逆恨み
昔、ある町の高校で、一人の男子生徒が死んだ。
死因は飛び降りによる自殺。遺書の類いはなく、原因は今もって不明のままだ。が、学生ということもあり、当時はいじめの存在が最も疑われていた。
何故なら、彼は亡くなる数日前から家族にはこんなことを話していたから。
「毎日ずっと耳元で責められる。もう耐えられそうにない」と。
両親や妹との家族関係も良く、バスケ部主将を勤め、友人も多い彼がどうして突然命を絶ったのか、真実は明らかにされないまま時間と共に埋もれていく、はずだった。
同僚のBさんが同郷であるとは聞いていたので、昨日飲みに誘った際にこの事件を知ってるかと話をしてみたところ、彼女は亡くなった男子生徒を知っていると言う。
そして『いじめではなかった』とも。
彼女は言った、彼は呪いによって殺されたのだ、と。
Bさんの友人であるAさんは、同じクラスであるこの男子生徒にずっと想いを寄せていたという。しかし、伝えるには勇気が足りず、いつもひっそりと眺めるだけ。
しかし、Aさんには学生らしい不安もあった。堂々と眺めるのではあまりにもあからさますぎるし、周囲にも知られ、からかいの的になってしまうと。
そこで、Aさんがとった方法が『手鏡』を使う事だった。手鏡を体や腕で隠し、鏡越しに映る彼をちらちら眺めるという、何ともいじらしい方法だ。手鏡ならば持っていても怪しまれず、何をしているのかと問われても、幾らでも誤魔化せる。まさに、胸に淡い想いを秘めた少女にぴったりだった。
その後も、時折彼から話しかけられたりすることもあったそうだが、あと一歩を踏み出せない彼女は手鏡を日々持ち続けていたそうだ。
そうして暫くすると、段々彼の様子がおかしくなっていった。鍛えられていた体躯はみるみるうちに痩せ細り、顔からは生気が抜けていく。強く輝いていた目は虚ろになり、一日中茫然と席に座っている事が増えてきたという。
あまりの急激な変貌に、Aさんもたまらず声をかけたそうだ。どうしたの、大丈夫? そんな当たり障りのない言葉を。
「大丈夫じゃない。毎日毎晩ずっと耳元で言われるんだ。辛いし、眠れないよ」
何て言われるの? Aさんが重ねて聞くと、彼はこう返してきた。
「お前なんか、いなくなればいいのにって」
彼がビルの屋上から飛び降りたのは、その翌日の朝だった。
「それは、ご家族には? 」
「言えると思う? 言ったところで、ストレスで頭がおかしくなってたって扱いされて終わりに決まってるわよ」
酒を一気に呷ったBさんは、空のグラスを叩きつけるように置くと再び話を再開した。
突然の悲報に、胸が張り裂けそうになりつつも迎えた葬儀の日。
クラス全員で彼を見送った後、自宅のベッドで彼を想いながら静かに涙を流していた時だった。
扉の外から呼ぶ声に彼女が部屋を出ると、学校の友人が来ていると待っていた母親が言う。それを聞いてた彼女は首をかしげた。葬儀の後ということもあり、今日は特に友人と会う約束など無い筈だ。なら、一体誰だろう。
下へ降りると、玄関にいたのは同じ学校の制服を着た少女だった。Aさんは面識がないその人に、どちら様ですか? と訪ねようとしたという。しかし、
「何で! 」
先に口を開いたのは少女の方だった。彼女は言う。
「何であんたが生きてるの! 何で彼が死んじゃったのよ! 」と。
「どうしてそんなことに? 」私が訪ねると、Aさんは少し俯きながら話してくれた。
この突然の乱入者をCさんとしておこう。Cさんは男子生徒の所謂幼馴染みにあたり、男子生徒とAさんとは違うクラスに在籍していた。
男子生徒とは家族ぐるみの付き合いであり、男子生徒本人やその妹とも兄妹のように話す仲だったそうだ。そうして学校生活についての相談もし合っていた中、Cさんは知ってしまった。
男子生徒の想い人がAさんだということを。
それを聞いた瞬間、彼女は怒りにうち震えた。何故自分ではなく、Aさんなのかと。
Cさんも男子生徒に想いを寄せる一人だったのだ。
そして、このままじゃ駄目だと彼女は考えた。だが、彼女もまたAさんと同じく、後一歩の勇気を持てなかった。
そこで彼女が選択した方法こそ『Aさんへの呪い』である。
その内容は『机の裏に念を込めて呪と刻む』『生霊を送り恨み言を言い聞かせる』といったものらしい。大人から見れば、やはり随分と子供染みたおまじないでしかない。それでも彼女は怒りを、そして恨みを込めてやり続けたという。
なのに、当のAさんはに変化はなく、続ければ続けるほどに、何故かおかしくなっていくのは男子生徒ばかり。どうしてと様子を探り、手鏡の存在を知ってその理由が分かった。
Aさんの手鏡は常に男子生徒を写していた。そしてCさんの呪いは全て鏡に跳ね返り、写されていた男子生徒へと向かっていってしまっていたのだ。
慌てて呪いを中断するも、全てはもう遅かった。
「何であんたが生きてるのよ! あんたがいなくなればそれでよかったのに!」
「私は今もその叫び声を覚えてる……って言ってた。どうして自分じゃなかったんだろうって、後悔してるってね。けど今も何か怖くて手鏡持ち歩いてるの。化粧するときには助かってるけどね」
Bさんはそういうと、化粧を直してくると言って席を立った。手鏡を持って。
それが昨日の話だ。
最後の最後で、Bさんは致命的なミスをした。Aさんの話をしていて、どうして急に手鏡を持ち続けているの自分の話になっているのか。それは、BさんこそがAさんに他ならないからだ。
たったそれだけのようだが、それは彼女にとって致命的なミスであり───そして私には充分すぎる程の収穫だった。
そして、収穫はもう一つある。むしろこちらの方が大事な事だ。
なぜAさんに呪いが聞かなかったのか。それは、持っていた手鏡が全て反射し、呪いを映っていた彼へと押し付ける形になったから。
私が知りたかったのはそこだったのだ。この十年間、ずっと。
どうしてAではなく、Cでもなく、男子生徒だったのかと。
「毎日ずっと耳元で責められる。もう耐えられそうにない」それはCの呪いだと私には分かっていた。
何故なら、Cの呪いは私が教えたのだから。
呪いが効いてAがいなくなれば良し、もし跳ね返されてCがいなくなっても良し。どちらにせよ私には得しかないと思っていたのに。
なのにCの呪いを、何らかの方法であなたは跳ね返した。それはどうしてかがずっと分からなかった。意気消沈したCが何も言わなかったから、もしかすると、あなたは関係ないのではとも思った事もあった。
けれど今日、その方法が分かった。やっぱりあなたのせいで、男子生徒は───私の兄は死んだのだ。
私はスマホでとったBの写真を見る。これはプリントアウトして使う予定だ。勿論、Bへの呪いに。
今度はCに教えたような子供騙しなんかじゃない。手鏡じゃ跳ね返せないような、本物の呪いに。
漸く見つけた、兄の仇。こんどこそ、逃がさない。
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