12-3
12-3
(私が、勝った?)
ミカエルは、茫然としていた。
信じられない。というか、あり得ない。だって、自分は最後の詰めに失敗し、あまつさえそれをカバーして貰ったのだ。エラゼムも倒れてはいるが、あんな爆発程度でノックアウトなどするものか。ミカエルは沸きに沸く会場に向かって、大声で叫びたい気分だった。こんなのは違う!自分は、勝ってなんかいないんだ!
しかし、勝敗はもう付いたものとして処理されていた。スタッフたちは次の試合に向けて慌ただしく動き回り、ミカエルの下にも担架を担いだヒーラーが数人やってきた。
「お疲れ様でございました。見事な勝利でしたね。さあ、こちらにお乗りください」
「え、え?あの、私は……」
「申し訳ありませんが、今はすぐにここから出なければ。次の試合の清掃が始まってますから」
ミカエルはあれよあれよという間に担架に押し込まれ、リングから追い出されてしまった。ちらりと横目に、エラゼムも担架に乗せられているのが見えた。あちらはより重症(に見える)だからか、ヒーラーたちも厳しい顔で、きびきびと動いている。
ゲートをくぐって、一の国側の控室に戻ってくると、すぐさまコルルが駆け寄ってきた。
「ミカエル!大丈夫なの?」
「え、ええ……」
「ほら、下がって下がって。今から治療をしますから」
ヒーラーに追いやられて、コルルはしぶしぶ後ろに下がった。担架はベッドの上に降ろされる。ヒーラーたちの回復魔法を受けると、ミカエルの体の痛みはきれいさっぱりなくなった。棘だらけの重い鎧を脱ぎ捨てたようで、ミカエルはほっと溜息をついた。
「ミカエル!おめでとう、すごい勝負だったわね!」
治療が終わるやいなや、コルルはヒーラーを押しのけて、ミカエルのベッドに駆け寄った。ヒーラーはむっと顔をしかめたが、やれやれと首を振って、次の仕事へ向かっていった。
「あ、ありがとう、ございます。でも……」
「まさか勝っちゃうなんて!すごいわ!でも、ちょっと無茶し過ぎよ!大けがしたらどうするの!」
褒められているのか叱られているのか分からず、ミカエルは苦笑した。
「ああでもしないと、歯が立たないお相手でしたから。それに、結局それでも、さっぱり敵わなかったです」
「え?でも、最後の一撃であの騎士は……あら?でも、変ね。あの騎士だってアンデッドなんだから、あれで倒れるわけは……」
「ええ、そうです。私は、勝ちを譲ってもらったんだと思います」
ミカエルは、あの黒煙の中での出来事を、コルルに話して聞かせた。
「そう、そんなことが……あの騎士、いい人なのね」
「はい。私なんかの為に……だから、勝っただなんて、おこがましくて」
「んー……でも、それだって勝利には違いないじゃない。ミカエルがあれだけ頑張ったからこそ、観客たちも勝利を認めたんでしょう?こういう言い方はあれだけど、いい勝負じゃなかったら、みんなの目は騙せなかったわよ」
「そう、でしょうか……」
「そうよ。素直に胸を張りなさい!よくやったわ!」
肩をぽんと叩くと、コルルはにっこり笑った。それを見てミカエルは、ようやく心から、安堵の笑顔を浮かべることができた。どうやら自分は、役目を果たせたみたいだ。
「でも、ちょっと驚いちゃった。よくあれだけ、色々と準備ができたわね?特にスクロールなんて、そう簡単に買えるものでもないでしょう」
「そうですね、ちょっと大変でした。王宮の方たちにも手伝ってもらって、なんとか。私の貯金じゃ、四本しか買えませんでしたけど……」
「え?」
「え?」
コルルがぽかんと口を開けた。はて、おかしなことを言っただろうかと、ミカエルは首をかしげた。
「……あなた、あれだけのものを、全部自腹で用意したの?」
「え?は、はい……」
「それ、クラークは知ってるの?」
「え?いえ、お知らせしてませんが……」
するとコルルは、深いため息をつきながらうなだれてしまった。おろおろするミカエル。
「……ミカエル!あんたねぇ!」
「ひゃっ。は、はい!」
突然、がばっとコルルが顔を上げた。ビックリするミカエルの両肩を、コルルはがしっと掴む。指が食い込むほどの力の強さに、ミカエルは顔をしかめた。
