第18話 郵便
敗戦から三日後の朝、見るからに温厚そうなレプタイル種に荷車を引かせる見知った郵便屋が、新聞と俺宛の封筒を一つ届けてくれた。
郵便なんて、新聞が一つきりしかないのが日常で、たまに騎獣関係の郵便物が協会から届くことがあるだけだ。
俺宛の郵便物が届くなんてことは、アドマイヤブラウンが前線基地フラムに到着し戦役に就いたことを知らせるハガキ一枚が届いて以来のことだったから、良い予感はしなかった。
差出人は、騎獣競技協会、それも決裁委員会からだ。
決裁委員会は、不正や試合条件が特殊な状況に陥っていなかったかを判断して、最終的な勝敗を決定する騎獣競技協会内の組織で、円滑な大会運営を行うため、個々の騎獣に充分な調教が施されているか、事前の審査も行う。
むこうも仕事を果たしているだけだと理解はできるが、トレーナーとしては日常的に目にしたい名前ではない。
そんな決裁委員会からの封筒とくれば、もう嫌な予感しかしなかった。
封を切って書面に目を通せば案の定、次回の大会出場申請後に闘技審査を行い、これをクリアできなければ大会への参加は認められない。と、おおよそ、そのようなことが書いてある。
シェイクテイルが二戦続けて一切攻撃をしなかったことを、決裁委員会も問題視したということだ。
当然といえば当然。運が良ければ問題視されなくて済むかも知れない、程度に考えていたから、驚きはない。
あの試合を見せられて、真っ当な試合だ。と思える観客は少ないだろう。
騎獣競技会を興行として成立させるには、誰しもが納得できる試合を披露する必要があり、それができる騎獣を育てるのはトレーナーが負うべき責任。そしてトレーナーを監督するのは協会の務めに違いない。
トレーナーとしての責任を果たすには、トレーナーが行うべきことを行えば良い。調教だ。
端からシェイクテイルに降って湧いた問題を放置する気などない。八冠を狙える能力があるのに、調教不足で実力を発揮できない。なんてことは、一人のトレーナーとして到底許容できる物ではない。
シェイクテイルへの調教を行うため必要になった各所への調整は、三日でどうにか形になった。
今日からは、本格的に問題の改善に取り組むことができる。
実戦形式の模擬戦は理解力に優れるシェイクテイルでは対戦相手が固定化してしまうと柔軟な対応力が育たない可能性がある。
そのため、様々な対戦相手を用意する必要があった。最も省力的に実施できる自家騎獣相手の模擬戦も当然行うが、本命は他牧場の騎獣と行う模擬戦だ。
フルスファにある牧場の中でも付き合いがあり、その中でもシェイクテイルとの模擬戦を快諾してくれた牧場にお邪魔させて貰えることになっているから、ありがたいこと試合経験を積むという課題は問題なくクリアできるだろう。
問題は大勢の人間に慣れさせる方法だ。
多くの大会に実際出場するのが最も効果的な調教方法だと思われるが、大会は調教の場ではないし、そもそも大会に出るためには審査を通らねばならない状況。
だから他に仕方がなく、新しくもなく、効率的でもなく、ついでに言えば個人的に軍用騎獣に施したいとは思えない調教を選択するしかない。
アルバイトである。
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