10-1 満月祭

10-1 満月祭


「……はぁ。やれやれ、だな」


俺はぎしっとイスに腰掛けた。ずいぶんたくさんしゃべって、くたびれてしまった。話すのは、得意じゃない。


「〜〜〜〜〜っ」


「……ウィル、泣かないでくれよ」


ウィルは拳と歯を食いしばって、はらはらと泣きはらしていた。堪えきれない怒りと悔しさが、涙となって目から溢れているようだ。


「ひとまず、俺たちの部屋に戻らないか。これからのことも話したいし」


俺は仲間たちをうながして部屋を出た。いつまでもここに居たら、気が変になりそうだ。


「悪かったな、みんな。勝手にいろいろ進めちまって」


部屋に戻るなり俺が謝ると、エラゼムが首を振った。


「いいえ……桜下殿のお気持ちも分かります。あのような醜悪な話、そう何度もしたいものではないでしょう」


「まったくだ……」


今までも何かと酷い話を聞いてきたけど、ここは輪を掛けて酷い。みんなそれぞれ、ショックを受けているようだった。


「……それで、この後どうするの」


空気を切り替えるように、フランが切り出した。


「あのお茶、毒が入っていたんでしょ?飲むふりをしたってことは、あいつらの策に乗っかるつもりなの?」


「ああ、うん。きっとクライブ神父たちは、俺たちも丸ごと、城の主への生贄にするつもりなんだろう。だから死ぬような毒じゃなくて、眠り薬を入れたんだ」


「じゃあ……生贄になる、フリをする?」


「そのつもりだ。フランが言ってたろ、城には門があって、それをモンスターが守ってる。けど、生贄を捧げる時だったら……」


「……門は、開いてる」


そういうことだ、と俺はうなずいた。


「それで、その後は?城に入ったら、城主が出迎えてくれそうだけど」


「うん、そこなんだけど……まだ、どんな怪物があの城に巣食ってるのか、わからないけど。それでもそいつを、やっつけられればって思ってるんだ」


最初は、そこまでする気はなかった。手に負えそうになければ、とっとと帰ってくればいいと思っていたけど……


「このままじゃ、リンを救えない。彼女だけ守っても、俺たちは彼女を養っていくことはできない。リンがこの先も生きていくためには、この町を変えないとだめだ」


俺たちがリンの生きていく場所を確保できない以上、彼女はどうしてもこの町にとどまる必要がある。けど、城の怪物を放置したままでは、いつまでたっても犠牲は無くならない。来年はローズが、再来年はまだ見ぬ少女が犠牲になってしまう。


「城の主さえ倒せれば、この町は生贄を確保する必要はなくなるはずだ。そうすれば、この馬鹿げた儀式もなくなっていく、と思う」


「けど、怪物を倒すって……」


「ああ……できる限り、対話をするつもりだ。けど、相手は生きた人間を毎年要求するような奴だ……たぶん、話し合いだけじゃすまない。だから、人のいない場所に追い払うだとか、できる限り方法は探すつもりだけど、それでもだめな時は……」


俺は、これだけは口にしたくなかった言葉を。だけど、それでも言うしかない言葉を、吐き出した。


「……殺すしか、ないと思う」


仲間たちが息をのむのが分かった。俺の胸は、申し訳なさでいっぱいになった。


「情けないよな……自分で決めたことなのに、それを貫き通すこともできないなんて。それにどのみち、俺一人じゃ無理だ。みんなの力を借りなきゃならない。だから、もし嫌だったら遠慮せず言ってくれ。約束を破ったのは俺のほうだから、引き止めたりは……」


俺が最後まで言い終わらないうちに、フランが俺の腕をつかんだ。


「ついていくよ。言ったでしょ。あなたと他となら、迷わずあなたを取るって」


「フラン……」


その言葉に、エラゼムもうなずく。


「……時として、悪を討つためには非情になることも迫られましょう。しかし、此度の戦で滅ぶのは悪のみです。悪にすら慈悲の目を向けられる桜下殿を、吾輩は正しいと信じます」


