11-1 試合開始
11-1 試合開始
「んんっ。んーんー……こほん。会場の紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより!勇演武闘!その初戦を開始させていただきます!」
ワアアァァァァァァ!群衆の大歓声は、遠く離れたこちらにまで轟いてくる。お祭り騒ぎしやがって、くそったれ。
「桜下さん……」
となりに寄り添うウィルが、不安そうな顔で俺の腕に触れる。俺は無理やりに笑みを浮かべた。
「……信じよう。なぁに、あいつらならうまくやってくれるさ」
「……ええ。そうですよね……」
ウィルの声にはまるで力がなかった。くそ、上手く笑えていなかったらしい。ライラが俺の袖をくいくいと引っ張った。
「ねえ、みんなの試合、見に行かないの?」
「いや……行こう」
俺は仮面を付けると、重い腰を上げ、待機所の天幕を後にする。
今俺たちがいるのは、一の国が誇る
昨晩の俺の呪詛もむなしく、天気は快晴。雲一つない青空が広がり、催し物をやるには最高の日和だ。会場はギラギラした太陽に照らされ、熱した空気は完全にお祭り一色だった。が、こっちはとてもワクワクする気分じゃない。
闘技場に入ると、中は人でごった返していた。前列の上席にはきらびやかな身なりの貴族が、後列の末席には汚らしい格好の連中がいたが、共通点として、どちらも大変興奮した様子で、
案内された先は、観客席の最前列。リングに最も近い、関係者専用の特等席だ。俺、ウィル、ライラの三人は、ここからみんなの闘いを見守ることになる。
ただ、リングに近いと言っても、それは直線距離の話。客席はリングより五メートルほど高い位置にあるので、実際はそこそこの距離がある。いざと言う時に乱入するのは難しそうだ。さいあく、ライラやウィルなら魔法という手もあるが……
リングは土剥き出しで、障害物などは何もない。ここに投げ込まれたら最後、目の前の敵を倒す以外に脱出するすべはないだろう。
「……桜下さん?難しい顔をしてますが、大丈夫ですか?」
「へ?あ、ああ。大丈夫だ」
ウィルが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。いかん、いかん。今はフランたちを信じる時だ。この試合のルールでは、部外者の介入はいかなる理由でも禁止されている。余計なことをすれば、この大会自体が台無しになってしまうだろう。それじゃ本末転倒だ。
すると再び、アナウンスの声が聞こえてきた。
「それでは、間もなく試合開始となりますが、その前に大会主催、ノロ皇帝閣下からみなさまへご挨拶がございます」
リングの中心へ、長身の女性が入場してきた。女帝ノロだ……ノロが軽く咳ばらいをすると、その音は騒がしい会場にも大きく響いた。さっきのアナウンスといい、魔法で声を拡張しているようだ。
会場が静まり返る。
「諸君。本日はよく来てくれた。諸君らも、今日この日を待ち望んでいたことだろう。前々から勇演武闘の開催を望む声があることは知ってはいたが、なかなか時期が合わず、先送りになり続けていたのだ。だが、余はどうしても、諸君らの期待に応えたかった。その為に方々に多少無理をさせてでも、準備を進めてきたのだ」
“多少”の無理だと?笑わせてくれるぜ。
「そして、今日この日!ついに再び、勇演武闘を開催することと相成った!今日の試合は、諸君らにとっても一生忘れられないものとなるだろう!存分に楽しんで行ってくれ!」
ノロが締めくくりにばっと手を掲げると、客席からは怒号のような歓声が上がった。
「うおおぉぉぉぉぉ!ノロ様、ばんざーーーい!!!」
「きゃああぁぁぁぁ!ノロ様、一生ついていきますわ!!!」
……ちくしょうが。ノロの目的は、これだったのかもしれない。ここにひしめく群衆は、みんなそろって、ノロの事を素晴らしい皇帝だと思うことだろう。俺たちは、そのダシにされたってわけだ……ちくしょう。
「面白くなさそうな顔だね」
うん?声が聞こえたほうに振り返ると、クラークが一人で、こちらにやって来るところだった。奴は俺たちから一席空けて、隣に座った。
「……俺、今仮面を付けてるんだけど?」
「見なくても分かるさ。それとも、僕の予想は外れていたかい?」
「……そう言うおたくはどうなんだよ?」
「僕?それこそ、見なくても分かるだろう」
クラークは不機嫌そうな顔で、腕を組んでリングを見下ろしている。
「ここに来る前に、ミカエルたちと会って来たんだ。大丈夫だとは言っていたけれど……不安だ」
