12-2

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エラゼムの足下がぐぐっと持ち上がり、同時に真っ赤に赤熱した。そして次の瞬間、限界を迎えたかのように、盛り上がった地面の頂点がパクっと割れた。

ドゴォォォン!裂け目から、紅蓮の炎が吹き上がった。炎はさながら火山の噴火の如く、地面と、その下にあったリング基底の石材をあたりにまき散らす。細かな石片は客席にまでおよび、またも悲鳴が上がった。そして爆心地にいたエラゼムは、その凄まじい勢いをもろに食らい、吹っ飛ばされた。岩石が彼の鎧にガンガンぶつかる。だが彼は、爆発の瞬間、とっさに姿勢を低くしていた。そのおかげで衝撃がある程度殺され、エラゼムは吹き飛ばされつつも、片膝をついた姿勢で踏ん張ることができたのだ。

ところで、地面が爆発したということは当然、その衝撃は術者であるミカエルにも影響を及ぼす。ミカエル自身もまた、爆風によって高々と吹き飛ばされていたのだ。だがそれも含めて、ミカエルは計算済みだった。彼女は衝撃波に自ら飛び込むことで、エラゼムのはるか後方へと吹っ飛んだ。こうする事で、詰められた距離を強引に離したのだ。まさに攻防一体の荒業だった。


(無茶なことを!)


エラゼムは舌打ちをしたい気分だった。だが彼に舌はないので、代わりに飛んでいったミカエルの姿を追う。吹き飛んで離脱をしたところまではミカエルの思惑通りだったが、彼女は肝心の着地のことを失念していた。硬いリングの床に、小柄な体が強かに打ち付けられる。


「がっ……!」


体中の骨が砕けるような衝撃と痛みに、ミカエルは悲鳴すら上げられなかった。口から心臓が飛び出しそうだ。肺が委縮し、息が吸えない。あまりの痛みに、彼女の瞳から涙がぽろぽろとこぼれた。


「いかん。これ以上は……!」


ボロ布のように横たわるミカエルの姿を見て、エラゼムはこれ以上の試合は危険だと判断した。彼女のやりたいようにさせるつもりではあったが、もう看過できない。そうでなくても、おそらく彼女は立ちあがることすらできないだろう。

だというのにも関わらず、審判はなかなか試合終了のゴングを鳴らそうとはしない。彼らからしたら、まだミカエルは戦える状態なのだ。エラゼムはそんな連中に業を煮やしながらも、足早に彼女の下へ駆け寄ろうとした。その時だ。


「ぬぉっ……!?」


リングの中ほどまで来た時、突然エラゼムががくんと姿勢を崩した。見れば、彼の足下の地面が、ぐちゃぐちゃの泥沼のように変化しているではないか。それに足をとられて、エラゼムは動けなくなってしまった。さらに足を引き抜こうとしても、今度は石膏のように固くなって引き抜けない。


(これは……何かの魔術のようだが……)


だが、ミカエルはとても魔法が使える状態ではない。それなら、一体……?


(むっ!もしや、あの時!)


エラゼムの脳裏に、青い火花が蘇った。ミカエルが地面に放った、特に効果のなかった魔法。あれは、時限式で効果が発動するトラップだったのだ。不覚にもエラゼムは、その存在を失念していた。普段の彼ならそれはあり得なかっただろう。しかしミカエルの身を案じるあまり、足もとへの注意がおろそかになっていたのだ。


「……かかって、くれましたね」


まさにその時、うずくまっていたミカエルが、震える手を支えに体を起こした。

これこそが、彼女の描いた計画の大詰め。事前に仕込んでおいた、“四本目のスクロール”だ。奇しくも前試合のアルルカが似たような事をしていたが、彼女もまた、最後の最後にしかけが発動するように細工をしていたのだ。違う点を挙げるとすれば、それが勝利への決め手にならないことだが。


「これで、最後です……!」


ミカエルはなんとか体を起こして座ると、握り締めていた最後のスクロールを前に突き出した。腕を動かすたびに肩に激痛が走り、巻物を握るだけで辛い。それでも、あと少しなのだ。このスクロールには、大きな爆発を起こす魔法が封じ込められている。かなりの威力があるが、それを当てたところで、鉄の塊であるエラゼムには何のダメージもないだろう。だが、それは重要ではない。ミカエルからしたら、相手を罠に嵌め、そこに大技を撃ち込むという構図を見せる事が重要だった。


(これだけやれば、いいよね……?)


