第16話 デビュー戦を目前に

 お披露目が済んで二度目の入場を果たすと、真正面には対戦相手のゴルトンシュトームとトレーナーの姿がある。

 レプタイル種の表情は読めないが、トレーナーの表情は簡単に読み取れた。

 なんてひどい表情だろう。

 極度の緊張、後悔、わずかな嫉妬。それらを塗りつぶしてやるという懸命に絞り出した闘志。

 隠しきれない心の動きはすべてシェイクテイルの強さが、相手に与えたものだ。

 自分より強い相手と戦いたくはない。

 負けるかもしれない勝負は嫌だ。

 それでも勝ちを目指して戦わなければならない仕事は心が軋む。

 今日にいたるまで、もっと良い選択があったかも知れないと悔いる。

 自分の騎獣がもっと強ければ、相手がもっと弱ければと、無責任に強者を妬み、弱者である自身を責めずにはいられない。

 ゴルトンディアマントと共に六冠を獲り、八冠を制覇した偉大なトレーナーですら、そうなのだ。

 相手を、いい気味だと感じたのは一瞬のことで、すぐにそれが少し前の自分が感じていたものと同じものだと気付いて、ぞっとした。

 ゴルトンシュトームのトレーナーも、今の俺と同じように、負けるのが嫌で努力を重ねてきたに違いない。きっと最大限の努力を積み重ねてきたのだろう。だが、自分の育てた騎獣よりも強い騎獣が現れたなら、どれほどの努力だったとしても、全てなかったことと同じにされてしまう。

 俺たちトレーナーは、勝つことが唯一報われることだと信じ、たった一人の勝者しか認められない世界で皆が競い合っている。

 たった一人しか報われない、厳しい世界。

 こんなに辛い世界に、どうして大勢が挑み続けるのだろう。

 誰かが辞めるなと言ったのか。

 辞められないと自分で意地を張ったのか。

 それとも勝利の味の虜になってしまったのか。

 ここには、負けたい者など一人もいない。

 誰しもが勝ちたくてこの場にいる。

 だからこそ苦しい。悲しい。逃げ出してしまいたくなる。

 誰しもが身を削るような努力を重ねてきたのだとしても、勝者はたった一人だけ。

 いつだって他人を蹴落とさなければ、勝つことはできない。

 こんなに辛い世界に、誰がした?

 騎獣が居なければ、人間は自分達の住む土地すら確保できない。それはそうだろう。

 効率的に強い騎獣を生産するために、技術を広め、競技を興し、改良を進める必要がある。それもそう。

 なにが良くて、なにが悪いとか、そういう話ではない。ということも分からなくはないけれど。

 けれども


 不意に脇腹を突かれて驚いた。

 何者かと思って顔を向けると、不安そうに俺を見るシェイクテイルが、今や人の腕程もある触手で俺の脇腹をつついていた。

 試合を控えた騎獣に不安を与えるなんてトレーナー失格だ。

「大丈夫」

 シェイクテイルなら、勝ってくれる。

 他所の幸福を願えるほど、俺に余裕はない。

「大丈夫だ」

 何が大丈夫なのか分からないが、それでも俺はトレーナーとして、そのように言い聞かせなければならない。

 シェイクテイルが、俺を見ている。

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