「……まあ、な。対戦順は決めているとはいえ……」
今回の勇演武闘は、全部で三試合行われる。クラークたちからコルル、ミカエル、アドリア。そして俺たちからフラン、エラゼム、アルルカが出場する。俺たちは事前に打ち合わせて、それぞれ誰と誰が戦うかを決めていた。そしてお互いの得物や技を確認し、間違っても命を落とすことのないように、入念に打ち合わせた。と言っても、決められたことはせいぜい、俺たちがクラークの仲間を殺さないこと。そしてクラークたち、特にミカエルが、浄化の魔法を使わないこと。これくらいだ。さすがに戦いの内容を一から十まで決める事なんてできないし、生半可な八百長じゃ群衆は騙せないと、アドリアが強く主張したのだ。
「どうしてそう言い切れるんだよ、アドリア?」
「当然だ。
「……いやにきっぱり言い切るんだな」
「ああ。結局私とて……いろいろ言いはしたが、一の国の人間の一人だからな。同じ穴の
そういうわけで、フランたちはほぼほぼ、全力で戦わざるを得ない状況になってしまった。会場では、ノロの挨拶が終わり、再びアナウンスの声がルールの説明を始めていた。
「皆様方に今一度ご説明させていただきます。此度の勇演武闘は、血沸き肉躍る戦いなれど、血を血で洗う殺し合いでは断じてございません。血を見て歓喜するは野蛮人の精神であり、我々は慈しみを知る文明人であります」
「けっ。どこがだ、どこが!」
「しーっ!桜下さん、聞こえちゃいますよ!」
「なので、この試合で死者が出ることは万が一にもございません。両選手、騎士道精神にのっとって戦うことは当然、会場には腕利きの
ふざけやがって。治れば、何をしてもいいと思っているのか?治るなら、痛みは無視できるとでも思っているのだろうか。
「そして、今回は全三試合が行われます。残念ながら、勇者同士の闘いは、諸事情により執り行われませんが、その勇者の強靭なる仲間たちが腕を振るってくれることでしょう」
この時ばかりは、観客からもちらほらとブーイングが起こった。けっ、ざまーみろだ。俺が出場しないこととなって、唯一よかったと思える瞬間だった。
「さて、それでは間もなく試合が開始されます。今しばらくばかり、お待ちくださいませ」
いよいよか……初戦はあいつとアイツの闘いになる。俺、ウィル、ライラ、そしてクラークは、固唾をのんでその時を待つ。
「やあ、諸君。浮かない顔をしてどうした?」
なぁんだよ、うるさいな!また来客か?緊張していた俺とクラークは、そろってイラついた顔で振り返った。だがその声の主を確認した瞬間、クラークは電流が走ったみたいにピンと背筋を伸ばした。
「の、ノロさま!」
俺たちの席の後ろに立っていたのはなんと、にやけた顔をしたノロだった。俺も驚いた。さっきまで下にいたのに、どうしてわざわざここに来たんだ?
「ど、どうしたのですか?僕たちに、なにか……」
「いやなに、此度の開催は何かと急ピッチだったのでな。そなたたちともろくに話ができておらなんだろう?せめて試合前に、一声かけようと思ってな」
ハッ、話ができなかっただと?さらさらする気なんかなかったくせに。思わずそう言いかけたが、なんとか押し殺した。せっかくフランたちが体を張ってくれるのに、ここで俺がノロの機嫌を損ねては、ぶち壊しだ。
「どうだ、クラーク?そなたの仲間たちは勝てそうか?」
「……どうでしょう。ですが、僕は仲間を信じています。きっといい戦いをしてくれるでしょう」
「そうか、そうか。そうでなくてはな。せっかくこうして盛大に開催したのだ。つまらない勝負ばかりでは、余の面目も丸つぶれだからな」
一瞬だが、ノロの瞳の奥がキラリと光った気がした。こいつ、わざわざ俺たちに釘を刺しに来たらしい。
「さて、そちらはどうだ?二の国の勇者、桜下よ」
ノロが今度はこちらに話を振る。けっ、心配しなくても平気だよ。お望み通り、しっかり戦ってもらうさ。
「……右に同じです」
「む?なんだ、覇気のない答えだな。クラークと言い、どうしてそう辛気臭いのだ、そなたたちは?」
こいつ……っ!俺たちが気乗りしていないことなんて、百も承知のくせに!あまりにもカチンときたせいで、つい衝動的に口を開いてしまった。
「ノロ皇帝。あんたの望みは、一体何なんです?」
隣でウィルが慌てているが、一度出した剣は引っ込められない。俺はじっとノロの顔を見つめた。
「望み、とな?」
「こうして民衆を沸かせて、自分の地位を固めるのが目的なんすか?そのために、わざわざ俺を呼び付けたと?」
「ほう……」
ノロは、仮面の奥の視線を余裕たっぷりに受け止めると、にやりと笑う。
