第3話 お転婆王女

 

 扉のところに一人の長髪の少女が立っていた。



 さっきの行動が嘘ではないかと思うほど整った容姿をしている。

 王様の方に視線を戻そうとしても、首が元に戻ってくれない。



「おう、シェーンか。どうかしたのか。」



 何か違和感がする。こんな声を発する人がこの場にいただろうか。

 首を元に戻すと今までの威厳がなかったかのようにデレッとしている顔がある。



 正直開いた口が塞がらない。

 ただ、その声の主には目もくれず、こちらに向かってくる。



「ごきげんよう。ディグニ。プロウバの森に行ってきたのでしょう。

 あっちでお話きかせてくれないかしら。」



 どうやら、ディグニ目当てだったらしい。

 ディグニは青白い顔をして困惑している。



「シェーン様。申し訳ありません。

 まだ、王様との要件が終わってませんので・・・また今度お時間のある時に。」



「あら、そうなの。でもさっき”終わりだ。”とおっしゃるお父様の声が

 聞こえたからてっきり終わったものだと。邪魔をしてしまったかしら。」


 ドアの前で終わるのを待っていたのだろう。

 最初のイメージは間違いではなかった。



「んっ。んっ。」と王様が咳払いをする。



「あっ。お父様、邪魔をしてしまって申し訳ありません。」



 心がこもっていない気がする。

 悪いことをしたなんて微塵も思っていないようである。



「いや、話は一区切りしていたから大丈夫だ。

 ただ、ディグニとはまだ話がある。我慢してくれ。」



 甘い。娘に甘すぎるのではないか。

 さっきの僕への対応と違いすぎやしないか。

 ディグニの方を見ると、苦笑いをしている。



「おう、そうだ。シェーンよ。ビスに城を案内してくれないか。

 年もそれほど離れていないだろうし、話やすかろう。」



「ビス?」とシェーンは辺りを見渡して僕を見つけジッと見てくる。

 ディグニの隣にいたのに僕には気づいていなかったらしい。

 シェーンは不満そうな顔をしながら、「畏まりましたわ。お父様。」と答える。



「ははは・・・。ペルフェットよ。二人を頼むぞ。」



 いつの間にかシェーンの隣にセミロングで耳が尖っている女性が立っていた。

 見た目は清楚だが、先ほどのことがある。騙されないぞと心の中で決意する。



「はい。王様。」



 声も仕草もおっとりした、物静かそうな感じであった。

 さっきした決意が揺らぐ。

 ただ、ペルフェットの眼を見た時恐怖じみたものを感じた。




 光を失いかけている眼に。今にでも真っ黒に染まってしまいそうだった。








 ――――――――――――――――――――――――――




 玉座を出る時クラフトとすれ違った。

 クラフトはシェーンとペルフェットさんに

 挨拶をしていたが相変わらず僕の方は見ない。



「あんたなんて顔してるのよ。不貞腐れて。」



「へっ?」



 シェーンに肩をトントンと叩かれ、

 そちら向くと美少女の顔があられもないことになっている。


 ギュッと押し潰されているように

 顔のパーツが真ん中に集まり、白目を向いている。



「ぷっ。あははははっ。」



 最初は驚きで声もでなかったが、徐々に笑いが込み上げてきた。



「ビス様。あまり気にしなくて大丈夫ですよ。

 ディグニ様は王様から特命を受けることも多いですから。

 クラフト様は深入りしないようにしているだけですよ。

 おそらく次に会った時はあちらから話しかけてくるでしょう。」



 半信半疑だったが「はい。」と返事をする。



「あんな不貞腐れていたら人生損よ。

 相手の言動や行動にいちいち反応してたらキリがないわよ。」



 シェーンの言ったことは一理ある。ただ、僕はまだそこまで割り切れない。



「まあ、まだ割り切れないっていうなら、そのままでもいいと思うわ。

 そのうち割り切れるようになるわ。いやでもね。」



 僕の心を読んだようにシェーンは言う。



「は、はい。シェーン様。」



 シェーンはムッとしている。



「呼び捨てでいいわ。それとお父様の前以外は敬語もなし。」



「うん。わかった。シェーン。」



 笑い声が聞こえる。



「ふふっ。」



「ペル。何がおかしいのよ。」



「いえ。シェーン様に弟ができたみたいで楽しそうでしたので。

 最初はあんなに嫌そうな顔をしていたのにとも思いました。」



 ペルフェットさんは思ったことを隠すことなくシェーンに伝える。



「なっ。そんなこと思ってないわよ。」