「エラゼム……ありがとな」


ウィルは涙をぬぐいながらうなずいた。


「ぐす。あの子たちを助けるのに、協力しないわけないじゃありませんか。ついでにあの神父もどこかにぶっ飛ばしてやりたいくらいですよ」


「うぃ、ウィル……でも、助かるよ」


最後にライラは、みんなの目をうかがいながら、おずおずと言った。


「ライラは、難しいことよく分かんないけど……みんなが戦うんなら、ライラも戦う。それで、おかーさんとの約束を破ることになっても……おかーさんは、許してくれると思うから」


「そっか。ライラ、ありがとう」


結局みんな、俺についてきてくれることになった。なんだか、目頭が熱くなりそうだ……俺は帽子を目深にずらしながら、ぼそぼそとつぶやいた。


「みんな、ありがとな……もう何度目かになるかもわからないけど。また、俺のわがままに付き合ってくれ」


仲間たちは、力強くうなずいた。




「……」


俺はベッドの上でシーツにくるまって、息をひそめていた。隣にはライラが、俺と同じように息を殺して転がっている。

俺たちは今、マーステンの宿の自分たちの部屋で、眠りこけたフリをしているのだ。シーツの外では、フランが椅子に座って目をつぶっているはずだ。エラゼムが床の上にあぐらをかき、壁にもたれている。さも眠り薬が効いて、ふらりと寝入ってしまったように見せかけなければならない。その割には、緊張でガチガチになっている俺とライラは不自然そのものだったが……しょうがないだろ。いつ“合図”が来るかとドキドキして、それどころじゃないんだ。


「来ましたよ!二人、男です!」


ウィルが壁を突き抜け、叫んだ。来た!合図だ!俺とライラの緊張は最高潮に達し、シーツの中は俺たちの発した熱で、サウナ状態になっていた。


キィ……


聞こえるか聞こえないかくらいのかすかな音で、扉が開かれたのが分かった。


「……」


二人分の足音が、俺たちの部屋に入ってくる。慎重な歩みは、俺たちが本当に寝ているかじっくり観察しているようだった。うおぉぉ、どうしてこういうときに限って、くしゃみが出そうになるんだ!?


「……」


ボスッ。うひゃ、思わず声が出そうになった!誰かがシーツの上から、俺の足をつついている。眠りが深いかどうか、確認しているんだ。


「……どうやら、よく眠っているみたいだな」


「ああ。あの薬はよく効くよ」


ほっ……男たちは、俺たちが本当に寝ているものと思ったらしい。


「それじゃあ、とっとと運んじまおう」


「ああ、そうだな」


男たちは俺たちがいるベッドのわきまで近寄り、シーツをはがそうと手をかけた。いまだ!


「うおぉ!」


「なに!?ぐぁ!」


バターン!激しい音とともに、床がギシっときしんだ。俺はシーツを跳ねのけ、ベッドから飛び降りた。床ではエラゼムとフランが、部屋に侵入してきた男たちを押し倒し、腕をひねりあげている。やった、完璧だぜ。


「う、ぐぐぐ……お、お前たち!薬が効いたはずじゃ……」


「あいにくと、俺はめっぽう寝起きがいいんだ。すぐに起きちまったぜ」


「そ、そんな馬鹿な……」


男たちは唖然としている。こいつらの着ている服は、クライブ神父のものとよく似た黒いローブだった。やっぱり、教団関係者と見て間違いなさそうだな。


「さてさて。悪いが、あんまり悠長に話をしている場合じゃないんだ。単刀直入に聞くけど、この後俺たちをどうするつもりだったんだ?」


「な、なに?」


「計画を全部教えてくれ。俺たちをどこかに運ぶつもりだったんだろ?そのあとの段取りも、全部、詳しく」


「ふざけるな、なぜ俺たちがお前なんかに……」


ジャキン。男の反論は、フランとエラゼムが抜いた、それぞれの爪と剣によって押し殺された。


「あー。親切心で忠告するけど、素直に話したほうがいいぜ。じゃないと、あんたたちの大事なものが、一つずつ削げ落ちちまうかもな?」


男たちの顔から、サーッと血の気が引いた。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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