「なかなかいい目をしているな。確かにそなたの言う通り、そういう狙いがあることは事実だ。だが、本質はそこではない」
「本質?じゃあ、何を……」
「そんなこと決まっておろう。一の国と二の国の勇者、クラークとそなたと、どちらが強いのか。それを、この目で確かめる為だ!」
「……は?」
俺だけでなく、クラークも目を点にしている。
「そんな……そんな事の為に?」
「そんな事?そなたも男であるならば、気にかかるはずだ。オスとオスがぶつかり合った時、どちらがより強いのか、最強はどちらなのか。国を代表する勇者同士が矛を交えた時、一体どんな戦いが繰り広げられるのか。政治や外交など、あくまで付随する効果にすぎん。そんな女々しいままごと遊びよりも、余はオス同士の争いが見たいのだ!」
あ……呆れてものも言えない。今のが、国を背負う女帝の口から出たセリフか?クラークが動揺してどもりながら言う。
「で、ですがノロ様。今回は、勇者同士の闘いは無しになったと……」
「ああ、その通りだ……」
ノロは残念そうに首を振った。
「ああもしつこく食い下がられては、さすがの余も折れざるを得ん。実に残念だ。先ほどルールのアナウンスもあったことだし、今からのルール変更は、いくら余でも一存では決められぬ」
ふ、ふう……さすがにそこは諦めているんだな。さすがに女帝でも、何でもかんでも自由にできるわけではないらしい。
「とはいえ、勇者のパーティー同士の闘いもそうそうお目にかかれるものではないからな。余も楽しみだ。期待しているぞ、勇者諸君?」
言うだけ言うと、ノロはきた時と同じく、ふらりと行ってしまった。
「……呆れたもんだな。自分一人の好奇心の為に、ここまでするかよ?」
俺がつぶやくと、今ばっかりはクラークも賛同した。
「前にも言ったかい?ノロ様には、ああいうところがあるから……たぶん、僕が君たちと交戦したと聞いた時には、今回の事を思いついていたんだろう」
「なんだと?」
「僕と君とは、一度も決着がつかなかったじゃないか。どちらがより強いのか、はっきりしていなかった。だからノロ様は、それを白黒つけようと思ったんだよ」
「それだけのことで……」
あんなのがトップだから、きっと一の国は軍国主義なんだろう。決闘が大好きな国民たちなら、戦争に抵抗も少なそうだし。
わあぁぁぁぁ!
当然歓声が上がり、俺たちはうつむいていた視線を慌てて上げた。
「さあっ!いよいよ、勇演武闘!その第一試合が始まります!」
うおっ、ついに始まるか。俺たちは身を乗り出して、リングを見下ろす。リングの両端には、それぞれの控室に繋がるゲートがある。そのそれぞれのゲートから、二人の人影が出てくるところだった。
「まずは、我らが一の国!その狙撃の腕は一級品!かつて軍で名を馳せた、シュナース家の跡取り娘!アドリアァァァァ、シュナーァァァァス!!!」
長身の女性、アドリアが、ゲートの暗がりの中から現れた。片目に眼帯を付けているにもかかわらず、その弓の精度はずば抜けている。常に冷静沈着で、彼女が取り乱しているところは見たことがない。今だって、堂々としたもんだ。
「対するは、二の国!妖艶な姿に侮るなかれ!
アドリアと反対側のゲートからは、黒いマントにマスク姿のアルルカが現れた。その異様な風体に、会場がどよめくのが分かる。だがアルルカは、リングの中ほどまで来ると、いきなりばっと腕を広げた。その拍子にマントの留め金が外れ、アルルカのトンチキな……アナウンスによれば、妖艶な……姿があらわになった。おおっ!と、会場中の男が前のめりになった。俺とウィルは、そろって額に手をやった。あいつもある意味では、堂々としたもんだ。
「さあ!勇演武闘第一試合は、女同士の闘いです!可憐なる戦いが期待されます!」
断言していい。間違いなく、アルルカは可憐の二文字から最も縁遠い女だ。
俺たちが取り決めた、最初の試合。それは、弓兵アドリア対狙撃手アルルカ。スナイパー同士の対決だった。
「それでは!試合開始のカウントダウンです!三!二ぃ!一ぃ……」
この瞬間だけ、世界の時の流れがゆっくりになった気がした。俺がこぶしを握り締める音、隣でウィルがごくりと喉を鳴らす音、その隣で興奮したライラがふんふん鼻を鳴らす音。すべてが克明に、だが猥雑に聞こえる。
「ゼロ!試合、開始ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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