10-2
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「ロウラン!?び、びっくりした。いつの間に……ていうか、どうやって……?」
「あーん、そんなにいっぺんに訊かないでほしいの」
「あ、そ、そうだな。じゃあえっと、どうして出てこれたんだ?」
「愛の力なの♪」
「お前、答える気ないだろ……」
げんなりする俺をよそに、ロウランはにっこりと笑うと、俺にぴったりくっつくほど体を寄せてきた。
「お、おい。近いってば」
「えー、いいじゃない。こうして会うのも、とっても久々でしょ?旦那様ったら、ずーっとほったらかしなんだもん……アタシ、悲しい」
「あ!ごめん。いろいろごたごたしてたから、すっかり忘れてた」
そういやここに来る前に、ロウランから頼まれていたんだった。たまに、彼女の本体であるミイラに魔力を注いでほしいと。しまった、今の今まで忘れていた。
「ぐすん。あんまり悲しいから、少しでも旦那様に会いたくなっちゃって。だからあなたが寝ている間に、こっそり毎晩魔力を貰ってたの」
「え?お前、そんなことしてたのか……まあいいや、出てこれた理由はわかった。でも、どうして今出てきたんだよ?」
「その理由を、さっき訊いたところなの」
「え?」
さっき……ロウランは、どうして怒っているのかと訊ねたんだっけか。
「……まあ、ちょっとな。いろいろあったんだよ」
「そうなんだ。んーと、アタシとしては、どうして旦那様がそんなに怒るのか不思議なんだけどな」
「あん?お前……話の内容、知ってるのか?」
「うん。聞いてたよ。だから出てきたの」
うん、って……こいつまさか、見えないだけで、四六時中俺に張り付いているんじゃないだろうな?
「ち、知ってんなら最初から言えよな……それと、その旦那様ってのも、いい加減よしてくれ。お前の旦那になった覚えはないぞ」
「えぇ~。つれないの……それで、どうしてなの?普段全然怒んないあなたが、あんなに声を荒げてたから。気になるの」
「……今は、あんまり話したくない」
「そっか。それもいいの♪今夜は一晩中一緒にいられるね♪」
え?うわぁ!ロウランはそっけない態度の俺にもお構いなしに、腕を絡めて抱き着いてきた。近い、ちかい!こいつはめちゃめちゃに薄着だから、ともすれば手がいろんなところに触れそうなんだよ!
「だぁー!わかった、わかったから離れろって!」
「えぇ~?それじゃあ、話してくれる?」
「……いいけど、別に面白い話じゃないぞ」
「それでいいの♪あなたとお話するだけでも楽しいし」
けっ。なんだかんだと言って、うまく丸め込まれてしまった気がする。食えないやつだ。
ロウランは腕を放すと、体育座りに足を直した。
「あなたは、あの子たちが自分の言うことを聞かなかったから怒ったの?」
「え?違う、そんなんじゃねーよ。まあ、あのやり方もどうかと思うけどな……」
二人して羽交い絞めにしやがって……思い出したらまたむかむかしてきた。
「じゃあ、どうして?あの子たちの決めたことは、そんなに間違ってはないって、アタシ思うけど」
「間違ってる間違ってないの問題じゃねぇんだよ。あいつらの言い分に筋が通ってるのは、俺だって分かってる」
「うーんと、それじゃあ、あなただけ仲間外れにされたから?自分だけふがいない思いをしたくないってことなの?」
「それも違う……戦いで俺が役に立てないのは、今に始まったことじゃないから」
「そうだね。アタシと戦った時も、あなたは司令官ポジションだったの。そうなると、仲間が危険な目に合うのが許せないっていう理由もなくなるよね。じゃああなたが怒る理由は、一体何なんだろう?」
ロウランは顔を傾けて、俺を覗きこむように見つめてくる。なんだろうなんて言っているが、こいつは全部分かった上で質問しているんじゃないか?独特な輝きのロウランの瞳を見ていると、心まで見透かされているような気にさせられる。思わず目をそらすと、言葉が口をついて出てきた。
「……俺はなぁ!勇演武闘だか何だか知らないけど、ただの見世物の闘いなんかに、仲間を利用されるのが、たまらなく嫌なんだよ!」
こんなの、許せるかよ!