「あんた、いい加減にしなさいよ!あたしたちを何だと思ってるの!」
「え……?」
「あたしたちは、仲間を見捨てるようなゲスじゃないわ!どうして一人で抱え込もうとするのよ!」
「で、でも。私が、足を引っ張ったから……」
「でももヘチマもないわよ!あんたを足手まといだなんて、誰も思ってないから!得意なことが違うだけだって、クラークもさんざん言ったでしょ!どうしてそれが分からないの!?」
「そ、それは……」
「それに!そうやって、自分を卑下するのもやめなさい!正直言って、腹が立つわ!あたしたちは、こんなにあんたの事を大事に思ってるのに!それなのにあんたときたら、自分を軽んじてばっかり。さっきの闘い方だってそうじゃない!どうして自分を大切にしないのよ!」
ミカエルはぎょっとした。コルルの瞳から、熱い涙がこぼれていた。それを見てミカエルは、自分が心底馬鹿だったと思い知った。
「コ、ルル、さ……」
「いい!?またあんな闘いをしようとしたら、あたしはあんたを張っ倒すからね!わかった!?」
ミカエルは、こくこくとうなずいた。どうして、忘れていたのだろう。あの雪山でさらわれた自分を、仲間たちは必死に探してくれていた。あの時だって、コルルは泣いていたじゃないか。その涙を、どうして忘れていられたんだろう。
「……」
うつむくミカエルを、コルルは優しく胸に抱いた。そのぬくもりに包まれて、ミカエルは幼い子どものようにわっと泣いた。気弱で臆病な彼女だが、実は人前で涙を見せたことはほとんどなかったっけ。コルルはそんなことを思いながら、ミカエルの頭を撫でて、涙を流した。
「……申し訳ない、フラン嬢」
控室に戻ってくるなり、エラゼムはそう言って頭を下げた。
「いいって。こうなるような気もしてたし」
それにフランは、ゆるゆると首を振ってこたえる。
エラゼムは今、ベッドの上に腰かけている。両足を切断してしまったので、立つ事ができないのだ。にもかかわらず、ヒーラーの治療を拒否して返してしまったので、周囲のスタッフは妖怪でも見るような目で、彼を遠巻きに見つめている。実際アンデッドなので、間違ってはいない。
エラゼムは毛布を膝にかけて目立たないようにすると、なおもがっくりと肩を落とした。
「吾輩が勝利を収めていれば、フラン嬢まで番を回すこともなかったというのに……」
「しょうがないよ。あれは事故みたいなものだし。それに、例えあの事故がなかったとしても、あの子にとどめを刺せた?」
「……」
「でしょ」
エラゼムは、何も言い返せなかった。事実、あの爆発の後も、エラゼムは戦おうと思えば戦えたのだから。鉄の体は爆風をものともせず、足がなくとも、小娘一人ねじ伏せるのはたやすい。だが彼には、どうしてもそれができなかった。
桜下と出会ってから、彼は変わった。以前の彼なら、人を切り伏せることになんの抵抗も抱かなかったはずだ。初めて出会ったころのことを思い出して、フランはくすりと笑った。
「あの人もそれを分かっててあなたに頼んだんだから、気にしないって」
「しかし……」
「それに、わたしだけ何もしないっていうのも嫌だし。アイツときっちり、決着をつけてくる」
フランは顔を動かし、ゲートの先、陽に照らされ白く輝くリングを見つめる。ここまで来たら、双方残るは一人ずつ。フランと、コルルだ。
「アイツとは、一度しっかり戦ってみたかったんだ。ちょうどいい機会だよ」
エラゼムはすぐにそれがウソだと分かったが、何も言わなかった。フランだって、見世物にされていい気がするはずはないのだ。エラゼムはそれを指摘する代わりに、カシャリと頭を下げた。
「ご武運を」
「うん。行ってくる」
フランは銀色の髪をなびかせて、ゲートへと歩いて行った。
「……あいつ、あたしには一言もなかったわよ?ねえ?おかしくない?」
隅っこにいたアルルカが騒ぎ出したので、エラゼムはやれやれとため息をついた。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます