第2話 モーヴェ王


「おい、着いたぞ。」



どうやら寝ていたらしい。ディグニが乗ってきた馬に一緒に乗ってきていたが、心地よい風にのせられてうたた寝してしまった。



「うわー!」



目の前には、そそり立つ壁があった。僕は、馬から降りて門に近づいた。



「あぶない!止まれ!」



彼の声で足を止めた。下を向くと水堀があり、危なく落ちるところだった。それまでの道が上り坂だったのと王国を覆う壁を見ているあまり気付かなかった。



「はあ。良かった。おーい。俺だ。開けてくれ。」



彼は、小さくなにか呟いた後に、壁の向こうに聞こえるような声で叫んだ。すると、壁の方から橋が降りてきて門までの道ができた。駆け出したい気持ちがあったが、さっきのことを思い出し、ディグニのほうをちらっと見た。



「ふふっ。俺の後ろをついてこい。あまり離れるな。」



彼の声色は優しいが、どことなく緊張感がある。気持ちをぐっと抑え、ディグニに従った。






門に近づくと一人の男が立っていた。



「おう、英雄ディグニのお帰りか。」



彼は、おチャラけているように感じた。金色の髪の毛がそれを助長している。それに風が吹いているのに彼の髪は揺れてすらいなかった。


「ハウ、何度も言ってるだろ。その言い方はやめろ。」



いままで聞いたことのない彼ドスの効いた声だった。



「すまん、すまん。それより休めたか。最近任務ばかりで休む暇もなかっただろう。・・・無理だったか」



ハウはディグニにそう聞いたが、僕の方を見てディグニの言葉を聞く前になにか悟ったらしい。



「いや、まあいろいろあってな。」



僕がいるからかディグニは、差し障りない言い方で言葉を濁し詳しい内容は言わない。



「ディグニは、引きが強いな。まあ、いいのか悪いかわからないがな。」



ハウは、そう言いながら大笑いしている。



「お前なぁ。他人事だと思って・・・」



このやりとりを見ているとディグニとハウの仲の良さが伺えるようだった。見た目が真逆なのにとも思ってしまったが。



「ああそうだ。それより王様がお呼びだぜ。どんな用なのかは知らされてないがとにかく急いだ方がいいかもしれないぞ。あの王様のことだ。もしかしたら、その坊主のことかもしれないからな。」


「それを早く言え!ビス馬に乗れ、急ぐぞ。」



ディグニは、あまり表情を変えないが、この時は顔の血の気が引いているように見える。こんなにディグニのいろいろな表情が見られるなんて。



「坊主またあとでな。」



ハウがそう耳打ちしてきた。



「ビス。何ニヤニヤしてるんだ。今から王様に会いに行く。気を引き締めろよ。」



「は、はい。」



ハウにいじられた鬱憤を僕の方に向けられた気がして何かモヤモヤする。そんな気持ちも他所に城へと向かっていく。






何だこれは。ディグニに「着いたぞ。」と言われるまで城があることさえわからなかった。城は、背景と同化している。なぜこんな造りになっているのか不思議でしょうがなかった。


「ねえ、ディグニ。こんな風になってるの?」


「はははっ。これを始めて見たら、そりゃ驚くよな。俺もそうだった。これはな、この王国に敵が攻め込んできた時に城の位置を簡単には把握できないようにこういう風にしているんだ。この国の王様は用心深いからな。こういう造りにしたんだろう。」



「へぇー。」



そういうことなら、この城までの道のりも納得できる。道は登ったり下ったりと入り組んでいて、簡単には越えられそうにない道のりだった。馬は息を切らしているようだった。よく頑張ったと思う。




城門が自動的に開き、男性の声が聞こえてくる。



「お待ちしておりました。ディグニ様。ビス様。」



名前を言われた瞬間鳥肌が立った。目の前の男性は身なりの整った格好をしており、声も低いが恐怖を感じるようなものではない。むしろ聞きやすい声で安心感がある。ただ、彼にじっと見られると、ズシッと大きな岩が頭の上にのっけられているような感覚になる。



「ははは。ルトさん。遅くなってすみません。その、王様の要件というのは・・・。」



ディグニの顔には、汗が伝っている。城門に着くまでの道のりで掻いたものではない。



「これは失礼致しました。要件は王が直接話したいとのことです。おそらくビス様の件とは別件だと思われます。ただ、ビス様のことも把握しておきたいとのことでしたので、ビス様も玉座に来て欲しいそうです。それと馬は預かりますのでこちらに。」



