3-1 幽霊城

3-1 幽霊城


暗黒。光の一寸も刺さない、黒だけが満ちる世界。


「―――マタ何奴カ、城ニ入リ込ンダヨウダナ―――」


鎧は軋み、亡霊たちは新たな同胞の誕生を祝福する……




城の入口からは、細長い廊下が続いていた。やはりというか、かなり狭い。外から見ただけでも、ずいぶんながっ細い城だったからな。面積をとるために、縦に長くせざるを得なかったんだろう。野ざらしにされて長いからか、中は土ぼこりが積もっていて、歩くたびにジャリジャリと鳴った。

やがて廊下を抜けると、小さなホールのようなところに出た。


「う……これは」


ホールは、当時はきっときれいに飾られていたのだろう。豪華な家具や、数々の調度品とか……だがそれらは、すべて無残に破壊しつくされていた。高価なものは根こそぎ持ちだされてしまったのか、残っているのは原型がわからないほど粉々になった家具たちだけだ。


「戦闘の跡、でしょうか……」


ウィルがおびえた声で言う。するとフランが、ある一角を指さした。


「……あれ」


「うわ、これ……血の跡、じゃないか?」


壁一面に、真っ黒なしぶきの跡がこびりついている。あまりに風化しすぎていて、もはや判別はつかないが……


「……どうやらウィルの言ってた伝説は、あながち間違っていなさそうだな」


「や、やっぱりもどりませんか?よくないですよ、こんなの……」


「うん……けど、入ってみて感じたんだけど。ここ、確かに幽霊がいるみたいだ。それも結構いっぱい」


「ひっ。ほんとですか!?」


「ああ……けど、全員浮かばれてない。なんていうか……みんな、悲しんでるみたいなんだ」


「悲しんでる……?」


俺にもはっきりとはわからない。けど、感じるんだ。かつてここで起こった悲しみ、嘆き、痛み……


「もしかしたら、俺たちの知らない、伝説の裏があるのかもな。こんなに強固な城が落とされた理由も、強靭な騎士が倒されたわけも……よし、もう少し調べてみよう。何もなければそれでよし、本当にお宝があればばんばんざいだ」


「うえぇ……」


俺たちはさらに奥へと進んでいく。城の深くへと進むほど、陽の光は届かなくなる。暗いな。ウィルの話では、この城は崖の中まで続いているという。そこへと向かっているってことだろうか。まるで夜になったみたいな暗闇のなかでは、アニの輝きをたよりにするしかない。

やがて壁の一部が、まるで岩肌のようにごつごつしている場所が出てきた。


「うわ、ほんとに洞窟の中みたいだな」


「たぶん、その通りだと思います。洞窟の岩肌をそのまま壁として利用してるんですよ」


「へぇー。ということは、こっからはいよいよ、奥の洞窟部分ってことだな」


ついに最深部ってわけだ。階下へ向かう階段を見つけ、俺たちはしずしずと城の深みへと潜りはじめた。


「……暗いですね。それに、すごく静か……」


ウィルの声が地下の階段にこだまする。半透明なウィルの姿は、薄明りの下ではぼんやりとしか見えない。声までぼやけると、この世のものではないみたいだ。あ、本当にこの世の存在ではないけども。


「こんな場所ですから、静かなのは当たり前ですけれど……なんというか、不気味な静けさみたいな……」


階段に入ってから、空気はじっとりとかび臭く、よどんでいた。さっきまでの地上階は、そうは言っても空気が入れ替わっていたんだろう。くそ、息苦しいな。


「ち、ほんとだな。ウィルたちはアンデッドだからわからないかもしれないけど、ここ、上よりずいぶん寒い。たぶん、この下に“溜まってる”な」


ウィルがごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。俺も本当はべそをかきたいくらいだけど、言い出しっぺだし、ここは我慢だ。なぁに、いざとなったら俺の新技、ソウル・カノンをお見舞いしてやろう。けどいざというときに威力不足だなんて、ならないよな……?

階段は洞窟の構造に合わせて作られているのか、うねうねと何度も右に左に折れ曲がった。これ、実際の垂直距離よりかなり長くなってるんじゃないか?下が暗くてよく見えないから、余計にじれったく感じる。だんだん疲労感が増していき、疲れと緊張から額の汗も増していく。俺の気力がそろそろ限界になろうかというとき、唐突に目の前が開け、広い空間が現れた。


「おぉ。はぁー、ようやく下りきったか」


狭い階段ばかりのせいで気持ちどころか息まで詰まっていたようだ。広間に出れて、途端に気分が楽になった。


「広いところに出ましたね。大広間でしょうか……?」


ウィルが辺りを見回す。薄暗い部屋は見通しが悪く、細かな様子は見て取れない。やれやれ、それにしてもずいぶん面倒なつくりの城だな。当時の人たちは毎回あんな長い階段を行ったり来たりしてたのか?