 シェーンは顔を真っ赤にして答える。



「あら。そうでしたか。それは申し訳ありませんでした。」



「ううっ。そ、そんなことより、ビスをどこに案内するかよ。

 いつまでもここに留まっているわけにもいかないし。」



 一瞬シェーンが年相応の女の子になった気がした。



「そうですね。屋上なんていいんじゃないでしょうか。」



「そうね。それがいいわ。

 あそこで気分転換をしましょう。そうと決まれば出発よ。」



 進もうとした時ペルフェットさんが

「申し訳ありません。ちょっとお待ちください。」と言って

 僕たちのところから離れる。ペルフェットさんがいったところに

 目をやるとそこにはルトさんがいる。何か話し込んでいるみたいだ。



「はああ。ようやく行く場所も決まって向かうところだったのに・・・。

 そういえば、ビス。記憶がないって本当?」



 シェーンは唐突に問いかけてくる。扉の向こうで聞いていたのだろう。



「う、うん。」



 返事をしたあともシェーンは僕の眼をじっと見てくる。

 しばらくして「そう。」と言って僕に背を向け、何か考え込んでいる。



「申し訳ありません。お待たせ致しました。」



「遅い!さっさと行くわよ。」



 足早に真っ白な道を進んでいく。






 ――――――――――――――――――――――――――



 どれくらい進んだだろう。階段になってからが長かった。

 急ではないのだがとにかく進んだ気がしない。

 螺旋階段だから余計そう感じるのかもしれない。

 息が上がる。ペースが速い気がする。



「はあ、はあ。」



「だらしないわね。ビス。そんなんじゃモテないわよ。」



 余計なお世話だ。



 ただ、シェーンもそんなことをいっているが、汗ばんでいる。



「ったく。誰かのせいで急がないといけないじゃない。」



 シェーンは、独り言を呟く。

 後ろを振り返るとペルフェットさんが息も切らさず涼しい顔でいた。



 ペルフェットさんはニコッとして

「もう少しですよ。頑張ってください。」と声をかけてくれる。







 力を振り絞って進むと目にオレンジ色の光が差し込んできた。



「っっ。」



 街が一望でき、綺麗すぎて声にならない。規則正しく並んだ家。

 帰路につく人々。オレンジ色の光が差し込みなんとも幻想的な景色だった。

 ポツポツと明かりがついている家もある。



「間に合ったわね。すごいでしょ。

 ここにくると小さいことなんてどうでもよくなるの。」



 シェーンは満足気に言う。



「うん。そうだね。さっきまでの疲れも吹き飛んだ気もするし、

 連れてきてくれてありがとう。」



「ど、どういたしまして。」



 シェーンは、顔を背ける。声もツンケンしているし。

 なんかまずいこと言ったかな。



「ビス様は人たらしの才能があるかもしれませんね。」



 ペルフェットさんがシェーンに聞こえないように言う。

 どういうことだろう。と首をかしげて考えていると、

「照れてしまわれているのですよ。」と言われる。



 そうなのか、と思っていると、

 ペルフェットさんに近くで見つめられているのに気づき思考も止まってしまう。



「どうかしましたか?」



 眉毛を八の字にして尋ねてくる。



「う、ううん。なんでもない。」



 顔を背けてしまう。無意識にやっているのだろうか。

 僕がペルフェットさんにドギマギしていると向こうから声がした。






「いったっ」



「シェーン様!!」



 ペルフェットさんは身を翻す。無駄な動きがない。

 僕は一歩遅れて飛び出す。躓いて転んでしまったらしい。

 真っ白いドレスに赤い染みがどんどん広がっていく。



「失礼します。」



 そういうとペルフェットさんは

 シェーンのドレスをたくしあげた。膝が擦り剝けている。



「ビス!こっち見るな」



 声を聞いてあっと思い顔を背ける。



「ダメよ。ペル。こんなのすぐ治るわ。今すぐやめなさい。」



「心配しすぎです。

 それにシェーン様を傷つけたとあっては王様に怒られてしまいます。」



「これはあなたがやったことじゃないし、

 怒られたって小突かれる程度よ。だから、お願いだからやめて。」



 諭すようにペルフェットさんに言う。

 けれどもその言葉は聞き入れられなかったらしい。




「ヒール」



 優しい光を感じた。




「やめてっていったのに・・・」



 呟かれた声に心臓が抉られる。僕が言われた言葉じゃないのに。

