10-3

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レストハウスの前に戻ってきた。扉の前で、一拍息を吸う。みんなはまだいるだろうか、それとも部屋に戻っているだろうか……ええい、開ければ分かる事だ。ガチャリ。


「あっ」


「あ……」


玄関ホールには、仲間たちがみんな揃って待っていた。扉が開くやいなや、全員が一斉にこちらに振り向く。その中の、フランの赤い瞳とかちりと目が合った。フランの瞳が見開かれたかと思うと、すっと細まり……


「……ッ!」


がたんっ。たたた……フランは何も言わずに、ホールを抜けて、廊下の奥へと走っていってしまった。ど、どうしたんだ?あ、それとも、ロウランと腕組んで戻って来たのがまずかったか?ロウランのダーリン呼びを何とかやめさせようとして、すっかり解くのを忘れていた。


「桜下さん……それに、ロウランさんも?」


ウィルがロウランを見て、困惑した顔をする。みんなには、突然ロウランが現れたように見えるもんな。俺はロウランから離れると(ロウランはむくれた顔をした)、経緯いきさつを説明する。


「えっと……俺が一人でほっつき歩いてたら、ロウランが出てきてな。なんかいつの間にか、俺の魔力を吸い取ってたみたいで」


「えぇぇ、そんな蚊みたいな……でも、そういう事だったんですね」


「ああ。んで、まあ、いろいろ愚痴を聞いてもらって、頭が冷えたっていうか……」


「……そう、ですか……」


会話が途切れる。ウィルは気まずそうに目を伏せ、スカートをもぞもぞとつまんでいる。するとエラゼムが口を開いた。


「桜下殿。お気持ちお察しします、とは申せませんでしょう。さぞ不快な思いをさせたかと存じます。ですが、ここは一つ、吾輩たちの我儘わがままをお許しいただけないでしょうか」


エラゼムはそう言うと、律儀に頭まで下げた。


「エラゼム、やめてくれ!俺の方こそ、わがままを言った。みんなの判断が正しい事は、俺だって分かってたんだ。ただ、あまりにも……な」


「ええ……弁解をお許しいただけるのならば、吾輩たち一同、桜下殿をお守りしたいのです。主である桜下殿が辱められる姿など、それを黙って見ていることなど……できるはずが、ありませぬ」


「エラゼム……」


「それならば、お叱りを受けるほうがまだましというもの。桜下殿がお怒りになられるのは当然です。ですが、くだんの武闘が終わるまでは、どうか」


そう言われては、もう何も言えなかった。実直な彼の言葉を疑うなんて、できるはずない。


「桜下さん……」


ウィルがおずおずと言った様子で、俺のそばまでやって来る。


「ウィル……悪い。俺が弱いばっかりに、苦労掛けるな」


「そんな、やめてください。今回闘うのは、私じゃなくて皆さんですし……私の方こそ、余計な口を挟んでしまって。その、怒って……ますよね?」


「……ああ。正直、まだ怒り心頭だ」


俺がそう言うと、ウィルはぐっと唇を噛んだ。すぐに言葉を続ける。


「許されるんだったら、思いっきり文句を言ってやりたいよ。ノロ女帝にな。何考えてんだーって」


「あ……」


ウィルは目をしばたかせると、眉をㇵの字にして笑った。


「くす。ほんとですね。そんなことしたら、首が飛んじゃいそうですけど」


「まったくだ。ヤな奴だよ、権力者ってのはさ」


ウィルとくすくす笑いあうと、俺たちの間の空気が、ふーっと緩んだ気がした。元々俺たちは、互いを憎みあっていたわけではないんだ。


「さてと……じゃあ、あとはフランだけだな。ちょっと行ってくるよ」


「はい。そうしてあげてください。きっと待ってるはずですから」


ウィルに後押しされて、俺はホールを出た。その先の廊下はさほど長くなかったが、フランの姿は見当たらない。おかしいな、どこかの部屋にいるのか?廊下を進んでみると、突き当りにもう一つの出入り口があるのを見つけた。どうやら、裏口のようだ。


