12-1 第二試合
12-1 第二試合
「ぅ、ぅぅ……」
ミカエルは、震える唇の間から、か細い吐息を溢した。自らが立つと決めた、勇演武闘の舞台。だが、そこにいざ立ってみると、想像をはるかに超える重圧が彼女を襲った。周りから浴びせられるヤジ、声援、歓声。無数の目が、周囲三百六十度、至る所から彼女を凝視している。円形のリングには、どこにも逃げ場はない。守ってくれる味方も、今は遠くはるかだ。
ミカエルは一人で、この
(あぁ……いけない……)
ミカエルはとうとう、目の前がぐらぐらと揺れて見えてきた。舞台がくるくる回って、足下の感覚がなくなってくる。まっすぐに立っていられない……
ゴンッ!
鈍い、大きな音がして、ミカエルは反射的に視線を上げた。そこには、ミカエルが今から戦う相手……鎧の騎士エラゼムが、大剣を構えて、それを地面に打ち付けたところだった。その音で、ミカエルはハッとした。自分は今、“落ち着け”と言われたのだ。
(そうだった……私は、“勝ち”に来たんじゃないんだ)
ミカエルの仕事は、観客が少しでも満足するような試合をする事。勝ち負けは二の次だ。というか、どう頑張っても勝てはしない。だったら今のミカエルがすべきことは、みっともなくてもなんでも、足掻いて足掻き抜くことだ。
ミカエルはいつの間にか、呼吸が楽になっていることに気付いた。震えも止まっている。ミカエルは、エラゼムを見つめた。彼の兜の中は、暗がりになってよく見えない。だがその暗がりの中を見つめて、ミカエルは無言で目礼した。
(ありがとう、ございました)
ミカエルは杖をぎゅっと握りなおした。軽く深呼吸して、息を整える。
「……行きます!」
ミカエルの口が滑らかに動き、呪文を唱えだす。エラゼムは大剣を構えはしたが、様子を見るようにじっと動かなかった。彼はとりあえず、ミカエルのやりたいようにさせておこうと思っていた。自らの主が見ている手前、無様な敗北は避けたいが、かといって年端も行かぬ少女に非情な一撃を加えるなど、到底できない。彼女にも何やら策があるようだし、それに付き合っていれば、おのずといい試合とやらになるのではと考えていたのだ。
ほどなくして、ミカエルの魔法が完成した。
「ハッチアウト!」
ミカエルの周りに、透明な結晶のようなものが複数浮かび上がった。彼女がスタッフを振ると、結晶たちはエラゼム目掛けて飛んでいく。ガンッ。ガガン、ガン!
結晶はすべて命中した。より正確には、エラゼムが全てを大剣で受け止めた、が正しいが。エラゼムは一歩も動くことなく、ミカエルの攻撃をすべていなして見せたのだ。彼の妙技に、観客が目を見張った。
(やっぱり、この程度じゃだめ……)
ミカエルは歯噛みした。シスターである彼女が扱える魔法は、ほとんどが回復か補助呪文だ。今使ったハッチアウトが数少ない攻撃魔法だが、やはり威力はたかが知れている。だが、そんなことは彼女自身も百も承知だ。何も魔法だけが、攻撃のすべてではない。ミカエルは出場を決意したその日から、あの手この手と悪あがきの種を準備してきたのだ。
「それなら……!」
ミカエルは突如として、エラゼムに背を向けて走り出した。客席が何事かとざわめく。エラゼムも驚いたが、あえて後は追わなかった。歴戦の勘が、それは単なる逃走ではないと告げていたのだ。
一定の距離まで走ると、ミカエルはくるりと振り向いた。そしてローブの裾から、黒い粉の入った瓶を取り出した。ローブがめくれるのも気にせず、ミカエルがそれを振り上げる。
「えい!」
瓶はエラゼム目掛けて投げつけられた。放物線を描いた瓶は、しかし勢いが足りなかったのか、エラゼムに当たる手前で失速し、地面に当たって砕けた。
(む、外した?いや……)
ガシャン!ボフッ!
「む……!」
砕けた瓶からは、真っ黒な粉塵がぶわっと広がった。煙幕か?とエラゼムは考えた。
(いや、それだけではない。これは、次なる攻撃への布石……!)
