こそ、攻撃のチャンスってことだよなぁ!」


俺はだだだっと走り出した。クラークは膝まで沼につかり、両手は氷で封じられている。抵抗できない、今がチャンスだ!助走をつけて、飛び出せっ!


「どりゃああ!」


「ぐふっ」


渾身の、ドロップキックだ!胸を蹴っ飛ばされたクラークは苦しそうに呻き、その拍子に沼から抜けて、吹っ飛ばされた。おお、思ったよりも威力が出たな。やっぱ腐っても、俺も勇者の体ってこと……って、あ。蹴った後のことを考えていなかった。失速した俺の体は、沼に向かって落下し……


「ぶへっ!」


べちゃ!うぅ、尻から落ちてしまった。周りから失笑が聞こえてくる気がする。とりあえず、はまる前に抜け出さないと。俺は自らが作った沼の中をはいずって、固い地面まで抜け出した。


「うへぇ、どろんこだ……」


『主様!それより、一の国の勇者は?』


おっと、そうだ。俺のキックが思ったより勢い強かったせいで、クラークを沼から救い出す形になってしまった。その分威力は出ただろうけど、ちょっと想定外だったな。それでも、まだ手は塞がっているはずだから……


「コネクト・ボルボクス!」


ピカッ!バチバチバチ!まぶしい光と共に、イナズマのオーラがクラークを包み込んだ。その状態のクラークが地面に腕を打ち付けると、氷はいとも簡単に砕けてしまった。カシャーン。


「……っと、まじいな。やっこさん、ついに本気を出してきたぞ」


あの魔法、前も見たことがある。確か、クラークの身体能力を何倍にもする効果だったはずだ。


「いくぞっ!」


フォン。クラークの姿が、消えた!?そう思った次の瞬間には、俺は胸に強い衝撃を感じて、後ろにぶっ飛ばされていた。クラークに蹴り飛ばされたのか?全く見えなかったぞ!


「ぐぅ!」


地面にぶつかって、ゴロゴロ転がる。受け身を取るので精いっぱいだ。


『主様!跳んで!』


えぇ!まじか、ちくしょう!俺はまだ起き上がってもいない状態で、むりやり横に跳んだ。ずずん!さっきまで俺がいた場所に、クラークの拳が振り下ろされていた。今の一瞬で、ここまで来たってのか?くそ、でたらめな速さだ!


「ちぃ!なら次は……」


俺はポケットに手を突っ込んだ。それを見たクラークの腕が素早く動く。


「もうそれはさせない!」


クラークが剣を翻し、振りかぶってきた!うわ、やられる!ビリィー!


「あぁ!?」


クラークの剣先は、俺の上着の、ポケットの底の部分だけを引き裂いていた。中に入っていた道具がぼろぼろとこぼれだす。


「ああ!なんてことしやがる!俺の一張羅に!」


「服の事を気にしている場合かい!」


んなわけないだろ、くそったれ!俺が足を振り上げると、追撃しようとしていたクラークはのけ反ってかわした。その勢いを利用して、立ち上がれ!だけど、くそ。まずいことになったな。


(もう、ミカエルからの餞別は使えない……)


道具は一つ残らず落っこちてしまった。俺は再び短剣を握りなおす。最後は、こいつが頼みの綱だな。


「おおおおお!」


雄たけびを上げながら、クラークの怒涛の攻めが始まる。やつの攻撃を数発防げただけでも、奇跡に等しいだろう。やつの剣先はほとんど見えず、一撃一撃はとんでもなく重い。そして四度目にしてついに、やつの剣が俺の脇腹に直撃した。


「ぐあぁ!」


あばら骨が軋むようだ。クラークは、剣の腹で攻撃していた。おかげで俺は真っ二つにならずに済んだが、だからと言って全く問題ないわけじゃない。激痛で俺が悶えたところに、クラークの容赦ない追撃が飛んでくる。


「ぐぅっ!」


クラークはバットのように剣をスイングして、俺の腹を引っぱたいた。剣の腹で、俺の腹を……なんて、冗談を言う事すらできない。俺の体はくの字に折れ曲がって、後方にぶっ飛んでいく。またこれか……しかし今度は、地面を転がることはなかった。


「がはっ……!」


なにか堅いものに、背中が強かに打ち付けられた。一瞬呼吸が止まる。目の前が真っ白になり、同時に真っ黒になった。音がぼんやり聞こえるぞ……?


『……じさま!主様!気を確かに!』


アニ……?シャリンシャリンと、首の下でガラスの鈴が激しく揺れている。気を失いかけたみたいだ……けど、そろそろ限界かも。足に力が入らない。俺はずるずると、背中をこすり付けたままへたり込んだ。

どうやら俺は、クラークに吹っ飛ばされて、リングの壁に激突したらしい。かすむ視界に、ぼんやりとクラークの姿が見えた。うわ、十メートルは離れてないか?そんだけの距離をぶっ飛ばされて、よく気絶しなかったな、俺……だけど、距離感が正確かは分からないな。さっきから、目の前の景色がぐにゃぐにゃ歪んで見えるから。


「決まったぁぁあぁぁ!勇者クラークの渾身の一撃!二の国の勇者は、ノックアウト寸前です!」


やかましい声が聞こえてくる。おいおい、何を見てやがるんだ?今の俺は、どう考えてもノックアウトだろう……ああ、ちくしょう。完全に気絶しないと、戦闘不能とは認めないんだっけか?くそったれ、だったら気絶していた方がマシだったな……


ワアアァァァァ!


無数の歓声が、ぐわんぐわんと耳にこだまする。へへ、大盛り上がりだな。これだけやれば、ノロも満足だろう。クラークが華々しく活躍し、俺はボコボコに負ける……理想的な展開だろ?さあ、そろそろ幕引きと行こう。

重い頭を無理やり上げて前を見ると、強張った表情のクラークが、雨の中をこちらへ歩いてくるのが見えた。俺に引導を渡しにやってくるんだ。やっぱり抵抗があるのか、顔は硬いが……決めるなら、一撃で決めてほしいもんだ。無駄に苦しむのは、いやだ。


(はぁ……くそっ。こうなるってわかってはいたけど、やっぱり……)


今の俺は、酷い状態だろう。泥だらけ、傷だらけでボロボロだ。仲間たちは今も客席のどこかで、この姿を見ているんだろうな。嫌だなぁ。できれば、見ていないでほしいくらいだ……


(くそ……)


俺は、自分の役目を果たした。勝てるとは思っていなかった。だから、これでいいんだ。無様に負けて、俺の任務は完了する。満足だろ?万々歳だろ?


(やっぱり……悔しいなぁ)


ちくしょう。頭では分かってる。だけど、やっぱり俺だって、こんなのは嫌だ!

クラークに勝てなかったことが。ノロや、観客たちに馬鹿にされたのに、見返してやれなかったことが。そして、なにより……仲間たちに、かっこいい主の姿を見せてやれなかったことが。


(馬鹿だって分かってる。無い物ねだりだって分かってる!)


だけど、俺だって!俺だって……




「……か!……うか!」


あん?とうとう俺も限界かな。幻聴が聞こえてくるぞ……


「桜下ッ!」「桜下さん!」「桜下殿!」「おうかっ!」「桜下!」


うん?幻聴にしちゃ、いやにリアルだな。それに、やけに近い……俺は夢でも見ているような気持ちで、顔を上げた。


「桜下!聞こえる!?わたしの声!」


赤い。真紅の宝石……違う。こちらを見つめる、二つの瞳。俺の名を必死に呼ぶ、あのこは……


「……フラン?」


フランが俺を見下ろして、周囲の音に負けないように、必死に声を張り上げている。普段の彼女からは、想像もできない姿だ。空から降ってくる雨粒が俺の頬を濡らす。いや、これは……涙?

それに、彼女だけじゃない。ほかのみんなも、身を乗り出すようにして、俺の名を叫んでいた。何の偶然か、俺が吹っ飛ばされたところは、仲間たちの真下だったらしい。おいおい、見ないでくれって願ったばっかりだぜ?運命の女神様よ、あんまりじゃないか。


「っ!」


え?おい、まさか。フランは塀に足をかけると、周囲の制止も聞かずに、とんっと飛び出した。うわ、バカ!今乱入なんかしたら、ルール違反で試合が……


「桜下ッ!」


びくん。体が震える。俺に向かって飛び込んでくる、フランの赤い瞳を見た瞬間。俺は、全身に鳥肌が立つのを感じた。なんだ、これ?胸の奥が、熱い……


「わたしの魂を、使って!」


たま、しい……?

俺はほとんど無意識のうちに、右手を彼女へと伸ばしていた。俺の手が輪郭を失う。その手が、彼女の胸の中心―――すなわち、魂の上に、触れた。




パアァーーーーーーー!!!!




「うわっ!な、なんだ……?」


クラークは思わず、顔を腕で覆った。突如、すさまじい光が、前方から放たれたのだ。それは、さっき喰らった閃光魔法とは比べ物にならないほど、強い力を含んだ輝きだった。その光の雄々しさに、クラークのみならず、会場にいる全ての人間が目を覆い隠した。

そして、光が収束した時。そこに居たのは……


幽鬼のように青白い肌。夜叉のように荒々しい銀の毛髪。両腕には鎖が巻かれ、その手の先には毒々しい紫色の鉤爪が、ナイフのように鋭くとがっている。まるで空想の怪物が具現化したかのような風貌の大男が、さっきまで少年がうずくまっていた所に立っていた。

男が、息を吸い込み、叫ぶ。


「さァ!おっぱじめようぜええええええええええええええええ!!!!!」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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