第15話 パドック

 大会の開催を知らせるラッパの音が響くと、歓声が上がる。

 新騎獣戦にしては上等な客入りが生み出す歓声は、俺の肌をひりつかせるだけの圧力があった。


「ジルバさん!お願いします!」


 歓声に負け気味の聞こえにくい大会スタッフの声を合図に、競技場の最下段、騎獣用の入場ゲートをシェイクテイルの手綱を引いて入場する。

 まずは出場騎獣が揃ってのお披露目だ。

 大人しい気質の騎獣でも競技場で豹変することもあれば、気の弱い騎獣や気難しい騎獣なら大勢の観客に囲まれる競技場を嫌うこともある。

 シェイクテイルも大勢の観客を警戒してか、どことなく落ち着かない。


「シェイクテイル。ただのお客さんだ、大丈夫」


 静かに声をかけて視線を合わせると、シェイクテイルは少し長く鼻息をふいて普段通りの落ち着きを取り戻した。

 最も表情が豊かとされるレイオン種は、同族や人間の表情を読み取ることができるから、レイオン種のトレーナーは冷静でなければならない。トレーナーが落ち着きを無くしては、勝てる試合も勝てなくなると、散々父に言い聞かされたものだ。

 シェイクテイルを先導しながら競技場の最下段、円形の外壁内をゆっくり歩くと、実況解説の声が聞こえてくる。


『一番、シェイクテイル。ヴァーグナー育成牧場所属。競技指揮、調教、共にジルバ・ヴァーグナー氏。前日投票の結果は堂々の一番人気となりました、単勝オッズはちょうど二倍、本日の大本命でしょう。トレーナーのジルバ氏は来年中にR1を一つでも勝てばトレーナー三冠の最年少記録更新となります。新たな相棒のデビュー戦を勝利で飾って、弾みを付けたいところ』


 出場騎獣の紹介が始まると途端に競技場内は静かになり、これから応援券を買い求める観客たちの真剣な視線を感じた。

 好きなだけ見てくれ。見られて困る所なんて一つもない。

 両親譲りの体格も、調教の遅れがあったなどと感じさせない堂々とした歩様(※騎獣の歩き方)も、自信を持って披露できる基準に達している。


『デカい!』『仕上がってる!』『これは強い!』


 観客が思い思いに漏らす言葉が、シェイクテイルこそ今大会最強の騎獣であるという自信を後押ししてくれる。

 シェイクテイルが強いのは当然だ。

 こいつが、どれだけの困難に直面し、そのすべてを乗り越えてきたと思っているのか。

 こちとら生半可な生まれも育ちもしていない。

 今日の大会に出場する騎獣のなかで、腹を空かせて森に分け入って鹿を追いかけた経験のある騎獣がいるか?毒蛇に鼻面を噛まれて死にかけた経験のある騎獣がいるか?精神的に成熟した年上の騎獣としか模擬戦ができなかった騎獣がいるか?

 当たり前の騎獣として生まれ育ったなら、一生無縁に違いない苦労をシェイクテイルは乗り越えてきた。

 他のどんな騎獣よりも厳しい環境で育つしかなかった。だから、シェイクテイルが強いのは当たり前のことだ。

 誰よりも試合に勝ち、報われるべきだ。他のどの騎獣よりも、勝利する権利がある。


『二番、ゴルトンシュトーム。ゴールドウィン育成牧場所属‐‐‐‐‐』


 シェイクテイルの紹介が済むと、少し間を開けて後ろに続くゴルトンシュトームの紹介が始まる。

 ゴルトンシュトームと手綱を引くトレーナーを盗み見た。

 シェイクテイルの初戦の相手。

 ゴルトンディアマントと同じ育成牧場、同じ両親から生まれたレプタイル種で、トレーナーも同じ。

 血統も体格も、仕上がりだって悪くはないが、ゴルトンディアマントほどの脅威は感じなかった。

 しかし、何の苦労も知らなそうな、お行儀の良さそうな歩様が、酷く鼻に付いた。

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