「てやー!」
エラゼムの予想通り、ミカエルはさらに追加で、火のついた線香の束のようなものを投げつけた。束が黒煙に触れた瞬間……
ボワアッ!
粉塵は爆発したかのように燃え上がり、一瞬で巨大な火の玉と化した。熱波が客席の前列にまで押し寄せ、貴族たちがひぃっと顔を覆う。爆発のすぐそばにいたエラゼムは、全身を炎に巻かれる形となった。
「こ、これなら……」
ミカエルが火の玉を見つめる。これだけの火力なら、さすがにダメージを与えられて……
ザンッ。突如、炎が真っ二つに切り裂かれた。炎が一瞬で消え、そこから煤で汚れこそしているものの、全く無傷なエラゼムが現れた。
「うっ。これでも……」
倒せるとは思っていなかったが、無傷だなんて。ミカエルの額に冷や汗がにじむ。
(このまま一方的に負けてしまったら、見ている人たちがなんと言うか……)
自分が馬鹿にされるだけならいいが、もしもクラークたちにまで火が及ぶんでしまったら……何が何でも、せめて一太刀は浴びせないと。ミカエルはローブの裾で汗をぬぐうと、さらなる一手の準備に取り掛かかった。呪文を素早く唱えると、自分の足下に手を向け、叫ぶ。
「ビーナストラップ!オン・アイアン!」
パチパチ!ミカエルの足下に青色の火花が散り、幾何学的な紋様が刻印された。だが、それだけだ。それをそのままにして、ミカエルは走り出す。途中でつんのめりそうになったが、なんとか必死に体勢を立て直した。そして、ローブの裾に手を突っ込む。ミカエルが手を引き抜くと、そこには三本の巻紙が握られていた。エラゼムはそれを見て、すぐに思い至った。以前ラクーンの町で見たことがある。スクロール、魔法の詰まった巻物だ。
「まずはこれです!バンブーシュート!」
ミカエルがスクロールを開くと、まばゆい光がほとばしった。するとリングのそこかしこから、土埃がザザァっと波打って、彼女の下へと集まってくる。土埃は空中に巻き上げられると、渦を巻きながら固まり、ドリルのような螺旋の溝が付いた石筍となった。
「いけっ!」
ミカエルの掛け声とともに、石筍がエラゼム目掛けて発射された。石筍はエラゼムの背丈をゆうに超える長さがあった。そんなものの直撃を受ければ、さしもの彼でも大ダメージだ。
「ぬぅ!」
エラゼムは大剣を斜めに構えると、剣の表面を滑らせるようにして、石筍を受け流した。それでも衝撃で、彼の鎧の体は後ろに押し戻された。後方に吹っ飛んでいった石筍はリングの壁にぶち当たり、ドガァッ!と砕け散った。
(今までの攻撃と違い、かなりの威力がある。彼女も本気、というわけか)
エラゼムは前方のミカエルを見据える。彼女の手には、まだあと二巻のスクロールが握られている。あれらが、先ほどと同じくらい、いやそれ以上の威力の魔法だとしたら……
(……嫌な予感がしおる)
エラゼムは、少しずつミカエルとの距離を詰め始めた。よもや負けるかもと、焦りを生じたわけではない。それほどの威力の魔法を、かの少女が使いこなせるかが不安になったのだ。未熟な騎士に切れ味鋭い業物を与えても、自分の指を切るのがオチだということを、彼は知っていた。ましてや魔法ともなると、指だけでは済まないかもしれない。
(よしっ。距離を詰めてきた)
そんな心配もつゆ知らず、ミカエルは内心でほっと胸をなでおろしていた。あれだけの威力の魔法を見せれば、このスクロールを警戒して、距離を詰めてくるはず。ここまでは、思惑通りだ。次の策は、少々危険を伴う事となるが……
(それでも、やるしかない。私には、足掻くことしかできないんだから)
ミカエルの瞳には、決死ともとれる覚悟の光が宿っていた。それを見たエラゼムは、いっそう足を速めた。
二人の距離が十分に詰まった瞬間、ミカエルは第二のスクロールを開いて、叫んだ。
「ボルカニック・バーナクル!」
ゴゴゴゴ……地面が揺れ、地鳴りのような音があたりに響いた。客たちが悲鳴を上げる。地震か?……否。それは、噴火の予兆であった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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