「たぶん、ここだな」


裏口の扉の取っ手を握ると、きぃっと押し開ける。

裏口は、客用というより、清掃係のための物のようだ。表ほど整えられてはいなく、掃除用具の入った古い納屋がぽつんとあるのみだ。その軒先の下に、膝を抱えたフランがいた。


「……」


耳のいい彼女ならば、俺が扉を開いた音も聞きつけているだろう。だが、彼女はこちらを見ようとはしない。ひょっとすると、一人になりたがっているのだろうか……?いや。それなら、もっと離れたところに行ってもいいんだ。俺がすぐ見つけられるところにいたっていうのは、そういうこと……なんだと、思うんだけれど。

俺はとりあえず、彼女の下へ行ってみることにした。下草を踏みしめながら、納屋へと近づいていく。俺がすぐそばまで来ても、フランは石像のように固まっていた。自分のつま先のあたりをじっと見つめている。さて、どう声をかけたもんか。


「あーっと、フラン……」


「何も言わないで」


え?出鼻をくじかれて、俺は言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。


「何も言わなくていいから。最近のわたし、どうかしてる。頭の中がいつもいっぱいいっぱいで、すぐわけわからなくなっちゃうんだ」


「……そうか?そんなことないと思うけど」


「そんなことあるんだよ。あなたのこと困らせてるっていうのも、わかってるの。あなたのことを大事にしたいのに、わたしはあなたみたいに、優しくってことができないから……」


はぁ。俺がやさしい?そりゃ、悪のかぎりをつくしてきたつもりはないけど、そんなに言われるほどだろうか?うーん……


「困らせる、か。けど俺、そんなに嫌いじゃないけどな」


「え?」


「お前に困らせられること。こう言うと怒るか?フランみたいに強いのわがままを聞くとき、それは俺に優越感を与えてくれるんだ。シンプルに言うと、頼られてるみたいで嬉しいってことかな」


「……」


う……自分で言っておいてなんだが、ずいぶん最低な物言いだ。こういう時モテる男なら、「キミの頼みならなんだって聞いてあげるよ」くらいのことがさらっと言えたんだろうけど。でも、俺はこうなんだ。フランは大事な仲間。その仲間の力になれることが、嬉しくないわけはないだろ?


「フランが何について悩んでるのか、俺にはわかんないけど……まあ、そんなに気にすんなよ。別に俺たち、ケンカしたわけじゃないんだしな」


「……うん」


「よし。……はーあ!こうなっちまった以上、もう開き直るしかないな。頼んだぜ、フラン。頑張れよ」


「うん。やるからには、勝つつもり」


「はぁ?勝敗なんかどうでもいいだろ」


「え?」


フランが思わずこっちを向いて、目を丸くする。


「勝ち負けなんざどうでもいいよ。んなことより、間違っても大怪我とかはするなよ。前にも言ったけどな、お前がボロボロになるところなんて、俺は見たくないんだからな」


「……そっか。わかった」


フランは小さくうなずくと、膝の間に顔をうずめた。俺は軒の下から、夜空を見上げる。異国の空だろうと、星空は相変わらず美しい。ちっ。なぜか無性に文句を言いたい気分になった。

勇演武闘は、もう幾日もなく開催されることになるだろう。おそらく、これ以上俺たちがゴネたところで、一の国側は何一つ聞き入れようとしないはずだ。


(こっから先は、運否天賦か……)


クラークたちとのガチンコ勝負……それの舞台の幕が、いよいよ上がろうとしている。うぅ、いっそ大嵐でも起きて、大会ごとぶっ飛んじまえばいいんだ。俺はあらゆる天災が勇演武闘に降りかかるようにと、声にならない呪いを天に放つのだった。



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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