10-1 フランたちの奇策

10-1 フランたちの奇策


俺の声なき抗議も、フランはきれいさっぱり無視しやがった。クソが、力じゃ敵わない!ウィル、手を放せって!


「こほん。さっきも言った通り、一の国側は今回に限り、勇者の仲間のみでの勇演武闘を認めてくれるそうだ。つまり、一対一を三試合。二戦取ったほうが勝ちってことにな」


「それなら、この人は戦わなくてもいいわけね?試合順とかはこっちで決められるの?」


「まあな。そこらへんに特に規定はねぇよ。裏で打ち合わせてもいいし、何も決めずにガチンコ勝負でもいい。オレらとしても、こっちの勇者がボコされるっていう、一番まずい状況は避けることができた。なんだかんだで、勇者は国の代表みたいなところがあるからな。それさえなけりゃ、後の事には口を挟む気はねぇ」


「じゃあ、試合カードはこっちで決めるから。後でそっちに知らせるでいい?」


「ああ。なら今回は、特例ルールで行くってことでいいんだな?」


ヘイズの問いに、フランはこっくりとうなずく。だがクラークは渋い顔をしていた。いいぞ!お前も反論してくれ!


「僕は、あまり賛成はできないな……みんなだけを戦わせるだなんて……」


そんなクラークに、コルルはすっと体を寄せると、その手に自分の手を重ねた。


「クラーク……あたしは、別にその条件でも構わないと思うわ。あたしたちだって、あなたのパーティーなんだもの。戦う覚悟はできてるわ」


「でも……ミカエルが」


「そうね……でもね、ミカエルだって、その気持ちがないわけではないのよ。ね?」


コルルが視線を送ると、ミカエルはおずおずと一歩前に出た。


「あの……クラーク様が、私の事を考えてくれるのは、とても嬉しいんです。けど、やっぱり私、アルアさんの言っていたことが忘れられなくて。クラーク様も、彼女の言葉は正しいって言ってましたよね。あれから私なりに考えて、うん、その通りだなって、そう思いました」


「ミカエル……でも、いいのかい?」


「はい。勝つ事なんて、万に一つもできないでしょうけど……それでも、やるだけやってみます」


「そうか……けど……それならやっぱり、僕も戦うよ。ミカエルが頑張るっていうのに、僕が何もしないなんて……」


「あ、あの。それなんですけど……クラーク様は、できれば見ていてくれてたほうがいいと言うか……」


「え……」


クラークがショックを受けた顔をする。コルルは慌てて首を振ったが、そのせいで舌をもつれさせてしまった。


「あにょ、ちがうんでしゅ!しょう、ちょう、そうじゃなくて……」


見かねたアドリアため息をついて、その後を継いだ。


「クラーク、お前を邪魔ものだと言いたいわけではない。誰が考えても、お前は私たちの中でトップの実力者だからな」


「だ、だったらどうして……?」


「むしろ、お前の力が強いが故だ。お前が桜下と戦うとして、そちらの勇者殿の能力・死霊術は、群でこそ強い能力だ。一人では真価を発揮できない。きつい言い方をすれば、まるで歯が立たんだろう」


「それだと、何がまずいんだい?」


「お前の雷は、生身の人間相手には威力があり過ぎる。かといって、手を抜いた半端な試合をしようものなら、ノロ閣下や観衆が黙っていないだろう。連中は、ほとばしる火花や、息つく間もない攻防を期待しているのだから。そうなった時、お前は剣を振るえるか?」


「うっ。そ、それは……」


クラークはためらうように瞳を泳がせる。なんだよ、どうして迷うんだ?ちょっと前は、俺を悪の勇者だなんだと言って、本気で掛かってきたじゃないか!


「……ダメだ。僕には、できない」


「ああ。だからだよ」


がっくりと肩を落とすクラーク。嘘だろ……?コルルが、そんな彼を励ます。


「落ち込まないで、クラーク。あたしたちは、あなたがそんな酷いことはできないってわかってたの。それにね、これはあたしたちだけじゃなくて、向こうからしても都合がいいはずなのよ」


コルルがちらりとこちらに視線を向ける。フランは再度うなずいた。


「……歯が立たないとかなんとかって部分は、今は忘れてあげる。わたしたちからしても、その方がいい。こっちは全員アンデッドなんだし、そっちも手加減の必要がなくていいでしょ」


「ふふ、そうね。あたしたちも全力で掛かっていくから、覚悟しなさい。これならノロ様も満足してくれるでしょうしね」


なんだ、なんだ。なんだか、話がまとまりそうになってないか?おいおい、冗談じゃないってば!ヘイズが満足そうにうなずく。


「なら、これで決まりだな」


ふざけんな!