ルトさんは淡々と言う。



「わかりました。」



馬から降りる時、ディグニが「大丈夫か。」と声をかけてくれた。正直気圧されていたが、あまり心配をかけたくなかったから「うん。」と答えた。しかし、疑問が残る。なんで僕のこと知っていたのだろうか。



「多分ハウだろう。ったく、そういうところはしっかりしてるんだよな。」



僕の心を見透かしたようにディグニは言う。後半小声でうまく聞き取れなかったけど、多分ハウに対して悪態をついてるんだろう。



「ビス様。疲れたらおっしゃってください。城まで少々距離がありますので。」



「はい!」



声が裏返ってしまった。



「ふふっ。懐かしいですね。昔のことを思い出します。あまり子どもには好かれない性分なんでしょうね。そんなに怖いですか。」



「はあ、ルトさん。あまりいじめてやらないでください。」



僕が答えられないでいるとディグニが割って入ってきた。正直何を言っていいかわからなかったから助かった。



「おやおや。いじめているつもりはないのですが。私でこれでは、王の御前に立ったらどうなるやら。」



ルトさんの物言いは僕を子ども扱いしておらず、一人の大人として扱っているように思う。誰に対してもそう接しているのだろう。あまり悪い気はしないが、ただ余計自分が子どもであることを突き付けられる。手に力が入る。




「ビス。気にするな。ルトさんは、悪気はないんだ。あの人は誰に対しても平等なんだ。良くも悪くも。ただ、王様の件に関しては同感だ。俺もいるから大丈夫だ。俺も来る前にちょっと脅すような言い方をしちゃったが、基本王様は優しい。聞かれたことに対して正直に答えれば大丈夫だ。」



ディグニは、ルトさんには聞こえない声量で僕に言う。



「うん。不安だけど、なんとか頑張る。」



その言葉にディグニがニコッと笑う。なぜか緊張が少しほぐれた。そうこうしているうちに城の入り口に立っていた。


扉を開けると、両隣に傭兵が何人かならんで立っていた。一糸乱れぬ動きで傭兵たちは構えていた槍で一斉に地面を押す。カンっと金属音が響く。



「おう、きたな。ディグニ。王様がお待ちだ。」



「お久しぶりです。クラフトさん。いつもいつも、騒々しい歓迎ですね。」



「まあ、そういうなよ。こういうしきたりなんだよ。」



クラフトと呼ばれた大男は、筋肉達磨みたいだ。ディグニとはそれなりの仲らしい。ただクラフトは僕を一瞥もしない。気付いているはずなのに。



「はははっ。クラフトさんは真面目すぎるんですよ。もうちょっと気楽でいいと思うですけどね。それよりいつ戻られたんですか。」



「んっ。ああ、昨日だ。任務でレーグル王国に行っていたんだ。」



一瞬空気が張り詰めた様に感じたが何事もなかったように話始める。



「そうでしたか。様子はどうでしたか。」



「ああ、平穏そのものだ。異様なまでにな。トップが変わったっていうのに、こういうもんなのか。」



「前の王様に嫌気がさして内心喜んでいるのか。それとも必死に怒りを堪えているか。どちらにせよ、今後の対応次第でいい方にも悪い方にも転ぶでしょう。まだ、様子見と言ったところだとは思いますけど・・・」



「そ、そうか。俺はあまり頭がいい方ではないからな。策をめぐらすのはお前や王様たちに任せるよ。体を使う方は俺に任せろ。はっはっは。」



「力仕事もそうですが、クラフトさんの判断力、勘のよさには恐れ入りますよ。」



クラフトとディグニはその後も何か話し続けていた。ただ、僕の耳には届かない。


「もうすぐ着くぞ。階段を登ったらすぐだ。」



ディグニの声がかすかに聞こえた。一歩一歩階段を上がる。後ろから傭兵の足音が聞こえてくる。そういえばルトさんはどこにいったのだろう。いつの間にかいなくなっている。まあ、そんなことはいいか。クラフトが前にいるから前が見えない。


目的地に近づいているかすらわからない。一体どこまで進んだんだろう。長く、長く感じる。階段の前に立った時は上の階の扉も見えていた。




逃げ出したい。心臓が休まず血を送る。それどころか張り切って血を送り出す。

周りの音がかすかに聞こえる。ドクン、ドクン。



僕の出す音は周りに聞こえているのだろうか。ふっとそんな考えがよぎる。ダメだ。そんなこと考えちゃ。頑張るっていったんだ。長く感じた時間もそろそろ終わりを告げる。



「おい。着いたぞ。」



ディグニの声がする。目の前の扉は馬鹿でかく異様な雰囲気を放っているようだ。









 ―――――――――――――――――――――――――――――――



玉座は暖かい光が優しく差し込んでいるように感じる。玉座奥、そこに一人の男性が座っている。



その横に一人の男性が控えていて、よく見るとルトさんであった。一人急いで先にきていたのだろう。息を荒げたルトさんを想像すると笑いが込み上げてくる。



まあ、ルトさんのことだ、そんなことはなく急いだところで息を切らすこともないのかもしれないが。



そんなことを考えながら、一歩また一歩確実に進んでいく。必死に他のことに意識を向けようとしていたが、座っている老人の顔がはっきり見えてきて、現実に戻される。威厳のある顔つきをしている。一番初めに目に入ったのは、服装。



王様というので金色とか赤色とか目立つ服装を着ていると思ったが、それほど目立つ服装ではなかった。とういうより地味と言った方が近い。



ちょっと拍子ぬけしたが、そんな思いはすぐ打ち消される。髭は真っ白で肩近くで整えられており、顔も整っていて気品を感じる。そして目だ。優しさも感じられるが、力強い眼光。何かを見据えた眼。ただ、一瞬その奥に小さな黒い塊のようなものも感じられた。じっと見ていたら気圧されてしまうだろう。



王様はなにやら後ろの方に目配せをした。後ろの方で足音、そして少し経って扉が閉まる音がし静かになる。どうやら傭兵たちがでていったらしい。ただ、クラフトだけは残っている。



「よく来てくれたな。クラフト、ディグニ。そしてビスよ。」



身が引き締められる。とうとうこの時がきてしまう。固まっているとクラフトも、ディグニもお辞儀をしている。



僕も慌てて二人の真似をしてお辞儀をする。ルトさんがクスッと笑っている気がした。



「クラフト。此度のレーグル王国での任務御苦労であった。長旅であっただろう。」



「はっ。有難きお言葉。恐悦至極に御座います。」



クラフトはディグニと軽口を交わしていた時と雰囲気が違う。



「来てすぐで申し訳ないが席を外してくれないか。別件があってな。」



王様は僕を一瞥したように感じた。



「畏まりました。」



クラフトはそういうと玉座から出ていく。



「さて、ディグニ。早速で悪いがビスのこと聞かせてくれ。」



「はっ。」



ディグニはプロウバの森で起こったことをすべて話した。フードを被った者に襲われたこと、僕を見つけたことを事細かに。僕を見つける前に誰かと戦闘になっていたこと初耳だった。



「そうか。大変であったな。それでフードの者の正体の予想はつくか。」



「申し訳ありません。相手が予想以上の手練れで手持ちの武器では歯が立たず、

手がかりを掴む余裕がありませんでした。ただ、手の甲になにやら文様が掘られていました。」



「ディグニでも手こずる相手か。ふむ。そやつについてはこちらでも調べておこう。」



そういうと王様はルトさんに耳打ちをする。そのあと、ルトさんも何か言い返していた。王様は一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに元に戻る。



「ふむ。ではビスお主について聞かせてもらおう。」



「王様。実はこいつは・・・」



「私はビスに聞いている!」



王様はディグニを窘めるように言葉を発する。



「おや、ディグニ様。王には言わないのですか。」



ルトさんがディグニをからかう。ディグニはルトさんに何か言いかけたが

「おい、止めぬか。」と王様がルトさんに向かっていうとその言葉を飲み込む。



そしてこちらに向き返り、王様はジッと僕を見つめる。小さかった黒い塊が大きくなったような気がした。僕は勇気を振り絞って王様の眼を見て答える。



「も、申し訳ありません。ビスという名前以外覚えていません。なぜあの場所にいたのかも、それ以前にどこにいたのかも。」



声が震えている。この場に相応しい言葉がわからず、なるべくディグニたちの言葉遣いを真似をする。また、ルトさんに笑われていると思って彼の方を見たが、ニコッとしてすぐに真顔に戻る。いままでの笑い方とは違う。



「そうであったか。それはつらかったであろう。記憶が一日でも早く戻るようこちらも善処しよう。」



王様の眼に宿っている黒い塊は元の大きさに戻った。ほっとする。熱が少しずつ引いていく。



いつの間にかルトさんは王様の横からいなくなっていて、耳元で「よくやりました。」と聴こえ、そのあとドアが開く音がした。



「はあ、あの人はまったく。」


小声でディグニが言ったあと僕の頭をポン、ポンと二回叩く。心臓が嬉しそうに小刻みに動く。自然と顔も緩んだ。






「では、この件は終わりだ。」



王様がそういった瞬間バンっと扉が開く音がした。

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