第19話 苦肉の策
人間と騎獣の歴史を紐解けば、騎獣に労役をさせるというのは、人間が穴倉に暮らしていた時代から続けられたことである。
騎獣は力強く、頑強で、人間の何倍も優れた力を発揮するが、人間と共にあることが宿命づけられているかの如く、従順な生き物だ。
人間は騎獣の力なくして魔獣から身を守ることはできず、森を拓くことはできなかった。という歴史的な見解は、どんな偏屈者でも否定することができない。
古い時代には存在しなかった騎獣競技とて、広義の労役に他ならないという理屈も、全くその通りと認めるしかないし、どんな仕事も誰かにとっては必要な仕事に違いなく、そこに貴賤はないと俺は信じる。
だが。
軍用騎獣は騎獣の中でも特別なエリートだ。
年間五千頭は生産される騎獣の内、競技会にエントリーできるだけの才能を持った騎獣は全体の一割程度。
その中でも最高格を戦える騎獣は、五十頭も居ない。
最高格で勝てる騎獣は最大で八頭であり、最も少なければ、たった一頭のみとなる。
そしてシェイクテイルは、五千頭の頂点を狙えるだけの能力がある。
その騎獣を、当たり前の調教を済ませている騎獣ならば誰でもできるような仕事に使うなど、常識的に考えてありえない。
誰にでもできる仕事を、特別な者がしなければならない理由など自身の猛烈な情熱以外に無く、意思の疎通が困難であるがゆえに人間には騎獣自身の願いを察することはできない。
人に限らず、騎獣に限らず、獣に限らず、あらゆる生き物は危険を嫌う。
獅子や虎、熊ですら、無用な狩りも争いもしない。
人間とて、魔獣という明確な脅威がなければ、騎獣を用いて戦いに明け暮れることは無いだろう。
魔獣が人を襲わない生き物であったなら、森を拓き畑を作りさえすれば、食うにも住むにも困らないのだから、騎獣は戦うことを勤めに含まれることは無かったに違いない。
しかし現実に、魔獣は人を襲う。血肉を裂き、心を壊す。そのためだけに生まれたのかと疑いたくなるような人間の天敵は、確かに存在するのだ。
魔獣に対抗できるのは騎獣だけ。
戦える騎獣は少なく、本当に強い騎獣は、一層少ない。
騎獣の強さこそが人間の生存にとって最も重要視される要素であり、強い騎獣が求められる背景には、人間が生き物である以上捨てることができない、本能的な死への恐怖がある。
だから騎獣競技は最も人気のある娯楽なのだ。
八大大会の内に、一つも競争大会が含まれていないのにも、戦役に就けず労役を生業とする騎獣を一段下に見る風潮があるのにも、そういう理由がある。
その偏見とも言える思いが、俺にはないと言い切ることは難しい。
五千頭の頂点に立てる可能性があるシェイクテイルを、調教の一環とは言え、労役に就かせることには抵抗がある。
だが、シェイクテイルの抱えている問題を解決できなければ、シェイクテイルの競技人生は終わってしまう。
そうなればシェイクテイルは、優先繁殖枠を獲るどころか、戦役にも就けない弱い騎獣だというレッテルを貼られ、生きることになる。
シェイクテイルが本心からそれを望むならば俺に口出しできることではないが、俺には騎獣の望みを知る手段がない。
だから俺は自分の価値観から判断し、シェイクテイルに八冠を獲らせたい。優れているものは優れていると認めさせたい。
俺にシェイクテイルの幸せは分からない、けれど、幸せであって欲しいと心底から思う。
シェイクテイルが勝つ為なら、俺は人に笑われようとも構わない。
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