 その言葉が耳に残る。悲痛な心の叫びが。


 シェーンの膝を見ると傷が塞がっている。

 僕の視線に気づいたのかシェーンはドレスを元に戻す。



「・・・ありがとう。」



 声とは裏腹にシェーンはペルフェットさんを睨んでいるようだ。

 それを気にすることなくペルフェットさんは「どういたしまして。」と言う。

 しばらく沈黙が続く。何か話題を作らなければ。

 そう思えば思うほどある一点が気になってしまう。イチかバチか聞いてみる。



「あの、さっきのって何?」



「魔法よ。」



 意外にもシェーンが答えた。



「魔法?」



「さっきみたいに傷を治したり火を出したり水を出したり

 ・・・まあ、呪文を唱えるといろいろなことができるの。」



「すごいね。僕にもできるかな。」



 わくわくする。



「無理よ。魔力がないと魔法は使えないんだから。」



「まあまあ、せっかくなので、ビス様に魔力がないか確かめてみましょう。」



 ペルフェットさんはそういうと、小さな機械を取り出す。



「無駄よ。人間には魔力がないんだから。」



 シェーンが何か呟いている。



「ここを人差し指を置いてください。一瞬チクッとしますが・・・」



「へっ?」



 ペルフェットさんが言い終わる前においてしまい、

 案の定チクっと刺された感覚がする。



「っ!」



 思った以上に痛い。



「あらあら。もう人差し指を放しても大丈夫ですよ。」



 放すと、血がゆっくりと円球状になって出てくる。

「ハンカチで拭いてください。」とペルフェットさんにハンカチを渡される。

 血を一回拭くと出てこなくなった。



 ハンカチを返そうとペルフェットさんの方を向くと固まっていた。

 シェーンも機械を覗き込んでいる。



「やっぱり、ないじゃない。」



「いや、これは・・・魔力がないというより測りきれなかったのでしょう。」



「えっ。でも、エラーになってるじゃない。」



 僕も覗き込んで見ると、機械には「???????」と表示されている。



「魔力がない場合は、零が表記されます。」



「確かに私が前にやった時は零になってた気がする。

 こ、壊れているんじゃないの。私もやってみるわ。」



 シェーンが機械に人差し指をあてる。機械を覗き込むと零を表示している。





「ビス様。シェーン様。このことは御内密に。

 伝える人は考えなければなりません。」



 ペルフェットさんから今まで聞いたことないような語気の強い声が出ている。



「わかってるわよ。こんなこと・・・軽々しく言える訳ないでしょう。」



「特にビス様。魔力があって嬉しいかもしれません。

 ただ、それがない人にとっては恐怖の対象である場合があります。

 たとえそれが人を癒すものでも、生活を豊かにするものでもです。

 人はそれをお首にも出しません。大人は特に。

 だから、今は誰にもいってはいけません。わかりましたね。」



 ペルフェットさんの言葉は難しく少しピンとこなかったが、

 ここまで慌てている姿を見ると従おうと思った。



「わ、わかった。だから離して。痛いよ。」



 両肩を掴まれている。女性にこんなに力があるとは思わなかった。



「も、申し訳ありません。取り乱してしまいました。」



「ううん。大丈夫。」



 両肩は熱を帯びている。どうしてあんなに取り乱したんだろう。

 聞いて見たかったけど、そんな雰囲気ではない。さすがに聞く勇気はでない。



 シェーンは何か考えこんでいるし、ペルフェットさんはこちらに背を向けている。

 微妙に肩が上下しているように見える。必死で何かを抑え込んでいるような。

 沈黙。困ったなぁ、こんな時どうすればいいんだろう。






 ―――――――――――――――――――――――――――――




「さあ、風が冷たくなってきたし、次のところ行きましょう。」



 シェーンがパンと一回手を叩き、沈黙を破る。



 確かに寒くなってきたが、多少強引な気がする。

 ただ、今はそれが有難かった。



「そうですね。目的地は決まっていますか?」



 何事もなかったかのように会話が続く。



「次は図書室よ。」



「図書室?」



「まあ、行けばわかるわよ。」






 そんなことを話していると、

タンタンとリズミカルな音が響いている。

なぜかその音が鮮明に耳の中で木霊する。

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