これが、ミカエルにできる精いっぱいだ。勝つ事なんてできはしないが、できる限りのことはした。観客も、少しは盛り上がったんじゃないだろうか。

もうミカエルには、何の手立ても残っていなかった。このスクロールを開いたら、あとはエラゼムの手によって倒されるのみだ。痛いかもしれないが、それでもミカエルは、その事に心底ほっとしていた。ミカエルは震える指に力をこめると、スクロールの封を切った。

だが、そこに油断があった。あるいは、気が緩んで力が抜けたか、はたまた痛みのせいで手先が狂ったか。


「ぇ」


するりと、ミカエルの指のすき間から、スクロールが滑り落ちた。一瞬の出来事に、ミカエルはとっさの反応すらできなかった。固まる彼女の目の前に、ぱさりと巻物が落ちる。スクロールはすでに、封が切られていた。そして魔法が発射される面は、あろうことかミカエルの方を向いていた。スクロールにすさまじい光が集まっていく。その光に照らし出された、ミカエルの恐怖に引きつった顔。


「っ!いかん!ぬおおぉぉ!!」


その顔を見たエラゼムは、思い切り剣を振りかぶった。スクロールはすでに臨界点を越え、太陽の如き輝きを放っていた。すべてが光に包み込まれ、そして……


ドカアアアァァァァン!


大きな爆発がリングを揺るがした。爆風と衝撃波が客席を襲う。真っ黒な黒煙が吹き上がり、のろしのようにもうもうと空に立ち上った。その煙によって、あるいは爆発の衝撃に頭を抱えたことで、観客たちはリングの様子を見られなくなってしまった。一方、リングの中では……


「う、うぅ……」


か細いうめき声と共に、ミカエルは顔を上げた。光に包まれ、何も見えなくなった直後、なにか強い力に突き飛ばされて、彼女は地面を転がった。おかげでまたあざが増えただろうが、さっきまでの状況は、あざどころの話ではなかったはず。


「そ、うだ……私、スクロールを……」


もしも、あのままスクロールが暴発していたら……間違いなく、ミカエルは粉々に吹き飛んでいた。だが彼女の五体は、今もしっかり体に残っている。


「どう、して……?」


ズキズキと頭と耳が痛むが、それでもミカエルは、あたりを見回した。そして煙のなかのものを見た瞬間、驚愕した。

ミカエルの目の前に、膝立ちで、彼女をかばうように両手を広げる、エラゼムの姿があったからだ。ミカエルは、すべてを理解した。彼が自分を突き飛ばして、爆風から守ってくれたから、今自分はこうしていられるのだと。よく見てみると、エラゼムの足首から先はなくなっていた。彼は自らの足を切り落とすことで、ミカエルの罠から脱したのだ。


「そ、んな……私が、やったことなのに……!」


ミカエルの目に、痛みとは別の涙があふれだした。今は体よりも、心が痛かった。

彼女の無事な姿を確認すると、エラゼムは満足そうにうなずいた。そしてゆっくりと、仰向けに地面へと倒れた。ガシャァァァン。

煙が晴れると、そこには倒れ伏したエラゼムと、満身創痍ながらも意識のあるミカエルの姿があった。アナウンスが大声で叫ぶ。


「決ぃまったああああああああ!なんという大番狂わせ!第二試合を制したのは、シスター、ミカエルだぁぁぁぁ!!!」


ウワアアアアァァ!コロシアム中から、阿鼻叫喚の叫びが上がった。まさかミカエルが勝つとは思っていなかったこともあるが、勝敗の結果で賭けをしていた客たちは、輪をかけてこれに驚いた。ほとんどの客は、エラゼムの勝利、もしくはミカエルが倒れるまでの時間に賭けていたからだ。コロシアム中に紙屑同然となった賭札が舞い、あたかも勝利を祝う紙吹雪のように見える。ごく一部の幸運な、もしくは先見の明があるギャンブラーは、その莫大な配当金額にふらりとよろめいた。この日、この試合は、歴史に残る番狂わせとして、後々まで語り継がれることとなった。


そんな中で、主役ともいえるミカエルだけは、一人茫然としていた。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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