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「……」


「はぁ、はぁ、あはは。もう、桜下さん。機嫌なおしてくださいよ」


ウィルがお腹を押さえながら言う。息が切れたというよりは、笑いを抑えている喋り方だな。口ではこう言っているが、俺が追いかけたとき一番笑っていたのはこいつだ。幽霊だからって、手の届かない高さでくすくす笑いやがって……


「くっそー!もう一回だ。きっとさっきのは何かの間違いに違いないっ」


『主様。それはやめておいた方がいいかと』


「へ?アニ、どうしてだ?」


『ソウル・カノンは、言葉通り魂の力を使う技。あまり連発しては、主様の魂が弱ってしまいます』


「ま、マジかよ」


弱いうえに、使いづらい……


『それに何度試したところで、結果は変わらないと思います。あれは生身の生物や物質にはあまり効果を発揮しません』


「な、どういうことだ?」


『あれの主成分はやみの魔力ですからね。有効なのは、同じ属性を持つもの……すなわちアンデッドが主になってくるかと』


なんだ、じゃあ結局アンデッドにしか効かないってことか。まあネクロマンサーである俺らしいっちゃあ俺らしいけど……


『ただ、あそこまで威力が出ないとは思いませんでしたが。もしかするとアンデッドにも効かないかも。そよ風程度では……』


「ぷふっ」


「……アニ、そういうのは撃ってみなきゃわからないよな。試しにゴーストへ向けて撃ってみようか?」


「ご、ごめんなさいごめんなさい!もう笑いませんから!ふぅー、ふぅー」


「ったく!もういいよ、時間を無駄にしちまった。早いとこそのなんとか城ってのに行こうぜ」


俺はがちゃがちゃと乱暴に食器をかばんに放り込むと、ずんずん歩き出した。あとからウィルとフランがついてくる。ウィルがおずおずと口を開いた。


「あ、あの、桜下さん。怒ってます?」


「……いいや。なんていうか、ちょっと残念だけどな」


「そうですか。すみません、笑ってしまって」


「いいって。ありゃ俺でも笑うよ。まったく、期待外れだな……」


「そうでしょうか?アニさんの説明を聞いて、私は素敵な力だと思いましたよ」


「ウソだぁ、あれのどこが」


「だって、生き物を傷つけない、優しい技じゃないですか。“殺し”はしないっていう、桜下さんらしい技だと思います」


そうかなぁ。ものは言いようって気もするけど。


「それに、フランさんも嬉しそうでしたよ」


ウィルは声を潜めると、耳元に顔を寄せて囁いた。


「は?フランが?なんで?」


「ほら、私たちに隠れてろって言ったときに。大事にしてくれてるんだなって思ったんじゃないですか?」


「まさかぁ。そっちのほうが信じられないぜ」


「もう、そんなこと言っちゃかわいそうですよ。あの子、けっこうあなたのこと気に入ってますよ、きっと」


ほんとかよ?俺はちらりと後ろを振り返り、フランの様子を盗み見た。フランは相変わらず無表情で少し後ろをついてくる。正直、あんまり好かれてないと思ってるんだけど。けっこうフランが嫌がることもしちゃってるからな、やむなしな状況だったとはいえ。


「……ウィル、その根拠は?」


「ふふん、わかりますよ。おんなじ女の子ですもん」


「うさんくさ……」


「あー!ちょっと、それってどういう意味ですか!」


「だぁってさぁ……」


「まあ、冗談はさておき、フランさんとはちょこっと話しましたからね。お互いのこととか、どうしてこうなったとか……少しですけど」


「へ、いつそんな時間があったんだ?」


「夜の間です。桜下さんが寝ている間、私たちは起きていますから」


あ、なるほどな。アンデッドである二人は眠ることがない。今まではフラン独りぼっちだったけど、今は二人で夜を過ごしているんだな。


「フランはよくしゃべるのか?」


「いえ、あんまり。フランさんは無口ですから……でも私たち、仲良くなれると思いますよ」


実際、ウィルとフランの相性はそこそこのようだった。途中で何度か休憩をした時も、

二人はそれとなく近くにいた。この前ふと気づいたのだが、フランは無口な割に、人のそばにいることを好む。近くにべたべたすり寄ることはないが、人の存在を感じ取れる程度の距離によくいるのだ。

が、といって、だれかれ構わず懐くことはない。コマース村での一件がいい例だ。フランは猟師たちに心を許すことはなかったからな。そのうえでウィルと一緒にいるということは、彼女なりにウィルを認めているということなんだろう。


(よかったな)


やっぱり俺だけだと、どうしても彼女を完璧には分かってあげられないから。ウィルが仲間になってくれてよかった。


起伏の多い高原を歩き続け、昼を過ぎたころになって、俺たちはようやくその城の姿を見ることができた。


「見えますか?あれが、ルエーガー城です……」


ウィルが指をさす。それは、断崖絶壁に建てられた城だった。俺たちが歩いてきた高原地帯に、突如として断層のような険しい崖がそびえたっている。ルエーガー城は、その崖に半ば埋もれるように建てられていた。


「ルエーガー城は、天然の洞窟を利用して建てられた城なんです。外に見えているのは表層だけで、実際はあの奥へさらに、居住区画が続いている……らしいです」


「すごいな……素人目だけどさ、すごい守りが固そうじゃないか?アニはどう思う?」


『そうですね、同意見です。絶壁が天然の城壁として生きていますし、高さも十分。正面切って攻め落とすのは至難の業でしょうが、その立地ゆえに長期間包囲されると弱そうです』


「兵糧攻めか……この城が落とされた時も、それが敗因だったのかな。ウィルは知ってる?」


「いえ、そこまで詳しいことは……それより桜下さん、ほんと〜に行くんですか?」


「ここまで来たんだ、挨拶くらいしていこうぜ。その幽霊騎士さまとやらにさ」


崖に沿って、急な坂を上っていく。この上に城の入り口があるらしい。


「ひぃ、はぁ……ここを上るだけでも至難の業だな」


『この上から石を転がされたら、ひとたまりもないでしょう。やはり堅牢な城ですね』


坂を上りきると、ようやく入り口が出迎えてくれた。城の門といっても、こんな立地だからめちゃくちゃ小さい。普通に民家の入り口みたいだ。が、それゆえに、真っ黒な入口が明確に“入るべからず”と示しているように感じてしまう。時折吹く風が、城の中に吸い込まれていく。オオオォォォォ……


「や、や、や、やっぱりやめましょうよぉ!バチが当たりますよ、城荒らしなんて!」


「な、な、なにびびってんだ。ゆ、幽霊くらい、俺がいれば屁でもないぜ」


と言いつつ、なかなか一歩が踏み出せない俺たち。フランがあきれたように言う。


「入らないの?」


「……よし、いこう」


俺たちはゆっくりと、ルエーガー城に足を踏み入れた。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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