「ふざけんなってんだ!こっちになんの断りもなく、かってに話を進めて、拒否は受け付けないだと?自分たちが楽しみたいがために、俺たちの中から誰か適当に選んで差し出せだと?そいつら同士を戦わせて、勝敗で国の優劣を決めるだと?少しケガをしたり痛い目にはあうけど、死にはしないから大丈夫だと?ふっざけんじゃねぇ!」
ゴン!堅い地面を殴っても、俺の力じゃわずかに凹むのがやっとだ。拳が赤くなったが、痛みは感じなかった。
「まだ百歩譲って、俺だけが道化になるならいい!二百歩譲って、俺たち全員で戦うのも!俺だけ黙って見てろだと?くだらない試合の為に仲間が傷つくのを、指くわえて見てろだと!馬鹿にするのも大概にしろ!」
こんな馬鹿げた話を、フランたちは飲んでしまった。こんなの、一蹴してしまえばよかったのに!
「俺たちは、ゲームの駒じゃない!誰かの暇つぶしにも、政治のままごと道具になる気も、さらさらねーんだよ!」
はぁ、はぁ……ここまでいっきに捲し立てたせいで、息が苦しい。さっきからずっと煮えたぎっていた腹の底から、いっぺんに言葉が飛び出した気がした。
「そっか。それで、あなたは怒っていたんだね」
みっともなく喚き散らした俺を見ても、ロウランは軽蔑しなかった。微笑みを浮かべて、うんうんとうなずいている。
「いーっぱい、吐き出せたね。こーいう時は、ゲロっちゃうに限るの。さっきよりはマシな気分じゃない?」
へ?ロウラン、まさか、このために……?
「……そう、だな。すこし、頭が冷えたよ。その、ありがとうと言うべきだよな……?」
「うーうん。アタシはただ、あなたとお話したかっただけなの♪とっても楽しかったよ?」
ロウランはにこりと笑う。俺がただ一方的に喚いただけで、楽しいはずがないのに。けどこれが、彼女なりの優しさなんだろうな……
上っていた血が下がると、ようやく暴れていた心も落ち着いてきた。今更気づいたが、ひどく興奮していたようだ。いつのまにか、全身に汗をしっとりかいている。そこに夜風が吹くと、ぞくぞくするほど寒い。うぅぅ、さっきまであんなに暑かったのに?それほど頭にきていたんだな。
「は、はっくしょん!うぅ、そろそろ戻った方が良さそうだな。フランたちとも、もう一度話さないと」
「そうだね。あ、でも一つだけ、アタシ思うんだけど。あなたはもう少し、人から愛されることに慣れた方がいいの」
「は?愛される?お前、またそんな……」
「違うのちがうの、そうじゃなくて。アタシの愛もいずれは受け止めてほしいけど、今は仲間としての気持ちを言ってるの」
「仲間としての……?親愛ってことか?」
「そーそー。あなたがあんなに怒ってたのは、仲間を、あのコたちを愛していたからでしょう?それと同じで、あのコたちも、あなたが大好きなの」
はっとした。フランたちがああいう行動をとったのは、何も俺に意地悪するためじゃない。その事に、どうして気が付かなかったんだ。
「……」
「ね?あなたがあのコたちの主人なんだったら、しもべの愛を受け止めるのも、主の役目なの」
「あいつらは、しもべなんかじゃない……けど、ロウランの言いたいことは、わかったよ。やっぱ俺、バカだな……自分の事ばっかりで……」
「ん~、そういう意味でもないんだけど……」
「いや、わかってはいたんだ。実際、あいつらの選択は正しい。俺が一番戦えないんだから、その俺を引っ込めるのは当然だよな。もし俺が、クラークみたいに強かったら、こんなことには……」
「あーん、だから違うのぉ~。そゆんじゃなくて、えっとえっと。あのね、アタシだって、バカだし、闘いなんてできなかったの」
へ?いきなり何の話だ?