「はぁー疲れた、ちょっと休憩しようぜ」


俺は椅子を探す気力すらなく、床の上にへたり込んだ。ズボンが汚れようが、知るもんか。どっこらせ……

カシャ!


「うひゃ!な、なんだ?」


お尻で何かを踏んづけた。なんか乾いた、炭をつぶしたみたいな音だけど……


「桜下さん、それ……」


ウィルが白い顔で、俺の後ろを指さしている。な、なんだよ、その顔……俺は恐る恐る、自分がつぶしたものを確認してみた。


「これ……骨、か……?」


俺がつぶしてしまったそれは、白い無数の破片に砕けていた。だけどかろうじて残った断片は、人の骨の特徴的な形を残している。おそらく、手の骨だ……だけど骨というには、あまりにももろかったが……


『相当の年月が経っていますね。風化して、ボロボロです。地下の密閉空間のおかげで、かろうじて原形をとどめていたのでしょう』


アニの冷静な分析。相当昔の、人の骨……


「ってことは、この骨、当時城に住んでた人のものか……?」


俺のつぶやきに、ウィルが真っ青な顔でこたえる。


「伝説なら、城の人たちは全員……でもこの骨、おかしいですよ。どうして、手の骨だけ・・が落ちているんですか?」


はっとした。そうだ、本来なら手の先に続くはずの、体がどこにも見当たらない。ありえないだろ、手だけが勝手に歩き回るわけない……その答えは、フランが見つけた。


「あれ。たぶん、あの人のだ」


フランの示した先に、アニの光を向ける。そこには、壁にもたれかかるようにして力尽きた、一体の骸骨が打ち捨てられていた。体に引っかかっているぼろきれは、着ていた服だろうか。もとの形が分からないほど朽ちはてている。その骸骨の右手にあたる部分は、どこにも見当たらなかった。かわりにおびただしい血の跡が残っているだけだ。

フランが淡々とした声で告げる。


「その伝説とやら、どうやら本当みたい。そこらじゅう、むくろだらけだ」


そこらじゅう?俺は嫌な予感を覚えながら、アニの光を部屋中にあててみた。


「うっ……」


「これは……ひどい……」


大広間の中は、一面屍だらけだった。おびただしい数の骸骨。倒れているもの、うずくまっているもの。誰かに覆いかぶさっているもの、家具の下敷きにされているもの。剣を持っているもの、鎧を着ているもの。さっきの骸骨のように、体の一部が欠けているものも少なくなかった。一番多く無くなっていたのは、頭だ。首から上がない骸骨は、他と比べて明らかに多い。


『……どうやらここが、主戦場になったようですね。広い部屋ですし、大規模な戦闘が行われたのでしょう』


「だからって、こんなに……」


「……伝説では、死霊となってよみがえった騎士さまの亡霊は、城にいた人間を残らず切り殺したといいます。まさか、ここが……」


その現場だって、いうのかよ?じゃあやっぱり伝説はその通りで、ここで起こったのは見境のない復讐、ただの大量殺人だったってことなのか?


「……でも、じゃあどうしたってこんなに悲しい気分になるんだ……」


俺は誰にも聞こえないくらい小声で、小さくつぶやいた。恨みや憎しみなら、まだわかる。復讐って、そういうもんだろ。けど、悲しみってのはなんだ?その復讐劇に、悲しい出来事が関係しているのか……


「―――」


「え?」


なんだ、いま、だれか何か言ったか?だがウィルはきょとんとしているし、フランも無表情だ。アニなら、リンと鈴の音が鳴るはず。じゃあ、いったい誰が……?


「あっ……!」


俺は、はっきりと見た。大広間の向こう側、開け放たれた扉の前に。ウィルのように透けて、薄青く光る人影が立っている。まだ若い男だ。その顔に生気は感じられないが、瞳だけは悲しげな光をたたえているように見えた。


「あ、おい。あんた、さっきなにか……」


俺が言い終わる前に、その男はふっと暗がりの中に消えてしまった。なんだ?何かを伝えようとしているのか。


「桜下さん……?どうしたんですか?」


ウィルが不安そうにたずねる。ウィルはあの男に気づかなかったらしい。


「さっき、むこうに男の影が見えたんだ。そいつが何か言った気がしたんだけど、聞き取る前に消えちまった」


「ええ!消えたって、それ幽霊じゃないですか……!」


「たぶんそうだろうな、透けてたし。何かを伝えたがってるんだと思うけど……追いかけてみるか」


「冗談でしょぉ……」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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