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「……違いますか、と言われてもね。君の言うことには、まるで証拠がないではないか。なにかそれを証明するものがあるのかね?」


「ありませんよ、そんなもの。町の人たち全員がグルなんだ。証拠なんて、もみ消されて残るはずがない。けど、そこまで至った経緯なら説明することができる」


「……言ってみたまえ」


「まず、あんたが言ったことだ。毎年シスターがいなくなるのに、どうして疑問を抱かない?答えは簡単だ、町はそれを百も承知なんだから。シスターが年々消えていることを知らないのは、シスターと、外から来た人間だけだ。町の人から聞いた話だから、確かなはずだぜ」


「それだけかね?」


「まだある。シスターに選ばれる人選だ。今いるシスターと見習いは、どっちもノーマだったところを拾われたらしいな。ほかならぬ、あんたの手によって?」


「……それで?」


「不思議に思ったんだ。毎年毎年生贄を伴う儀式をするのに、シスターの不足はどうやって補うんだろうって。犠牲になるってわかってて、町の人間が志願するかな?何も知らない他の町から募集をかけるにしても、毎年募っていたらさすがに疑われるよな?そこで思い至った。この国には、便利な制度があるみたいじゃないか……」


ウィルが息をのむ。


「まさか……」


「……ノーマだ。彼ら彼女らなら、お金で買うことができるもんな」


リンは言っていた。自分を拾ってくれたクライブ神父に、とても感謝していると。けど、リンは拾ったと表現したが、結局それって、クライブ神父がリンを買ったってだけのことじゃないか?これは、身寄りのない女の子を保護した美談なんかじゃない。人が人を金で買った、ただの人身売買だ。


「あんたたちは、そうやって買ったシスター候補には、すこぶる優しくするんだろう。彼女たちは何の疑いも持たず、町のため、教団のために尽くそうとする。自分を救ってくれた人たちに恩返しをするために……あんたたちは、その心を利用したんだ」


ウィルは、わなわなと震えている。彼女も孤児だ。そして神殿に拾われ、育てられた経緯を持つ……ここから先は、あまり話したくないな。まだ一つ、気づいたことがあるのだけど……ウィルには聞かせたくない。もちろんライラにも、フランやエラゼムにアニだって……


「……無理だな」


え?クライブ神父は、ほとんどささやくような声量でそうつぶやいた。


「人を買うのに、いくらかかると思う?こんな田舎町で、毎年そんな金額を集められるものか」


こ、こいつ……!この期に及んで、まだそんなことを言うのか。それか、ひょっとすると神父は、俺がそのことに気付いていることを察しているのかもしれない。そして俺が、それを言い渋っていることも……くそったれが!


「……そうだな。でも、あんたたちにはそれが可能なんだ。町の人たちだって協力してくれるはずだ、自分たちが犠牲になりたくはないからな。それに……あんたたちは!あろうことか、その手伝いをリンたちにもさせていた!」


これが一番、俺が腹に据えかねていることだ。俺が声を荒げても、クライブ神父は何も言わなかった。ただ、その口元にだけは薄い微笑みを浮かべていた。


「リンたちにお勤めと称して、よその町の男たちにいかがわしいことをさせてたな!彼らが神父なわけあるか!外から来る客のことを、そう呼んでいただけだ!儀式の前には、町の人たちから寄付を募らせていたな!町の人たちは知っていたんだ!その金が来年、彼女たちの代わりを買うために使われるんだって!それなのに、リンたちは何も知らずに……」


自分で言っていて、吐き気がする。こんなこと、もう二度としゃべりたくなかった……


「……よくも」


ふと隣を見ると、ウィルが恐ろしい形相をして、こぶしを握り締めていた。


「よくも、そんな真似が!」


「っ!」


ウィルはクライブ神父に掴み掛ろうとした!いけない!俺はテーブルの下でウィルの片手をつかんで、ぐいと引き寄せた。


「はなしてください!この男は、あの子たちの代わりを買うお金を、あの子たち自身に稼がせていたんですよ!殴ってやる!殴って、痛めつけて、二度とそんな事ができないようにしてやる!はなしてっ!」


だめだ。口には出せないけど、ここでクライブ神父を警戒させるわけにはいかない。あくまでも、俺たちはクライブ神父のてのひらの上で踊っている必要があるんだ。


(こらえてくれ、ウィル……!)


そうすれば、神父は必ずすきを見せる。その時が、リンを救い、この町の闇を晴らすチャンスなんだ。


「……ふ。ふっふっふ」


俺が静かにウィルを押さえつけていると、クライブ神父は唐突に笑い出した。


「ふっはっはっは!ブラボー!まったく、大したものだ」


クライブ神父は、パチパチと仰々しく手をたたいている。そのあまりの異様さに、ウィルも怒りを忘れて呆然とした。


「君くらいだよ、この町の闇にここまでたどり着いたのは。あともう一息、城の主のことまで言い当てていたなら、百点満点をあげてもよかっただろう」


「……どうしたんだ?ついに観念する気になったのか」


「観念?まさか、ここまで君が述べたのは、すべて君の妄想だ。それを証明する手立てが何一つない以上、我々が罪を認める必要は一切ない」


「なっ……もしも町の人が」


「町の人間が口を割ることはありえないな。君は町の住人と我々教団を分けて考えていたようだが、それはとんだ間違いだ。この町は、一つの生命体だよ。一心同体、死ぬときはみな一緒だ。彼らが生き続けたいと願う限り、教団は不滅であり、住民の忠誠心もかわらないのだ」


ぐ……確かにそうだ。町の住人とシュタイアー教は、利害が一致している。というより、町の被害を出さないために生贄を確保する役割を、シュタイアー教が担っていると言えるだろう。つまり教団は町の希望であり、救世主なわけだ。


「君も、これで満足したかね?罪を暴いて探偵気取りだったのかもしれないが、あいにくと詰めが甘かったようだな」


「……どうやっても、自分たちの犯してきた事を認める気は無いってことだな?」


「はて、最初からそんなものは存在しない。我々は町のため、人々のため、成すべきことを成してきたまでだ……もういいかね。食事も冷めてしまった」


クライブ神父はハンカチで口元をぬぐうと、すっと席を立ちあがった。


「私はこれにて失礼する。諸君らはゆっくりしていきたまえ。我々は誇大妄想をひけらかす少年にさえも、ベッドを提供するくらいの心意気は持ち合わせている」


神父はするどい嘲笑を浮かべると、つかつかと扉の前まで歩いていった。俺はその背中に声をかける。


「神父、あと一つ答えてくれ。リンは、今どうしてるんだ?」


「君に教える義理はない……シスターは必ずや、我々の期待に応えてくれるだろう」


クライブ神父は冷たくそう言うと、扉を開いて部屋を後にした。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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