クラークたちが王宮に帰り、ヘイズが部屋に引き上げた。俺は爆発寸前だったが、フランとウィルが未だに放してくれないので、どうしようもない。フランたちも俺が沸騰しているのを分かっているようで、手を放すのをためらう雰囲気を感じた。正解だな。俺は今、煮え湯を腹の底にぶち込まれて、無理やり蓋をされている気分なんだ。蓋が外れた瞬間、体の奥底からマグマが噴火するような気がする。


「あ、あの~……桜下さん、怒ってます?」


ウィルがそろそろと、俺を横から覗き込んだ。俺がありったけの眼力で睨んでやると、ウィルはひぃっと息をのんで首を引っ込めた。


「どど、どうしましょう、フランさん。桜下さん、めちゃくちゃ怒ってるんですけどぉ……こんなの、アルルカさんと戦った時以来じゃないですか?」


「はぁ……まあ、しょうがないよ。ウィル、手ぇ放していいよ。わたしが押さえてるから」


「ひぇぇ……じゃあ、放しますよ。いち、にの、さん!」


ぱっ。ウィルの冷たい手が、俺の口から離された。腹の底から叫ぶ。


「お前ら!何考えてんだよっ!」


ウィルはびくっと首をすくめ、ライラはあわあわと後ずさりしようとして、自分の腕に巻いた布を踏んづけてすっころんだ。


「どうしてあの条件を飲んだんだ!あんなふざけたルールを……」


「落ち着いてよ。あれが一番いい条件だったんだ」


フランのなだめるような声。


「どこがだ!お前たちが犠牲になれば、それでいいってか?」


「そうだよ。さっき、向こうの魔法使いも言ってたでしょ。あなただと危険なんだ。でも、わたしたちなら……」


「いい、わけないだろ!死なないんだったら、お前らがどうなってもいいって、ほんとにそう思ってるのか!?」


アンデッドは、死なない。もう死んでいるからだ!んなことは、百も承知に決まってる!だけど俺は、フランたちをただの死体だと思ったことは、一度もないんだよ!


「お願いだから、話を聞いて。わたしたちだって、あなたのことを考えて……」


「その結果が、これか?俺の口をふさいで、それで満足なのかよ!」


「っ」


フランがはっきりと動揺した。それは、ウィルも、みんなも同じだった。あたりが気まずい沈黙に包まれる……くそっ。


「フラン。放してくれ」


「え。でも……」


「いいから。少し一人にしてくれ。頭を冷やさねえと、話し合いもできないよ」


きっぱりと言うと、フランはおずおずと、俺の体にからめていた手足を離した。俺は立ちあがると、深く息を吸い込む。まだ腹の底は熱い。けど、それを喚いたところで、誰も得はしないんだろうな。


「……少し時間をくれ。俺はバカだから、飲み込むまでかかるんだ」


それだけぼそりとつぶやくと、俺は外への扉へ向かう。ウィルが何かを言いたそうにこちらを見ていることに気付いたが、俺は気付かないふりをして、扉をあけ放って外へ飛び出した。




「……くそっ」


夜の庭園をあてずっぽうに歩く。庭園は広く、感情のままに足を動かしても、人にも建物にもぜんぜん出くわさなかった。このままどこまでも歩いて行けそうだな……


『主様。あまり宿舎を離れますと、帰り道が分からなくなりますよ』


シャツの下で、アニが忠告する。ちぇ、ありがたいお言葉だ。ガキじゃあるまいし、迷子の心配だなんて……

俺は足を止めた。


「はぁー……」


近くに背の高い庭木を見つけると、俺はその根元に座り込んだ。乱暴に腰を下ろしたせいで、ケツが痛いが、構うもんか。

王宮の夜は静かだ。町の喧噪も、虫の鳴き声すらも聞こえてこない。いつも自然の音であふれる場所で寝泊まりしてきたせいで、奇妙な感覚だ。いっそのこと、これでもかってくらい騒々しい所に行きたい気分だった。これだけ静かだと、否が応でも目の前のことに意識が向いてしまうじゃないか。


「あー、くそー!」


「旦那様、なにをそんなに怒ってるの?」


えっ?わぁ!いつの間にか、俺の隣に女の子が……って。


「ロウラン!?」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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