「でもお前、めちゃくちゃ強いじゃないか」
「それは今の話なの。何百年も前、まだアタシが生きてた頃は、今みたいな力はなかったよ?セイジのこともよく分かんなかったし、むつかしーことはちんぷんかんぷん。でも、アタシには誰よりも優れた能力があった。それが、“愛される力”、なの」
「愛される、力……」
「そう。あ、ねえあなたって、アタシがどうして姫に選ばれたかって、知ってるの?」
「あん?ミイラたちから聞いたのは確か、お前が一番民の支持を得たからだって……」
「そーそー。姫の候補はたくさんいるんだけど、その中から選ばれるのはたった一人。その一人になるためには、なによりも
人気投票……見当違いかもしれないが、俺はあれを思い出した。アイドルの、センターを決める投票だ。
「アタシは何でもはできないけど、人に愛される才能だけは、誰にも負けない自信があるの。痛い事も苦しい事も、愛されるためには何だってしてきた。だから姫になれたんだし、なのに王様は、アタシのとこには、来なかった、ん、だけど……」
がっくりと、ロウランの首が直角に折れた。お、おい。お前が落ち込まないでくれよ。
「……とにかく!アタシが言いたいのは、こうなの!」
がばっと顔を上げて、ロウランが俺の目を見つめる。
「愛されるのも、才能の一つなの。必ずしも、一人で何でもかんでもできる必要はないと思うな。あなたはあのコたちの愛を、ただ受け止めてあげればいいって思うの」
「は、はぁ……」
ロウランの言いたいことは、いまいち分かるような、分からないような気がしたが……
「……わかったよ。お前の言葉通り、向き合ってみる」
ようするに、誠実になれという事だろう。俺のためを思って動いてくれた人たちに、ちゃんと正面から向き合えってな。
「ありがとな、ロウラン。お前と話してたら、なんだかすっきりしたよ」
「ほんとう?アタシのこと、好きになった?」
「それはまた別の話だ」
「ぶー。あなたがそんなんじゃ、自信を失くしそうなの……」
しょぼくれるロウラン。俺はくすっと笑うと、すくっと立ち上がった。
「さてと。そんじゃ、戻ろうか」
「はーい。あ、そうなの。アタシもいっこ、相談に乗ってほしいんだけど」
「うん?」
俺とロウランは、二人並びながら夜の庭園を歩く。ロウランはごく自然に腕を組んできて、俺はツッコむ気も起きなかった。
「あなたの呼び方なの。旦那様はダメって言われちゃったし、でもあなたなんて他人行儀な呼び方、つまらないでしょ?あ、
「えぇ?普通に名前で呼んでくれりゃいいじゃないか」
「それだとみんなと同じでしょー。あなたとアタシだけの、特別なのがいいの♪」
「んなこと言われても……どういうのなら満足なんだ?」
「旦那様」
「それは却下って!えーっとじゃあ、旦那以外の呼び方……夫?亭主?配偶者なんてのもあるな」
「あなたがそう呼んでって言うなら、そうするけど。配偶者♪」
「いや、ごめん、やっぱなし。そもそも結婚してないし……あとそれ以外だと、ハニーとかダーリンとか、昔の漫画にあったけど……」
「ダーリン!それ、いいの!響きがハイカラな感じで♪」
は、ハイカラ?んなことないと思うし、そもそもハイカラという言葉が古臭いが……
「さすがにそれは、俺が気恥ずかしい……やっぱ、普通に名前じゃだめか?」
「だーめ♪あなたは今日から、アタシのダーリンなの♪」
「か、勘弁してくれよ……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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